30 / 34
第1章
第29話『思いがけない前払い』
しおりを挟む
なんだか二人きりになるのは、最近じゃ珍しい気がする。柚芽は変わらない微笑みで俺を見た。
「……お兄ちゃんと、ケンカした? 昨日のこと、きちんと話してあげなかったの?」
「ん~……。ケンカじゃないけど、まあ大体そういうこと」
彼女には、こういう時あまり説明が要らない。いつもは有難いけど、今日はちょっと怖い気がする。
「お兄ちゃんに言わないなら、私が聞いても無駄だよね。紅、疲れてるだろうし」
「………ありがと」
「───ねえ、ちょっとこっち来て?」
「うん?」
唐突に手を取られて、小屋の正面から裏手に移動させられる。
───小さくて、やわらかい彼女の感触に、なぜかホッとする。
「紅が自分の話をしたくないなら、それでいいよ。代わりに、私の話を聞いてくれる?」
「ん、分かった」
「……私、都に行くことになったの。鳥獣管理官、目指そうと思って」
「え!? あ、ああ……そうか、超難関だけど、柚芽は昔、特別学級に推薦されてたもんな」
狩衣が着られなくても、天渡衆にはその道もあった。
「多斗さんのことがあったから、人材が不足してるってことで……大山津さんが提案してくれたんだ」
「そっか、寂しくなるな。でもまあ、お前ならきっと余裕で合格するよ」
適当を言ってるワケじゃない。彼女が無理ならみんな無理だろう。
………よく見ると、柚芽はなんだかモジモジしている。
「これから言うこと、は………。本当は、鳥獣管理官になって。
里に戻ってから、言うつもりだったんだけど」
「うん?」
「でもね、ユキちゃんが怪我したことも、あるし。この先も何があるか分からないし。
地上に生きてる人がいたなんて、信じられないことも起きたし」
話が見えないので、俺が首を傾げた途端。───柚芽が抱き着いてきた。
「紅が好き。ずっと好きだったし、これからもそう」
「! え、えっと」
「だから危ないこと、してほしくない。何か困ってるなら私を頼ってほしい、大概のことは出来るから」
「……………」
すごい自信だ、なんて茶化せない。
俺の胸に顔を埋めてるから表情は分からないけど、真面目に俺のことを心配してくれてるのは伝わってる。
「あのね、分かってるの。紅が私を───恋愛対象として、見たことが無いってこと、くらい」
「ゆ、」
「それでも、あきらめたくない」
「……………なんで、そこまで俺のこと想ってくれるの? 俺、大した存在じゃない」
柚芽はいつでも俺に優しい。誰にでも分け隔てないヤツだけど──。
八兼から料理の話を聞いて以来、意識して見ていたら、さすがに特別扱いされてるって理解した。
「柚芽みたいなスゴい子が、ここまで気にしてくれるほど………じゃないと思うんだけど、俺」
「───紅は、私の命を助けてくれた」
「えっ」
そんなことあったか? と記憶を手繰ると、即座に重ねられた。
「なんて、劇的な理由でもないとダメ?」
「…………」
「私たち、知り合って十年になる。好きになった切っ掛けはあるし、それも大切な思い出だけど」
顔を上げた彼女は、見たことがないほど。凛とした表情をしていて───目を奪われた。
「切っ掛けだけに、こだわってるんじゃないよ。………一緒に遊んで、くだらない話をして。
ご飯を食べて。最近は無いけど、そろって大人に叱られて、ケンカもして。
そういう時をたくさん過ごしたことで、積もるように想いが増すのは大げさ?」
「………ちっとも、大げさじゃない」
俺の質問が、あまりにも短慮だった。こんなの、当たり前だった。だって、俺もそうだから。
白梅姉さんを大切に思ったのは、引き取ってくれたのが切っ掛けだけど、育ててくれたあの日々が美しすぎて……。
朔摩義兄さんのことも、最初は「姉さんを奪おうとするなんて」って大嫌いだった。なんか小さいし、俺より可愛いし。
でも、一緒に過ごした時間がどんどん重なったことで、本当の家族になった。
「柚芽、ごめん。そっちの言うことが正しいよ。………気持ちも、嬉しい」
「…………」
「だけど、どうしても俺、今は集中しないといけないことがあって。こんなの最低な言い訳だと思うけど」
「ううん、嘘じゃないのは分かってる」
「───それが済んだら。最優先で考える。恋人として付き合うか、ってこと」
「うんっ!」
そんな簡単に許すなよぉ、と突っ込みを入れれば、「そうだねえ。惚れた弱みってやつだよねえ」と呑気に返された。そして、背広の襟をつかまれたかと思うと……。
「!!!!?」
実に鮮やかに唇を重ねて、そっと離された。え、慣れてるの?と焦ったけど。
「「……………………」」
いや、自分でやっておいてその赤面は何……。こっちも釣られてきた……。
「ゆ、ゆめさん。今のは……」
「───ま、前払いってやつだよ! い、いいい今、約束したでしょ? 恋人として付き合うかどうか、
時間をもらうとかもらわないとかあ…………。前払い、もらっただけ! ご、ごめん………」
「………………」
それ、俺も悪魔に要求したな──。こんな時に、あのクズの顔を思い出すなんて。嫌すぎる。
「く、くれない~? 怒ってる? そ、そうだよね……好きでもない人に、こんなことされたら……」
赤かった柚芽が、青くなっているので。………俺は少しかがんで、自分からも唇を重ねた。
「!!!!?」
「………ん、やっぱり嫌じゃない。謝んなくていいよ」
柚芽、というか……恋愛について考えた時に訪れる、何かが自分を抑えている奇妙な感覚は───。
無くなりはしないものの、なぜだか和らいでると気づいて、安心した。
「……お兄ちゃんと、ケンカした? 昨日のこと、きちんと話してあげなかったの?」
「ん~……。ケンカじゃないけど、まあ大体そういうこと」
彼女には、こういう時あまり説明が要らない。いつもは有難いけど、今日はちょっと怖い気がする。
「お兄ちゃんに言わないなら、私が聞いても無駄だよね。紅、疲れてるだろうし」
「………ありがと」
「───ねえ、ちょっとこっち来て?」
「うん?」
唐突に手を取られて、小屋の正面から裏手に移動させられる。
───小さくて、やわらかい彼女の感触に、なぜかホッとする。
「紅が自分の話をしたくないなら、それでいいよ。代わりに、私の話を聞いてくれる?」
「ん、分かった」
「……私、都に行くことになったの。鳥獣管理官、目指そうと思って」
「え!? あ、ああ……そうか、超難関だけど、柚芽は昔、特別学級に推薦されてたもんな」
狩衣が着られなくても、天渡衆にはその道もあった。
「多斗さんのことがあったから、人材が不足してるってことで……大山津さんが提案してくれたんだ」
「そっか、寂しくなるな。でもまあ、お前ならきっと余裕で合格するよ」
適当を言ってるワケじゃない。彼女が無理ならみんな無理だろう。
………よく見ると、柚芽はなんだかモジモジしている。
「これから言うこと、は………。本当は、鳥獣管理官になって。
里に戻ってから、言うつもりだったんだけど」
「うん?」
「でもね、ユキちゃんが怪我したことも、あるし。この先も何があるか分からないし。
地上に生きてる人がいたなんて、信じられないことも起きたし」
話が見えないので、俺が首を傾げた途端。───柚芽が抱き着いてきた。
「紅が好き。ずっと好きだったし、これからもそう」
「! え、えっと」
「だから危ないこと、してほしくない。何か困ってるなら私を頼ってほしい、大概のことは出来るから」
「……………」
すごい自信だ、なんて茶化せない。
俺の胸に顔を埋めてるから表情は分からないけど、真面目に俺のことを心配してくれてるのは伝わってる。
「あのね、分かってるの。紅が私を───恋愛対象として、見たことが無いってこと、くらい」
「ゆ、」
「それでも、あきらめたくない」
「……………なんで、そこまで俺のこと想ってくれるの? 俺、大した存在じゃない」
柚芽はいつでも俺に優しい。誰にでも分け隔てないヤツだけど──。
八兼から料理の話を聞いて以来、意識して見ていたら、さすがに特別扱いされてるって理解した。
「柚芽みたいなスゴい子が、ここまで気にしてくれるほど………じゃないと思うんだけど、俺」
「───紅は、私の命を助けてくれた」
「えっ」
そんなことあったか? と記憶を手繰ると、即座に重ねられた。
「なんて、劇的な理由でもないとダメ?」
「…………」
「私たち、知り合って十年になる。好きになった切っ掛けはあるし、それも大切な思い出だけど」
顔を上げた彼女は、見たことがないほど。凛とした表情をしていて───目を奪われた。
「切っ掛けだけに、こだわってるんじゃないよ。………一緒に遊んで、くだらない話をして。
ご飯を食べて。最近は無いけど、そろって大人に叱られて、ケンカもして。
そういう時をたくさん過ごしたことで、積もるように想いが増すのは大げさ?」
「………ちっとも、大げさじゃない」
俺の質問が、あまりにも短慮だった。こんなの、当たり前だった。だって、俺もそうだから。
白梅姉さんを大切に思ったのは、引き取ってくれたのが切っ掛けだけど、育ててくれたあの日々が美しすぎて……。
朔摩義兄さんのことも、最初は「姉さんを奪おうとするなんて」って大嫌いだった。なんか小さいし、俺より可愛いし。
でも、一緒に過ごした時間がどんどん重なったことで、本当の家族になった。
「柚芽、ごめん。そっちの言うことが正しいよ。………気持ちも、嬉しい」
「…………」
「だけど、どうしても俺、今は集中しないといけないことがあって。こんなの最低な言い訳だと思うけど」
「ううん、嘘じゃないのは分かってる」
「───それが済んだら。最優先で考える。恋人として付き合うか、ってこと」
「うんっ!」
そんな簡単に許すなよぉ、と突っ込みを入れれば、「そうだねえ。惚れた弱みってやつだよねえ」と呑気に返された。そして、背広の襟をつかまれたかと思うと……。
「!!!!?」
実に鮮やかに唇を重ねて、そっと離された。え、慣れてるの?と焦ったけど。
「「……………………」」
いや、自分でやっておいてその赤面は何……。こっちも釣られてきた……。
「ゆ、ゆめさん。今のは……」
「───ま、前払いってやつだよ! い、いいい今、約束したでしょ? 恋人として付き合うかどうか、
時間をもらうとかもらわないとかあ…………。前払い、もらっただけ! ご、ごめん………」
「………………」
それ、俺も悪魔に要求したな──。こんな時に、あのクズの顔を思い出すなんて。嫌すぎる。
「く、くれない~? 怒ってる? そ、そうだよね……好きでもない人に、こんなことされたら……」
赤かった柚芽が、青くなっているので。………俺は少しかがんで、自分からも唇を重ねた。
「!!!!?」
「………ん、やっぱり嫌じゃない。謝んなくていいよ」
柚芽、というか……恋愛について考えた時に訪れる、何かが自分を抑えている奇妙な感覚は───。
無くなりはしないものの、なぜだか和らいでると気づいて、安心した。
0
あなたにおすすめの小説
月弥総合病院
御月様(旧名 僕君☽☽︎)
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。
また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。
(小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!
ブラック国家を制裁する方法は、性癖全開のハーレムを作ることでした。
タカハシヨウ
ファンタジー
ヴァン・スナキアはたった一人で世界を圧倒できる強さを誇り、母国ウィルクトリアを守る使命を背負っていた。
しかし国民たちはヴァンの威を借りて他国から財産を搾取し、その金でろくに働かずに暮らしている害悪ばかり。さらにはその歪んだ体制を維持するためにヴァンの魔力を受け継ぐ後継を求め、ヴァンに一夫多妻制まで用意する始末。
ヴァンは国を叩き直すため、あえてヴァンとは子どもを作れない異種族とばかり八人と結婚した。もし後継が生まれなければウィルクトリアは世界中から報復を受けて滅亡するだろう。生き残りたければ心を入れ替えてまともな国になるしかない。
激しく抵抗する国民を圧倒的な力でギャフンと言わせながら、ヴァンは愛する妻たちと甘々イチャイチャ暮らしていく。
「魔物の討伐で拾われた少年――アイト・グレイモント」
(イェイソン・マヌエル・ジーン)
ファンタジー
魔物の討伐中に見つかった黄金の瞳の少年、アイト・グレイモント。
王宮で育てられながらも、本当の冒険を求める彼は7歳で旅に出る。
風の魔法を操り、師匠と幼なじみの少女リリアと共に世界を巡る中、古代の遺跡で隠された力に触れ——。
ギャルい女神と超絶チート同盟〜女神に贔屓されまくった結果、主人公クラスなチート持ち達の同盟リーダーとなってしまったんだが〜
平明神
ファンタジー
ユーゴ・タカトー。
それは、女神の「推し」になった男。
見た目ギャルな女神ユーラウリアの色仕掛けに負け、何度も異世界を救ってきた彼に新たに下った女神のお願いは、転生や転移した者達を探すこと。
彼が出会っていく者たちは、アニメやラノベの主人公を張れるほど強くて魅力的。だけど、みんなチート的な能力や武器を持つ濃いキャラで、なかなか一筋縄ではいかない者ばかり。
彼らと仲間になって同盟を組んだユーゴは、やがて彼らと共に様々な異世界を巻き込む大きな事件に関わっていく。
その過程で、彼はリーダーシップを発揮し、新たな力を開花させていくのだった!
女神から貰ったバラエティー豊かなチート能力とチートアイテムを駆使するユーゴは、どこへ行ってもみんなの度肝を抜きまくる!
さらに、彼にはもともと特殊な能力があるようで……?
英雄、聖女、魔王、人魚、侍、巫女、お嬢様、変身ヒーロー、巨大ロボット、歌姫、メイド、追放、ざまあ───
なんでもありの異世界アベンジャーズ!
女神の使徒と異世界チートな英雄たちとの絆が紡ぐ、運命の物語、ここに開幕!
※不定期更新。
※感想やお気に入り登録をして頂けますと、作者のモチベーションがあがり、エタることなくもっと面白い話が作れます。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる