お隣どうしの桜と海

八月灯香

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桜と海番外編

プレゼント

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商店街の中に、6歳の海のお気に入りのお店がある。

魚屋、焼肉屋、生活雑貨屋、焼肉屋、通路を挟んでから見えるエスニックの服飾雑貨のお店で、店員さんも異国情緒漂う格好をしていて、店内も所狭しと商品が並べられ中を覗くだけでも宝探しをしている気分になるのだ。

母親と商店街に来るたびに覗いては「触ったらダメよ」と口を酸っぱくして注意を受けている。
相変わらず買い物にピッタリ随行するのは飽きてしまうのだが、最近は聞き分けも良くなっているので商店街のアーケードの下では自由を得ている。

桜が小学校に上がってから、スイミングを始めたので前みたいに海がフリーの時間の全てに付き合ってくれる事が少し減った。
幼稚園で仲のいい友達ができたので寂しくはない。
そして海も来年の春には小学校に上がるのだ。


お香が焚かれて、不思議な匂いがする店内には色んな物がひしめき合っていて、落としたら破損する物も多くあり気を使う。
触りたくなってしまったら、両手はグーにして胸の前を忠実に守る。
そして、そのお店の一角にあるアクセサリーコーナーにぶら下がってるペンダントの一つに、海は訪れるたびに釘付けになっている。

ひしめき合うようにディスプレイされた中に一つ、銀色の枠に白っぽいけど角度で青や緑が入る石がある。
照明が当たって、色んな石が輝いてるけど海にはその一つだけが特別に思えていた。

一度だけ店員さんがそれを海に持たせてくれた事があって「これはブルームーンストーンっていうんだよ」と教えてくれた。3センチほどの楕円のそれは手の中で、あまりに魅力的に輝いているが、6歳の海には高額すぎて手が出なかったので、通って見るに止まっていた。

海はいつそれが売れてしまうのか不安で仕方なかった。

「おかあさん」

キッチンで夕食の準備をしている母の背中に声を掛ける。

なにー?と呑気な返事が返ってきた。

「お母さん、おれ、欲しいものがあるの。」

母親は手を止めて手を拭きながらしゃがんで海の目線を合わせてくれた。

この頃、海はお友達と外で遊ぶようになって自分の事を名前で呼ばなくなった。

「じぃじとばぁばがお正月にくれたお年玉使ったらだめ?」

思い切って発した言葉は思ったより小さかった。

「おれ、おれね。お母さんといつも商店街行くときにあの宝箱のお店覗くじゃん。」

お店の名前はカザーナといい宝物という意味があるそうだ。海にとって、キラキラしてモールや他の洋服屋さんとは違う雰囲気が宝箱の中のように思えて宝箱の店と呼んでいた。

「あのね、宝箱のお店に、ペンダントが売ってて、魔法の石みたいで凄く綺麗なの。どうしても、桜ちゃんにあげたい。」

「あの海がいつも見てるやつかぁ、でも本当にいいの?海、じぃじとばぁばのお年玉は貯めて自転車買うって言ってたのに。」

「いい。」

と真っ直ぐ目を見て断言する海の意志を母親は汲み取った。
海が祖父母から貰ったお年玉は無駄遣いしないようにずっと母親が管理してくれている。
自転車が欲しいから貯まるまで預かって欲しいと言われていた物だ。
海の背の届かない棚に置かれたクッキーの缶には、多くはないお年玉袋が保管されていた。

その何枚かをひらき、紙幣を取り出した。

「明日いける?」
と海が聞くと母親は「明日4時まで仕事だから、その後でなら」と返事が返ってきた。

海は早く明日の夕方になって欲しかった。




「お母さん、はやく」

土曜日の商店街はいつもより人通りが多く、忙しない。
母親は顔馴染みの店で声をかけられてしまうので、海は焦ったくて仕方がなかった。

魚やの高く積まれた発泡スチールが見えている。
いつもなら海が色んな魚をしゃがみ込んで見て「もう帰ろう」と言われてる側なのだが今日はそうもいかない。

おじさんに「海君」と声をかけられても「今日は急いでるから」と母親の手を引っ張る。

宝物の店につくと、海にはいつもより店がキラキラして見えた。

通路が狭くて、棚にぶつからないように慎重にあるいていく。

色とりどりのガラスのトレーがある棚の隣に銀色のチェーンがたくさん下がっている。

「あれ…」

手を引いていた海の足が急に止まる。
母親は急に立ち止まった海を蹴るかと思ってヒヤッとした

「急に止まらないでよ」

声を掛けるが、海が一点を見つめて止まっている。

いつも当たり前にそこにあった青い石。
そこだけぽっかり空間が開いていた。
同じ石がいくつか並んでいるのに、海が心酔していたものだけが切り取られている。

「あ…誰かが買っちゃったかなぁ…」

固まったまま動かない海の背中に優しく声をかけて振り向かせる。

「ぅううう~~」

涙がいっぱい溜まった目からポロポロと雫が落ちる。

どうして、他にもいっぱいあるのに、なんでおれの欲しいのを買っちゃうの

抱き上げると首にしがみつきながら悲しい思いが吐き出される。

「海みたい誰かにプレゼントしたくてその人も買ったのかもねぇ」

と背中を撫でてやる。

おれが桜ちゃんにあげたかったのに。
おれの方がその人より桜ちゃんにあげたかった。

と小さく言ったら、余計に悲しくなって嗚咽が止まらなくなる。
普段お調子者の海がこう言うふうに泣くのは聞いてる大人もつらい。

「あれ、海くぅん?」

先程まで接客に追われていたお店の人が声をかけてきた。

ゆったりとした刺繍のワンピースにじゃらじゃらとしたアクセサリーをうまくあわせていて、いつも外国の踊り子さんみたいだった

「いおちゃん」

鼻水と涙でぐしゃぐしゃになりながら振り返る。
いおちゃんはこのお店の店長で、海にブルームーンストーンを教えてくれて、会えた日はいつも飴をくれる。
タレ目がちの目元が優しくて海は大好きだ。

「あれれ、海君なんで泣いちゃったの、いつも笑顔なのにねぇ。悲しいのかな?」

いおちゃんが海の涙を拭って濡れた手を優しく握る。

「いおちゃん、魔法の青い石なくなっちゃった」

言葉にすると悲しさが増して海は顔をくしゃくしゃにしてしまう。
え?といおちゃんがショーケースに目を向ける。

「あ!あれね!ごめんごめん、海君、あるよ!」

何かを思い出したようないおちゃんがこっち来て、というので、海は母親からおろしてもらって後を追いかけた。

レジの台の上に乗せていたトレーを海の目線に降ろしてくれる。
そこには幾つかのペンダントトップが並んでいる。

その中に確かに海のいっていたものがある。

「これね、磨いて綺麗にしたところだったのね。この銀色の金属は、外に出してずっと置いておくとこうやって色が変わって黒っぽくなっちゃうから、時々こうやって綺麗にしてあげるといいんだよ。」

と銀の枠が綺麗になって透明感が増したブルームーンストーンのペンダントトップを渡してくれる。海はそれを両手の平で受け取った。

海の後ろで母親は胸を撫で下ろした。
海はやけっぱちなところがあって、桜ちゃんにあの魔法の石が買えないならもう自転車もいらない、お金もお母さんにあげる、と全部いらないモードを耳元で爆発させられていたからだ。
こういう状態の海を宥められるのは桜が適任なのだが、今はそう言うわけにもいかない。

海は暫く確かめるようにブルームーンストーンを眺めてからいおちゃんに両手を差し出した。

「これ、ください。お嫁さんにあげるからプレゼントにしてください」
海がしっかりとした言葉でいおちゃんに伝える。
「えー!海くんお嫁さんいるのぉ!いいなーお嫁さん喜んで貰えるように包むね!」

ペンダントトップだけでは使えないから、桜に合いそうな細めのチェーンも相談して選んだ。

小さな小箱に入ってリボンをかけて貰ったそれは、どんな物よりも価値があるように感じた。

キャラクターの描かれた小さなポーチに入れて貰っていた紙幣を渡す。

「海くんお金持ちだ」といおちゃんがいうと「じぃじとばぁばからのお年玉」と自慢げに海が答えた。

お釣りを貰って、ラッピングされたペンダントトップを受け取る頃には泣いていたのが嘘のように上機嫌だった。



「桜ちゃん、一等賞おめでと」

桜がスイミングスクールの水泳競技大会の小学校低学年の部でクロールで優勝した。

お祝いしよう、と今日はソールバルグ家でみんなでご飯を食べている。

桜の父のグンナーがグリルで海の頭くらいある肉の塊を焼いている。
海の母の楓も腕によりをかけて大皿料理を作り、デザートには桜の母、菜奈穂の特製のケーキも待っていた。

海の父の謙一郎は料理はできないので、テーブルセッティングをしている。

子供はその間二人でソファーで大人しく待機になっていた。

「あのね、桜ちゃんこれプレゼント」

海が桜に小さな手提げ袋を差し出した。
画用紙の手紙には『さくらちゃんすごい』と大きさの揃わない字で賛辞が書かれている。
桜にとっては大人がくれた表彰状よりも嬉しくなってありがとう、と海の頬にキスをした。

「開けていいの?」
というと海は「いいよ!」と照れくさそうに返してくる。

リボンを外して、箱をあけて中を見ると透明感のある綺麗な石のペンダントが入っていた。

いつのまにか大人達が周りに集まっていて、スマホで写真を撮ったりしている。

「きれい…」

桜が感嘆の声をあげる。
透き通っているのに、角度を変えると青や緑の色が現れるのがとても美しい。

「海がね、桜ちゃんに絶対これあげたいって決めて、海が自分のお年玉で買ったの。ほら、海、なんの石だった?」
と楓が海にきくと「魔法の青い石」とだけ返ってきた。

「いおちゃんがせっかく教えてくれたのに。
ブルームーンストーンでしょ。」
「桜ちゃん、ぶるーむーんすとーん」

と鸚鵡返しで桜に教えてくれた。

ちょっと照れて楓の首にしがみついている海が可愛い。

首にかけると、桜のお姫様みたいな顔立ちがより一層際立つように思えて海はむず痒かった。

「海」

と桜が両手を広げる。
海は楓の首から手を離して桜に抱きついた。

「一生大事にする」

桜が海の耳元でうっとりとした声で言った。

ブルームーンストーンには「希望」「幸運」などの意味があると後で桜に菜奈穂がネット検索して教えてくれた。
そこには「恋の予感」とも書かれていて、桜は有頂天だった。




この数ヶ月後、
小学校に上がった海は

おれはおとこらしくなる、と「桜ちゃん」から「桜」と呼び方が変わった、それはぜんぜん良かった。

しかし、同級生に「いくら可愛くても男は男と結婚できない」という事実を教えられ、桜に「さくらとおれは結婚できない。おれは可愛いお嫁さんもらう」と無邪気に言い放ち、気持ちを地獄に叩き落とされた。

桜の海への執着心に油が注がれた瞬間だった。




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