蛇と刺青 〜対価の交わりに堕ちていく〜

寺原しんまる

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キスマーク

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 明け方まで激しい行為を貪った鈴子とジェイは、鈴子のカフェの出勤時間ギリギリまで睡眠を貪った。


 遅刻ギリギリでカフェに到着した鈴子は、急いでギャルソンエプロンを付ける。


「鈴子ちゃん、おはよう。今日は寝坊でもしたの? いつも早めに出勤するのに」


 クククと笑う徹也だったが、鈴子の首筋に痣を発見する。それは鈴子からは見えない位置に付いており、明らかに鈴子以外の他者を牽制する物だった。濃く内出血している小さな痣、キスマークは徹也の心を掻きむしる。


「……す、鈴子ちゃん。その……、言いにくいんだけど、キスマークが付いてるよ」

「え? えーーーー! やだ……。ど、何処ですか?」


 顔を耳まで赤くする鈴子を見て、カッとした何かが身体を突き抜けた徹也は、指をスッと伸ばして鈴子の首筋のキスマークを触る。


「ここだよ。鈴子ちゃんからは見えない位置だね。誰がやったの? ジェイ君?」


  徹也が鈴子に尋ねる声は優しいが、目は氷のように冷たい。
 
 
 徹也にキスマークを触られた瞬間に、鈴子は「あぁっ!」とピクリと震えた。朝方まで快楽を与え続けられた鈴子の身体は既に熟しており、少しの刺激でも身体が反応するのだった。


 鈴子の艶めかしい声と潤んだ瞳を見た徹也は、鈴子を無理矢理引っ張って店の奥へと入って行く。状況の分からない鈴子は「え? どうしたんですか?」と混乱しているようだった。


 徹也は店の事務室に鈴子を押し込み自身も入ってドアを閉めた。


「あ、あのう……。急にどうしたんですか?」


 混乱した表情の鈴子が徹也を見つめる。徹也はハアハアと荒く息を吐きながら、鈴子に近づいていく。その目は虚ろに鈴子を見つめている。その時、入り口のドアがバタンと大きな音を立てて開いたのだった。


「てっちゃん、ここに居たのか! 発注のことで業者が入り口で待ってる。手違いがあったって。ん? あれ鈴子ちゃんも一緒だったのか?」


 田中の声で我に返った徹也は、慌てて机の上に置いてあったスカーフを鷲掴みにする。


「鈴子ちゃん。これで今日は隠しておいて。ごめんね、一応客商売だから」


 一瞬で元の優しげな徹也に戻り、鈴子に「はい」とスカーフを手渡した。鈴子は一瞬躊躇したが、申し訳なさそうにスカーフを受け取る。


「田中君、今行くよ」


 徹也はぐるりと振り返り、田中と共に事務所を出て行ったのだった。


「もう、ジェイってば最悪だわ! もう少しで徹也さんに怒られる所だった」


 鈴子は徹也から受け取ったスカーフを首に巻いて、真っ赤な顔で事務所から出て行ったのだった。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 ジェイが鈴子をカフェまで迎えに来る。ジェイを見つけて笑顔で手を振る鈴子を、徹也は冷めた目で見ていた。徹也は鈴子が接客でこちらを見ていないことを確認し、ジェイの元に近づいていく。


「ねえ、ジェイ君。君は鈴子ちゃんの彼氏ではないんだろ? 鈴子ちゃんから聞いたよ」


 いきなり目の前に現れた徹也をギロリと睨むジェイ。体格はジェイの方が大きく迫力もある。細身の徹也は一瞬たじろぐが、気を取り直して再度口を開いた。


「あまり鈴子ちゃんを弄ぶような事は止めた方がいい。彼氏でもない人に身体を許すなんて、可哀想だろ? あんな純情そうな子を騙したりしないで欲しい」


 事情をよく知りもしない徹也が口を挟むことではないが、真面目そうな鈴子と刺青だらけのジェイを見れば、誰しもが鈴子が騙されていると思うだろう。それはジェイも分かっていたが、わざわざ徹也に言われるのは腹が立ち、ジェイは徹也の襟元をグイッと掴んだのだった。


「アンタに言われる筋合いは無い。俺と鈴子のことに口出しするな!」

「え? ちょっと! ジェイやめてよ! 何してるのよ」


 二人の異変に気が付いた鈴子が慌てて飛んでくる。既に帰る支度も済んでおり、鈴子はジェイを引っ張って徹也から引き離す。


「徹也さん、すみません。今日はこれで失礼します! 本当にごめんなさい」


 鈴子は謝りながらジェイを連れてカフェから出て行ったのだった。


「てっちゃん、どうしたんだよ……。何かあったのか?」


 心配そうに奥から出てきた田中が徹也の肩をポンっと叩く。徹也はハッとして「何もない。俺が言いすぎたんだ」とボソリと呟いたのだった。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「鈴子! アイツのこと徹也って呼んでるのか?」


 ジェイはまだ怒りが収まらないのか、イライラした表情で煙草を吸い出す。


「ジェイ、歩き煙草はダメだよ……。吸いたいなら、あそこに座ろう」


 鈴子はジェイを通りの端にある小さな広場に連れて行く。ベンチと灰皿が端っこにあり、ここなら大丈夫と鈴子はジェイを座らせた。


「なあ、何でアイツを下の名前で呼ぶんだ!」

「はあ? 別にいいでしょ? 徹也さんがそうしてくれって言うんだから」

「ダメだ! 鈴子が下の名前で呼ぶのは俺だけにしろ!」


 いきなりのジェイの横暴な態度に、鈴子は苛立ちを覚えて顔を膨らませて怒り出す。


「何言ってるのよ! 私は純平さんのことも下の名前で呼んでるじゃん。今まで何も言わなかったくせに!」

「純平はいいんだよ……。でも、他はダメだ!」

「はあ? 意味わかんない!」


 刺青だらけの外国人風の男と童顔な小柄な女の言い合いは、道を行き交う人々の興味を引き、少しギャラリーが出来上がっていた。周囲の騒がしさに気が付いた二人は喧嘩を止めて、そそくさと広場から出ていく。


「にいちゃん! 女の子には優しくせんとあかんよ~」


 関西のおばちゃんのヤジに、ジェイは恥ずかしそうに頭を下げる。鈴子も「すみません」と呟きその場を後にしたのだった。


 言い合いを止めたからと言って、ジェイの怒りが収まったワケでもなく、鈴子もムッとしたままで家路に就く。しかし無言で店のドアを開けて中に入った瞬間に、どちらともなく互いの唇を激しく貪りだしたのだった。


  チュプ チュプと湿った音と共に、ハアハアと二人の熱い息遣いが店内に響く。
 
 
「なあ、鈴子を抱きたい……。いいか?」

「はあ? そんな……聞くこと? ヤーぁ、恥ずかしい……」


 真っ赤な顔の鈴子は顔を両手で覆い、そっぽを向いてしまう。その手を優しく外すジェイは、もう一度問いかける。


「真剣だ……。鈴子が本当にイヤなら俺は手を出さないよ」


 真面目な顔で鈴子を見つめるジェイに、鈴子はドキドキと心臓を鳴らしてしまう。きっと、この音はジェイには聞こえているかも知れないと言うほどに、ドドドドと大きな音が鈴子の身体中を駆け巡っている。


「い、……いい……わ」


 鈴子の返事を聞いてパーッと明るくなったジェイの顔に、鈴子は「プっ」と笑ってしまった。そこまでして自分を抱きたかったのかと、鈴子はそんなジェイが可笑しくなったのだ。


 善は急げと鈴子を肩にガバッと担ぎ上げたジェイは、大股で居住エリアに進んで行くのだった。

 
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