蛇と刺青 〜対価の交わりに堕ちていく〜

寺原しんまる

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奈菜はなあ……

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 ジェイに対する怒りは保留のまま、鈴子は取り敢えず自分のアパートで荷造りをしていた。昼間なので前の時のような怖さは無く、ジェイも予約が終われば直ぐに駆けつけると予定を変更していたので不安は無かったのだ。


 元々あまり物を持っていなかった鈴子は、段ボールに荷物を詰め込む作業は直ぐに済んでしまう。家具も和式布団を使っていたので、コタツとタンスぐらいのものだったのだ。本棚なども無く、本は部屋の隅の床に置かれていた程だ。


「女の風上にも置けない程の部屋だわ……我ながら。男の影も無い……」


 調理器具も炊飯器、電子レンジ、トースターに中鍋と小さなフライパン。食器も100円均一で買った安物が一人分だけしかない。それらを溜め息をはきながら鈴子が片付けていると、背後から優しい声がする。


「男の影が無くていいじゃないか? 何がいけないんだ?」


 部屋の中に入ってきた大きな影は、背後から鈴子をギュッと抱きしめる。


「不用心だぞ。鍵が開いていた……」

「ジェイ……。仕事は終わったの?」

「ああ、今日はもう店を閉めてきたよ」


 鈴子を抱きしめるジェイの腕は心地よく、鈴子は何故かうっとりとその圧迫感を堪能してしまう。ジェイの発達した胸筋に頭を擦りつけ、上を見上げる鈴子はニッコリと笑顔でジェイに語りかける。


「今朝のこと、まだ、許してないんだけど?」


 鈴子からの笑顔のブリザード攻撃を受けたジェイは「ハハハ、そうか」と苦笑いをするしかなかったのだった。


 向かい合って座った二人は無言で見つめ合う。暫くの沈黙の後に、ジェイが「ハアー」と息を吐きながら口を開いた。


「奈菜のことだが、俺はアイツと付き合ってもいないし、身体の関係も無い。全てアイツが勝手に言ってることだ」

「はあ? 嘘よ! 純平さんが言ってたもの……セフレだって」


 それを聞いてジェイは再び大きな溜め息を吐き、鈴子をジッと見つめる。


「友人を悪く言いたくないが、アイツは真性のSだ……。人が困っているのを見るのが大好きなんだよ。だからワザと引っかき回したりするんだ、それに……」


 少し躊躇するジェイだったが、決心したように再度口を開いた。


「奈菜はなあ……。その、アレだ……。男だ。アレも付いている……」

「はあ? えーーーー!」


 驚いて目が点の鈴子は、奈菜の姿を頭の中で再生するが、どう考えても女にしか見えない。女である鈴子よりも女らしい奈菜が男だというなら、鈴子は何なのだろうと頭が混乱するのだ。


「ダメ、考えれば考えるほど混乱する」

「俺は男とヤル趣味は無い。だから奈菜がなんと言おうと、奴とは関係を持ったことは無いんだ」


 真剣な表情のジェイだが、次に鈴子から発せられる言葉で急変するのだ。


「じゃあ、セフレは一切いないの? 違うでしょ?」

「え? ええーー? そ、それはだなあ……。うーん、何というか。大人には色々ありまして」

「やっぱりいるんだ。そうなんだ」


 鈴子はほら見たことかとそっぽを向いて、ジェイから目を逸らす。怒りで顔が赤いのが自分でも分かるくらいだった。


「……じゃあ、鈴子は俺にどうして欲しいんだ?」


 ジェイのその言葉でハッとする鈴子。鈴子は別にジェイの彼女ではないのだ。ジェイの性生活に口出しする権利は無い。あの行為だって対価の為の行為なのだから。しかも自分が最初に提案したのだ。事実に気が付いた鈴子は、押し黙って何も言えなくなってしまった。


「なあ、鈴子。黙ってたら分からない。どうして欲しいんだ? 俺はどうすればいい?」

「別に……。どうでもいい。私には関係ないもん……。ジェイの好きにすれば」


 スッと立ち上がった鈴子は、段ボール箱を手に持ち、「トラックは外?」と言ってそのまま外に出ていく。その様子を黙って見ていたジェイは「何だよ……」と呟いて、側の段ボールを数個担いで外に出たのだった。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 取り敢えず家具も全部トラックに詰め込んだ二人は、黙ってジェイの店へと戻るが、車内は終始無言だった。何度かジェイが何かを言おうとするが、言葉となっては出てこず、モゴモゴと口籠もる。家具類はジェイの店の倉庫エリアに置いて、段ボールを居住エリアに置いた二人。全ての荷物が室内に入ると、ジェイはトラックを返しに家を出て行ったのだった。


「私はジェイの彼女じゃないんだから……。何も言う権利はない。勘違いして、馬鹿みたいだな……私」


 寂しげにボソリと呟く鈴子は、段ボールを開けて中身を取り出す。ジェイが空けてくれた鈴子の棚のスペースに、本や雑貨を並べていく鈴子。ふと手を止めて何かを考え込むように宙を見た。


「そういえば、私はジェイのことを何も知らない……。過去の事や家族のこと……。この家にはジェイ以外の痕跡も感じない。言葉も関西弁じゃないし……。何処から来たのかしら?」


 考え事をしていた鈴子は、間違ってジェイの棚に手を入れてしまい、中に並べられていた本を誤って派手に倒してしまう。勢いでバタバタと棚の外に落ちる本の隙間から、一枚の古い写真がひらひらと舞いながら床に落ちた。


「ん? 何これ……。え。これは……」


 キラキラ輝く金髪のサラサラ髪の少年が、派手な女性の横でニカッと笑顔で写っている写真。写真の少年は鈴子の知っている人物に似ている。


「ジェイと……誰だろ? お母さんかな?」


 写真の中の女性は日本人女性のようだ。派手な原色のワンピースに真っ黒の長いストレートロングの髪が、ジェイの金髪の髪と対照的で印象深い。


「お母さんが黒髪でも金髪って産まれるの? 親子の共通点がぱっと見では分からないなあ……」


 ジッと写真を見つめている鈴子の目の前から写真がスッと消えて行く。大きな手が現れて写真を奪ったのだった。


「何処でこれを見つけた? 俺が居ない間にあら探しでもしたのか?」


 不機嫌な表情のジェイは、奪った写真をズボンのポケットに押し込んだ。


「ちょっと。そんな扱いをすれば皺になってしまう、ダメよ」

「はあ? 別にいいんだよ……、こんな写真」


 別にいいと言いながら、ゴミ箱には写真を捨てないジェイの様子に、鈴子は不思議に思うが口には出さない。


「荷物を片付けていた時に謝って本を倒してしまったの。その時にその本の山から落ちてきた……。勝手に見てごめんなさい」


 ジェイは黙って鈴子を見つめて「別にいいさ」と呟いた。


「この写真の人は俺の母親だ……。派手だろう? それに似ていない……」


 ポケットに仕舞った写真を取りだして、再度鈴子に見せるジェイは、悲しそうに口を開く。似ていない親子の写真は、再度、鈴子の手元に戻った。


「知りたいなら話してやるよ……。俺のこと」


 遠くを見つめるジェイが大きな溜め息の後に、ゆっくりと自身の過去を話し始めるのだった。
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