蛇と刺青 〜対価の交わりに堕ちていく〜

寺原しんまる

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処女だとばらしたのは誰よ

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「で、昨晩はお楽しみやったんやろ? コンドームは何箱お使いで?」


 店に出勤してきた純平は、荷物を置くより先に開口一番でジェイを揶揄った。その様子を冷めた目で見るジェイは「うるせえよ……」と言いながら、今日の予約分のデザインを確認をしている。


「何や? 上手くいかんかったんか? まあ、処女相手やと、お前のソレは凶器すぎるわな」


 純平が何気なく言った言葉に引っかかり、ジェイはデザイン画から顔を上げて純平に尋ねた。


「おい、何故鈴子が処女だって知ってるんだ? 鈴子が言ったのか?」


 純平は「はあ?」と驚きの表情をジェイに見せて、「マジで?」と目を大きく見開く。


「いやー、普通に見たらわかるやろ? もう、顔に処女って書いてるやんか。アレで非処女はないわ……。ジェイ君、君の遊び人アンテナ腐ってますで」

「腐ってるって……。でも……」


 ジェイは鈴子から聞いた過去話から、勝手に先入観で鈴子を見ていた事に気が付く。すると鈴子の男になれていない言動、無防備な態度など、男を分かっていない行動が次々と思い浮かぶ。


「しまった……」

「ん? やらかしたか?」


 ニマニマと笑う純平は「手遅れにならんように頑張れよ~」と言いながら、ようやく手の荷物を置こうとする。すると「何が手遅れなの?」と入り口から声がした。


「ねえ、スネーク。誰が処女で何が手遅れなの?」


 入り口で仁王立ちの奈菜が、ムッとした顔でジェイと純平を交互に睨んでいた。


「奈菜……。お前には関係ないことだ。何の用だ? 予約は入っていないぞ」


 溜め息を吐くジェイが冷たく奈菜に告げるが、奈菜は全く意に関せずで、ズカズカとカウンター内に入りジェイに抱きついた。


「スネーク。処女なんか面倒くさいだけじゃん! 私の方が断然楽しめるって! ね?」


 相変わらず肌色の多い服装で、身体のラインを強調している奈菜は、グリグリと自身の胸をジェイに押しつける。しかし、それはまがい物で、鈴子の天然物と比べて随分と堅さがある。ジェイはジッとまがい物である奈菜の胸の谷間を見つめていた。すると更に背後から声が聞こえたのだ。


「変態……」


 外に出掛けようとした鈴子が、その様子をジットリとした目で見つめている。その背後で純平がニヤニヤと笑っている姿までが、ワンセットとしてジェイの視界に入るのだ。


「え? えーー? 違うって、鈴子! コイツは、ムグ、ムゴ……ムグ」


 ジェイの口元を真っ赤なネイルをしている奈菜の手が、グイッと押さえてジェイの発言を遮るのだ。


「あー、貴方が処女の鈴子なのね……。フーン」


 奈菜は馬鹿にしたように鈴子を上から見下ろす。モデルの様に背の高い奈菜からすれば、鈴子はやはり少女なサイズだ。


「しょ、処女って……。ジェイ! 人のこと言い回って、酷い!」


 顔を真っ赤にしてプルプル震えながら怒る鈴子は、目に涙を溜めてジェイを睨み付ける。


「ちょ、待ってくれ! 言い回ってないし! 違うから!」


 慌てて弁明するジェイを押しのけて、奈菜が鈴子の目の前に仁王立ちになって鈴子に告げる。


「ねえ、処女でスネークを釣ったんでしょ? じゃないと、スネークがあんたみたいなお子ちゃま相手にするはずないじゃん。やな女!」

「ちょ、マジで奈菜止めろ! いい加減にしろよ!」


 奈菜の態度に怒ったジェイが奈菜を鈴子の側から引き離す。その隙をみて鈴子は店から飛び出して行ったのだった。


「あーあ、しーらない!」


 背後であきれ顔の純平が呟くが、ジェイに睨まれて「おっとと」と口を噤むのだった。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「信じられない! 何が処女の鈴子よ!」


 プリプリと顔を耳まで真っ赤にして怒る鈴子は、全速力で駅まで走って行く。今日は日曜日で、鈴子のアパートから荷物を運び出す予定だったのだ。ジェイは予約が終わる夕方にトラックでアパートまで迎えに来る事になっており、鈴子はそれまでに荷物を纏める筈だった。


「もう、ジェイの家になんか帰りたくない……。人を笑いものにして酷い」


 全速力で走っていた筈の鈴子だったが、背後からもの凄い速さでジェイが追いかけてくる。両腕の刺青が垣間見えるピアスだらけの外国人風の男、走る事とは正反対の位置にいるような身なりのジェイが全速力で走っている姿を、行き交う人々は振り返って見るほどだ。


「鈴子! 待て! 話を聞けよー!」

「やだー! ジェイなんてしらないもん」


 更にスピードを上げる鈴子だったが、もの凄い速さのジェイにあっという間に確保されたのだった。


「ちょー、マジで、無理! 久々に走った!」


 鈴子を抱き上げてゼエゼエと息を整えるジェイは、すっかりと汗でびっちょりと濡れている。着ていた白いシャツは汗で濡れて肌に引っ付き、身体のラインが浮き出ていた。ムワァーっと湧き上がる男の色気に、すれ違う女達が何度も振り返り、「外国の下着のCMみたいやね」と数人の女子高生が顔を赤らめていたのだった。


「なんでそんなに足が速いのよ! 信じられない!」


 ジェイをポコポコ叩く鈴子は、足には自信があったのだが、ジェイには全くかなわない。拗ねている鈴子を「ハイハイ」と軽くあやすジェイは、はまだ息切れしている中、ゆっくりと話し出した。


「中学では陸上部だった。でも高校は行ってないから部活はそれまで。それ以降は、悪さして警察から逃げるために鍛えられたかな……」


 ハハハと乾いた笑いのジェイを、鈴子は冷めた目で見つめる。どれだけ警察から逃げる事で鍛えたのだよとの思いを込めて。


「ジェイ……、恥ずかしいから下ろしてよ」

「逃げないと約束するなら下ろす」

「……わ、わかったから」


 ジェイはゆっくりと鈴子を地面に下ろし、鈴子の目を見て口を開く。目は真剣で、一切の笑いも無いようだ。


「聞いてくれ。俺は鈴子の事を言いふらしたりしていない。奈菜はたまたま俺と純平の会話を聞いてしまっただけだ!」

「じゃあ、どうして純平さんに、しょ、処女……だなんて言うのよ!」

「いや、言ってない。俺からは……」


 鈴子はプルプルと震えだし、ジェイの胸をポカポカと叩き出す。「デリカシーが無い!」と何度も言いながら。


「そうだよな。ごめんな、鈴子」


 ジェイは優しく何度も鈴子の頭を撫で、鈴子の頭にキスをしたのだった。


「予約が入っているから店に戻らないと行けない。それが終わったら直ぐに鈴子のアパートに行くから。いいな?」


 まだ苛立ちの残る鈴子は、プーッと顔を膨らましている。きっと本人は怒ると顔が膨らむことに気づいていないのだろう。ジェイは「はぁー」と溜め息を吐いて、名残惜しそうに鈴子から離れて店に戻って行った。


「ジェイが何と言おうと、私が処女だったってバレてる……。ヤだ、恥ずかしい……」


 耳まで赤い鈴子は、ジェイと反対方向に進んで行ったのだった。                                    
 
  
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