やがて、紅(くれない)は罰になる

藍アキラ

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第1章

第29話『思いがけない前払い』

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なんだか二人きりになるのは、最近じゃ珍しい気がする。柚芽は変わらない微笑みで俺を見た。

「……お兄ちゃんと、ケンカした? 昨日のこと、きちんと話してあげなかったの?」
「ん~……。ケンカじゃないけど、まあ大体そういうこと」

彼女には、こういう時あまり説明が要らない。いつもは有難いけど、今日はちょっと怖い気がする。

「お兄ちゃんに言わないなら、私が聞いても無駄だよね。紅、疲れてるだろうし」
「………ありがと」
「───ねえ、ちょっとこっち来て?」
「うん?」

唐突に手を取られて、小屋の正面から裏手に移動させられる。
───小さくて、やわらかい彼女の感触に、なぜかホッとする。

「紅が自分の話をしたくないなら、それでいいよ。代わりに、私の話を聞いてくれる?」
「ん、分かった」
「……私、都に行くことになったの。鳥獣管理官、目指そうと思って」
「え!? あ、ああ……そうか、超難関だけど、柚芽は昔、特別学級に推薦されてたもんな」

狩衣が着られなくても、天渡衆にはその道もあった。

「多斗さんのことがあったから、人材が不足してるってことで……大山津さんが提案してくれたんだ」
「そっか、寂しくなるな。でもまあ、お前ならきっと余裕で合格するよ」

適当を言ってるワケじゃない。彼女が無理ならみんな無理だろう。
………よく見ると、柚芽はなんだかモジモジしている。


「これから言うこと、は………。本当は、鳥獣管理官になって。
里に戻ってから、言うつもりだったんだけど」
「うん?」
「でもね、ユキちゃんが怪我したことも、あるし。この先も何があるか分からないし。
地上に生きてる人がいたなんて、信じられないことも起きたし」

話が見えないので、俺が首を傾げた途端。───柚芽が抱き着いてきた。

「紅が好き。ずっと好きだったし、これからもそう」
「! え、えっと」
「だから危ないこと、してほしくない。何か困ってるなら私を頼ってほしい、大概のことは出来るから」
「……………」

すごい自信だ、なんて茶化せない。
俺の胸に顔を埋めてるから表情は分からないけど、真面目に俺のことを心配してくれてるのは伝わってる。

「あのね、分かってるの。紅が私を───恋愛対象として、見たことが無いってこと、くらい」
「ゆ、」
「それでも、あきらめたくない」
「……………なんで、そこまで俺のこと想ってくれるの? 俺、大した存在じゃない」

柚芽はいつでも俺に優しい。誰にでも分け隔てないヤツだけど──。
八兼から料理の話を聞いて以来、意識して見ていたら、さすがに特別扱いされてるって理解した。

「柚芽みたいなスゴい子が、ここまで気にしてくれるほど………じゃないと思うんだけど、俺」
「───紅は、私の命を助けてくれた」
「えっ」

そんなことあったか? と記憶を手繰ると、即座に重ねられた。

「なんて、劇的な理由でもないとダメ?」
「…………」
「私たち、知り合って十年になる。好きになった切っ掛けはあるし、それも大切な思い出だけど」

顔を上げた彼女は、見たことがないほど。凛とした表情をしていて───目を奪われた。

「切っ掛けだけに、こだわってるんじゃないよ。………一緒に遊んで、くだらない話をして。
ご飯を食べて。最近は無いけど、そろって大人に叱られて、ケンカもして。
そういう時をたくさん過ごしたことで、積もるように想いが増すのは大げさ?」
「………ちっとも、大げさじゃない」
 
俺の質問が、あまりにも短慮だった。こんなの、当たり前だった。だって、俺もそうだから。
白梅姉さんを大切に思ったのは、引き取ってくれたのが切っ掛けだけど、育ててくれたあの日々が美しすぎて……。
朔摩義兄さんのことも、最初は「姉さんを奪おうとするなんて」って大嫌いだった。なんか小さいし、俺より可愛いし。
でも、一緒に過ごした時間がどんどん重なったことで、本当の家族になった。

「柚芽、ごめん。そっちの言うことが正しいよ。………気持ちも、嬉しい」
「…………」
「だけど、どうしても俺、今は集中しないといけないことがあって。こんなの最低な言い訳だと思うけど」
「ううん、嘘じゃないのは分かってる」
「───それが済んだら。最優先で考える。恋人として付き合うか、ってこと」
「うんっ!」

そんな簡単に許すなよぉ、と突っ込みを入れれば、「そうだねえ。惚れた弱みってやつだよねえ」と呑気に返された。そして、背広の襟をつかまれたかと思うと……。

「!!!!?」
実に鮮やかに唇を重ねて、そっと離された。え、慣れてるの?と焦ったけど。

「「……………………」」

いや、自分でやっておいてその赤面は何……。こっちも釣られてきた……。

「ゆ、ゆめさん。今のは……」
「───ま、前払いってやつだよ! い、いいい今、約束したでしょ? 恋人として付き合うかどうか、 
 時間をもらうとかもらわないとかあ…………。前払い、もらっただけ! ご、ごめん………」
「………………」

それ、俺も悪魔に要求したな──。こんな時に、あのクズの顔を思い出すなんて。嫌すぎる。

「く、くれない~? 怒ってる? そ、そうだよね……好きでもない人に、こんなことされたら……」

赤かった柚芽が、青くなっているので。………俺は少しかがんで、自分からも唇を重ねた。

「!!!!?」
「………ん、やっぱり嫌じゃない。謝んなくていいよ」

柚芽、というか……恋愛について考えた時に訪れる、何かが自分を抑えている奇妙な感覚は───。
無くなりはしないものの、なぜだか和らいでると気づいて、安心した。
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