私がガチなのは内緒である

ありきた

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3章 一線を越えても止まらない

3話 中距離走の後

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 今日の体育は中距離走。グラウンドからスタートして、学校をぐるっと一周し、グラウンドに戻るというコースだ。
 途中までは萌恵ちゃんがペースを合わせてくれたけど、私はお世辞にも運動が得意とは言えない。
 胸が揺れる痛みを考慮するとしても、萌恵ちゃんにしては相当なスローペースとなる。
 すぐに追いつくから先に言ってほしいと頼み、萌恵ちゃんの背中が見えなくなってからしばらく経つ。
 足を止めて休みたい気持ちを抑え込み、萌恵ちゃんに会いたい一心で足を動かす。
 腕をしっかりと振り、前を見据えて一歩ずつ確実に進む。
 校門を抜け、昇降口を通り過ぎ、体育館が見えてくる。
足元に気を付けつつ短い階段を降り、グラウンドに到着。
ゴールラインが引かれた場所で、萌恵ちゃんが手を振っている。

「真菜~、あとちょっとだよ~!」

声が聞こえた瞬間、疲弊した肉体に活力が戻った。
 残った力を振り絞り、私はついに萌恵ちゃんの元へ辿り着く。

「はぁ、はぁ……も、ぇ、ちゃ……」

「お疲れ様! よく頑張ったね!」

 私を招くように両手を広げる萌恵ちゃんに、力なく倒れ込む。
 頑張ってよかった。
柔らかくて、いい匂い。
 全身汗だくだし、プールに飛び込みたいほど体が熱いけど、萌恵ちゃんの温もりは心地よく感じる。
 って、汗だく……?

「ごっ、ごめん萌恵ちゃんっ」

 自分がどういう状態か思い出し、反射的に距離を取る。
 すると、萌恵ちゃんは先生にトイレへ行く許可を貰い、なにも言わず私の手を引いた。
 最寄である体育館のトイレに着き、一番奥の個室に入って鍵を閉め、力強く掴まれていた手が離される。
 清掃が行き届いているおかげで、汚れや悪臭はない。長話をするほどの時間はないけど、落ち着いて話す環境としては申し分ない。

「も、萌恵ちゃん? なんで一緒に入ったの?」

 まさか萌恵ちゃんがしている姿を眺める、なんてことは……。
 うん、想像しただけで興奮する。
 とはいえ、いくら性的好奇心が強まっても萌恵ちゃんは萌恵ちゃんだ。私とは違って、マニアック極まりない発想には至らないだろう。
 考えても意図が分からず、返答を待つ。

「真菜、さっき自分が汗かいてるのを気にして離れたでしょ?」

「う、うん。走った直後だし、いつも以上に汗かいてて、ベタベタだから悪いと思って」

「ふ~ん。前に汗だくでも抱き合ってくれるって言ったのに?」

「そ、それは……」

 確かに言った。

「責めてるわけじゃないよ。あたしだって、さすがに自分が汗臭いときに密着するのは気が引けるもん。でも、汗だくでも抱き合いたいっていう気持ちの方が強い。それでね、いいことを思い付いてここに来たの」

「いいこと?」

 トイレの個室でなにをするつもりなのだろうか。
 授業中だし人目もないから、やろうと思えばなんでもできるけど。

「こういうこと!」

「っ!?」

 萌恵ちゃんは勢いよく私を抱きしめ、有無を言わさず唇を重ねた。
 家の外でする初めてのキスが、学校のトイレ、しかも個室の中だなんて。
 特殊な状況に緊張しているのか、いつもより五感が研ぎ澄まされる。
 静まり返った個室の中、二人の息遣いやキスによる小さな水音だけが響く。
 萌恵ちゃんの大きく円い瞳はわずかに細められ、熱っぽい視線を私に向けていた。
 洗剤とは違う甘い匂いに混じって、汗のツンとした香りも感じる。
 唇が触れ合うだけのキスは、舌を絡ませ唾液を交換する濃厚なものへと変わっていく。
 押し当てられた胸の柔らかさが脳を刺激し、興奮のあまり頭がクラクラしてきた。

「ぷはっ。どうだった? ギュッて抱き合ってキスしてたら、汗かいてることとか気にならなかったでしょ?」

 唇を離し、つぅっと唾液の糸を引かせつつ、萌恵ちゃんが明るく言い放った。
 私は快楽の余韻に浸りながら、コクコクと小さく何度もうなずく。
 言われてみれば、意識も五感もすべて萌恵ちゃんに向けられていた。
自分が汗臭いから近寄りづらい、という抵抗感は知らない間に消えている。

「もしかして、そのために?」

「うん! いくらなんでも授業中にみんなの前でキスするわけにはいかないから、誰にも邪魔されない場所に来たの。あたしの作戦、見事に成功したみたいだね!」

「成功どころか、大成功だよ」

 かつて失敗を重ね続けた私とは大違いだ。
 さっきまでは本当に汗だくなことを気にしていたのに、キスによって余計な思考が吹っ飛び、萌恵ちゃんに強く抱きしめられたことで身をもって遠慮は不要だと実感した。

「なんて偉そうに言っちゃったけど、単に二人とも汗臭いから感覚がマヒしてるだけかもしれないね~」

「ううん、そんなことない。萌恵ちゃんのおかげで、また一つ枷が外れたような気がする」

 汗臭いのも事実だとは思うけど。
 本来なら不要な枷――羞恥心によって二人の間にできてしまった壁みたいな隔たりを、完膚なきまでに壊してくれた。
 上手く言葉にできないのがもどかしい。
 要するに、私がいついかなるときでも萌恵ちゃんをそばに感じたいように、萌恵ちゃんも私に対して同じ思いを抱いてくれている。だから暑苦しいとか汗臭いとか、そんな心配は捨てていいんだ。

「冷静になってみると、かなり大胆だったよね。ひゃ~っ、いまになって恥ずかしくなってきた!」

 萌恵ちゃんが頭を抱え、首をブンブンと振る。
 授業中にトイレだと偽って私を個室に連れ込み、抱きしめてキス。大胆という他ない行動だ。
 羞恥に悶えるのも無理はない。
 せっかくの機会なので、私は今回の件を応用することにした。
 今度は私が萌恵ちゃんの唇を奪い、余計な恥じらいを拭い去る。

***

 その後、クラスメイトが私たちを呼びに来たことでキスは中断。
 二人して冷静になり、自分たちの行動を振り返って顔を真っ赤にしながらグラウンドに戻った。
こういう恥ずかしさは、さすがにどうしようもないよね。
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