フォアローゼズ~土偶の子供たちも誰かを愛でる~

来栖もよもよ&来栖もよりーぬ

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クロエの場合。【3】

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 メリッサとクレアは学校で私やアナとずっと同じクラスのクラスメイトだった。
 
 
 メリッサは本人曰く『貧乏男爵家』の長女だ。
 お兄様が王宮勤めの文官をしており、マークス伯父様の下で働いていると聞いた。
 私と同じで読書好きでレース編みが趣味の物静かなタイプだが、とても頭が良くて教えるのが上手い。試験の前にはアナと良くお世話になった。
 
 今日はプラチナブロンドのロングヘアを三つ編みにして、くるりと巻いて後頭部でまとめている。
 
 
 クレアは平民で、裏表のない陽気なタイプ。一緒にいるとこちらまで元気を貰える。
 ブレナン兄様とアナの所属していた組みダンス部にいて、最後は部長まで務めていた。
 体を動かすのが大好きなアナと新技を披露してくれたものだ。
 
 ブロンドの髪をポニーテールにしており、私たちより少し小柄だがパワーに溢れており、今日もニコニコと表情豊かである。
 
 卒業してからはお互い予定が合わずに2、3ヶ月に1度位しか会えていないが、フォアローゼズだのと私たちを持ち上げたり特別扱いしない大切な友人たちだ。
 
 
 
「メリッサもクレアもどうしたの? 1ヶ月前に会った時には仕事したいなんて話はしなかったじゃない」
 
 アナが驚いたように尋ねた。
 
「私は元から仕事を探していたのよ? 平民なんだもの、働かざる者食うべからずよ。ただ、お祖母ちゃんが足腰弱ってて面倒を見る家族が必要だったから家にいただけだもの。
 ……でもほら、半年前にお祖母ちゃん亡くなったから、それも必要なくなって。
 ようやく落ち着いて仕事を探そうと思ったらこの話があったから飛びついたって訳よ」
 
 クレアは母様とルーシーに、
 
「お久しぶりですリーシャおば様、ルーシーさん。
 本日は何卒よろしくお願いいたします!」
 
 とペコリと頭を下げた。
 
「私だって男爵とはいえ貧乏だもの、ほぼ平民よ。
 一人娘だから、若い内にそれなりにお金に余裕のある家の次男や三男の婿でも取らなくちゃ! とか気負ってたのだけど両親がね、
 『別に歴史ある家って訳でもないし、無くなっても構わない。お前は好きなように生きなさい』
 って言ってくれて。
 何か目的が無くなった感じで、どうしようかなと思ってたらクレアから誘われて。
 どちらにせよ家にお金は入れたいと思っていたから、渡りに船と応募させて頂いたの」
 
 メリッサも母様とルーシーに頭を下げた。
 
「友人だからといって贔屓して頂かなくても結構です。私もクレアも仕事を得る為に参りましたので、どうぞ公平に雇用主としての判断をお願いいたしますわ」
 
「勿論です。では幾つか質問を……」
 
 ルーシーがさっきまでの応募者と同じように質疑応答を始めた。
 
 そして、最後の質問で、護衛術云々の話が出た時には、
 
「私、運動神経と体力には自信があるんです!
 ……でもアナとクロエがそんな危険な目に遭うなんて、そちらの方が辛いです。
 ここまで美人だと妬むより眺めていたいと思うものだけど、そう思えない人もいるものね。
 アナとクロエが美人に生まれたのは、お母様があり得ない位の美人だったせいだし」
 
 クレアがそう呟くと、母様がミステリアスな微笑みのまま二の腕をポリポリと掻いた。鳥肌立ったのね母様。
 
「私は余り運動らしい運動はしてませんでしたが、仕事の為の基礎体力をつけるべく、ここ数ヶ月は屋敷の周囲を走っておりました。
 まだまだですが、健康状態は良好ですので彼女たちを護る為の努力は惜しみません。
 大切な友人である事は勿論ですが、王族が絡むとなると、万が一の事があれば国家間の問題にもなりかねませんものね」
 
 また大げさな……と私が苦笑してルーシーを見たら、ルーシーが満足げに頷いていた。えー。
 
「シャインベック家に何かあったらガーランド国の損失よねー」
 
 クレアもコクコクと頷いている。
 いやそんな王配予定の兄様のお陰で伯爵位を戴けただけのごく普通の一般家庭ですけども。
 
「その辺りの重要性が分かってない方が多いのです。
 お2人はご学友だっただけあって、キチンと把握されておりますわね」
 
 それでは採用の場合は1週間以内に通知を、とルーシーがいい、
 
「もし採用にならなくても、友人としてまた会いましょうね。今日は元気そうな姿が見れて嬉しかったわ」
 
「またね!」
 
 メリッサとクレアは私たちに手を軽く振り、お辞儀をして帰って行った。
 
 
 
 
「ルーシー、もう決めてたんでしょうあの2人に?」
 
 母様がふふっ、と笑ってぺしりとルーシーの腕を叩いた。
 
「いえ、フェアに全員と面接して総合的な判断を下すつもりでございました。
 ──まあ小さな頃から遊びに来られてましたから、ほんの少しだけ有利ではありましたが」
 
 ルーシーは私とアナを見て、改めて告げた。
 
「彼女たちは、アナ様とクロエ様のご友人ではありますが、仕事は仕事です。まだ鍛えるべき部分は多々ございますが、見所はあると思っております。
 先に面接した方々も仕事は問題なくこなせる方々で、その部分のみで言えば満点と言えるでしょう。
 ただわたくしは仕事としてだけではなく、アナ様とクロエ様に寄り添い、護り、支えて下さる方が欲しいと思っているのです。
 王族との結婚は、端から見ても決していい事ばかりではございませんし、カイル様だってこれから苦労する事もあるでしょう。
 ですが心が折れそうな事があっても頼れる人間が1人傍にいるだけで気持ちは楽になるものです。
 まだ成長過程の新人メイドですが、わたくしが責任をもって仕上げますわ。
 いかがでしょうか? 彼女たちに決めてもよろしいですか?」
 
「当然よ! メリッサとクレアなら大歓迎よ!」
 
 私はルーシーに抱きついた。
 
「私も安心だわ。気心知れてるもの」
 
 アナもあーヤレヤレとまたスカートをパタパタしてルーシーに叱られていた。
 
 
「でも、メリッサとクレアは恋人とか結婚とか考えてないのかしら?」
 
 母様が首を傾げた。
 
「今の所は予定も相手もなく、また結婚してからも仕事は続けたいと事前にリサーチは済んでおります」
 
「流石に抜かりはないわねルーシー」
 
「直ぐ辞められても困りますから」
 
「そう思ったら鍛えるのはホドホドにね」
 
「それはそれ、コレはコレ。
 護衛術は疎かに出来ませんわ」
 
 
 
 
 それから3日後に荷物を持って現れたメリッサとクレアをメイド室に振り分けたルーシーは、サリーやミルバと共に屋敷の仕事を叩き込むと、翌日から護衛術の鍛練もスタートさせ、早朝から「ぎゃぁっ」だの「無理ですって! そんなに足は広がりませんってば!」だのと恐ろしい叫び声も聞こえてくるようになった。
 
 ゼンマイ仕掛けの人形のようにカタカタぎこちなく仕事をしているメリッサとクレアが心配になり、
 
「大丈夫? ルーシーにもう少し控えめにするように言っておく?」
 
 と私は声をかけたが、2人とも首を振り、
 
「いえ、問題ありませんわ。アナ様も楽々こなしてるのに私たちが出来ない訳ありません」
 
 とまたカタカタと仕事に戻って行く。
 
 
 嫌になって辞めるとか言わないといいけど、と内心ハラハラしていたが、1週間もすると早朝の叫び声はほぼ聞こえなくなり、カタカタした動きもなくなってきた。
 
 むしろ、母様の食事が美味しいのと運動で食が進むのとで2キロほど体重が増え、鍛練に影響が出ないかそちらの方が心配ですと報告に来た。
 
 それを伝えるとルーシーは、
 
 「筋肉がつきつつあるので、数キロ増えたところで問題ありません。元々2人とも痩せすぎでしたから」
 
 と言い、ただ少々問題が、と続けた。
 
「どうしたの?」
 
「いえメリッサなのですが、先日部屋に行ったらリーシャ様の小説がズラリと本棚にございました。
 マンガもかなりの数が」
 
「ひっ」
 
 ウチの母様の薄い本もマンガもとても売れているらしい。私もドキドキしながらこっそり楽しんでいるが、まさかメリッサがそんなに母様の本を持っていたとは。
 学校ではそんな話は聞いていなかった。
 
「リーシャ様が屋敷で仕事をしておられるので放っておくとバレる可能性があります。
 ひとまずリーシャ様には伝えてあるので今すぐどうこうはございませんが、口が固いタイプなら早めに打ち明けておきたいと考えております。
 リーシャ様も無意識に家の中でインク染みのついた服でうろついてソファーでアズキ様と寝ていたりしますので。それとメリッサは手先が器用そうなので、アシスタントとしても鍛えられれば、と。
 結婚してからも〆切がタイトな時にヘルプして貰えると助かりますし」
 
「そうね……口の固さは問題ないわ。でもアシスタントが出来るかは分からないわよ?」
 
 私はそう言ったが、翌日メリッサが拭き掃除をしながら、
 
「──まさかイザベラ・ハンコック様がリーシャおば様だなんて……ルージュ先生も同一人物とか……なんて、なんて最高の職場なの! 私が生原稿に触れる日が来るなんて……ふっふっふっ」
 
 と普段のクールな表情から想像もつかないような満面の笑みで肩を揺らしている姿を目撃し、また我が家に1人腐女子が増えたのね、と糸目になった。
 
 
 メリッサは私に、クレアはアナについていく事になるようだ。ルーシーの厳しい鍛練に音を上げない事に感謝である。
 
 
 
 週末には愛するジークとのデートが控えている。
 私はいそいそとプレゼントのクッキーとパウンドケーキを作るため厨房へ向かうのだった。
 
 
 
 
 
 
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