ルキはやっぱり諦めが悪い。

来栖もよもよ&来栖もよりーぬ

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ルキは諦める意思がない。

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【ルキ視点】

 最近、カスミさんが何か悩んでいるようだ。あの人は顔に全部出るのでとても分かりやすい。何かろくでもない事を考えていそうな気がする。
 早く俺のものになってしまえばいいのに。



 大好きだった母さんが病気で死んで、12の時に母さんの兄である伯父さん夫婦に引き取られた。

 引き取られたといえば恵まれてるように見えるが、血の繋がりがあるだけのていのいい使用人だった。


 朝は夜明けと同時に起き、掃除や洗濯をし、食事の支度をする。

 大工をしていた父さんが俺が5歳の時に作業中の家で2階から足を滑らせて落下して死んでから、母さんが働きながら俺を育ててくれた。

 家の手伝いをするのは当然だったので、大概のことは何でもこなせた。
 引き取られてから便利に使われたのもまた当然だった。

 小物を扱う店を経営していた伯父は、それなりに稼いでいたのだろう。そこそこ目鼻立ちの整った水商売をしていた化粧の濃いおばさんを妻にしており、10になる娘がいたが、どちらも驚くほど馬鹿だった。

 お洒落をしてどっかに出掛ける事しか考えないババアと、傲慢で美容と男の話にしか興味がない馬鹿娘。
 伯父にはお似合いだろう。


 しかしまだ若かった俺は、母もおらず、家事をするため友達ともろくに遊べず、愛情の欠片もない家で、ただこき使われるだけの生活というのに心がすり減っていた。


 そんな時に、カスミさんと出会った。


 うっかり母親を想い、悲しくなって涙が止まらなくなっていた時に、彼女は沢山作った方が美味しいからと食事に誘ってくれ、シチューをご馳走してくれた。
 本当に美味しかった。
 また遊びにおいでと言ってくれた。

 週末は、伯父達はどこかしら家族で出掛け、食事も外食だったので、掃除や洗濯など一通りこなせば俺には時間があった。

 友達はその頃には学校でしか付き合いも無くなっていたので、毎週末はカスミさんのところに行っていた。


 よく考えれば、若い女性がこんなガキにしょっちゅう貴重な休みを邪魔されて迷惑でない筈はなかったのだが、いつも笑顔で迎え入れてくれた。

 俺はカスミさんと居ることで楽しく安らいでいられ、また次の週末まで頑張れるようになっていた。

 姉が居たらこんな感じなのか、とも思ったが、カスミさんが笑うとドキドキするし、柔らかそうな胸を見ると触ってみたくなる。ぷるんとした唇を見るとキスをしたくなる。

 姉にこんな感情を抱く訳はない。気がついたら俺はカスミさんを好きになっていたのだ。


 正直、決して誰もが振り返る美人、という感じではない。艶やかな黒髪や黒々とした瞳はとても綺麗だが、顔立ちはごくごく普通である。でも、俺には特別だった。

 けっこう童顔で、笑顔になると片頬にエクボが出るのがとても可愛くて大好きだ。
 物静かで、読書が好きで、料理が上手い。そして、周りを漂う空気がとても柔らかくて気持ちいい。


 そんな彼女がある日、恋人はいるのかという俺の探りに対し、妻帯者だった男と知らずに付き合ってしまい、奥さんに水をぶっかけられたと言う話をしてくれた。
 そのせいで噂が広がって、悪女だと言う評判が立ったから、多分もう恋人も出来ないし結婚とか出来ないわー、と笑っていた。

 俺は、その男に腹を立てたが、同時にむしろ結婚出来ないような男で良かった、噂が立ってくれたおかげでライバルも増えなくて良かったとも思ってしまった。

 俺が結婚するから20歳になるまで誰とも結婚しないで、と言ったら同情するなと頭をゴチンとグーで叩かれた。

 同情ではなく弱味につけこんでいると言って欲しい。

 俺はジリジリと大人になる日を切望していた。


 義務教育が終わった15の頃から、子供の駄賃レベルの金で伯父の仕事の手伝いまでさせられるようになっていた俺だったが、伯父の商売のやり方は無駄が多く、商品に対するチェックもザルだったので、時々ちょろまかしては安い金額で親しい個人商店に売り、自分の貯金にしていた。

 このままだとカスミさんとの結婚資金どころか、一生飼い殺しにされてしまう。

 俺には良心の呵責など一切なかった。当然貰えるべきものを貰っているだけなのだから。

 そして、商売そのものの面白味にも目覚めた頃だったので、先々自分が商売を始めた時の為に、伯父にくっついて、仕事のやり方、仕入れの方法、値段の付け方などを学んでいった。


 そして、俺が19を過ぎた頃、伯父の家の香水臭い17のアホ娘が、あからさまに俺を誘惑してくるようになった。


 幸いな事に母親に似たせいか、俺は顔立ちも悪くないし、身体も仕事で鍛えられているので筋肉もついている。

 年頃の女からのアプローチも割りと頻繁にあったが、カスミさん以外は興味がないし、そもそも勃たない。

 童貞だとカスミさんに恥ずかしいところを見せてしまうかも知れない、と貯めた金で一度勇気を出して娼館にも行ってみたが、本当にどんな刺激を受けてもピクリともしなかった。

 カスミさんの胸やお尻に触れたい、唇にキスをしたいと思うだけで痛いほどムスコは昂り反り返るし、欲望も際限なく自慰し放題なのだが、他の女ではインポかと思うほど勃たないので、ああこれはもうカスミさん以外とはヤれないという神の啓示だ、カスミさんは俺の運命の女性なのだと身体が震えるほどの興奮が呼び起こされた。


 そんな俺が、只でさえ嫌いな馬鹿娘に臭い香水の臭いを撒き散らされながら迫られても吐き気しか湧かない。

 それを、何を思ったか俺と結婚してもいいとか言い出したので、将来を誓った恋人がいると断ったら、伯父が何故か怒り心頭で、

『育ててもらった恩を仇で返しやがって!出ていけ!!』

 と殴り付けて来たので、これ幸いと家を出た。

 既に俺には伯父から学ぶものなどとうに無くなっていたし、食いもしない飯を作り、使わない部屋を掃除するのもうんざりだった。出るタイミングを計っていたところだったので、渡りに船である。


 貯めていた金で安いアパートを借りて、仕入れと配達の仕事を始めた。

 だてに伯父の商売の傍ら顔をつないでいた訳じゃない。

 良心的な価格と少しのサービス。こまめなサポートや人好きのする笑顔、母親譲りの顔立ちもあり、短期間の間に俺は商売人としてかなりの金額を稼げるようになっていた。

 顧客の中には伯父の店を使っていた人達もいたが、客を繋ぎ止める努力をしてない伯父が悪い。


 三ヶ月もすると、如何に俺が仕事で重要な役割をしていたのかを思い知ったのだろう、

「許してやるから今なら戻って来てもいい」

 とか偉そうな事を言ってきたので、

「恋人とそろそろ結婚する予定があるので」

 と断った。
 その後、事業が傾いただの店員が金を持ち逃げしただのという噂が立って、二ヶ月ほどしたら夜逃げ同然に他所の街へ引っ越していた。


 邪魔な親族も居なくなったし、さあそろそろ本気のプロポーズを………と考えていたある日、カスミさんが今週末は予定があるから悪いけど家にはいないわ、と言ってきた。

「そうですか。仕方ないですよね。残念ですけど今週は諦めます」

 とパン屋を出たが、カスミさんと居られないのに休んでいても仕方ない。

 俺は週末、休日営業と言うことで、ちょっと遠出が必要だったので後回しにしていた商品の仕入れをして、午後には品物を納め終えた。
 「休みの日にまで悪いね」と喜んでくれ、チップまで弾んで貰ったので、鼻歌でも出そうなほど機嫌は良かった。


 よし、カスミさんに贈る指輪でも………と表通りに足が延びた。

 あまり自分のためにも買い物をしないので、付き合いのある商店しか場所が分からない。
 さて宝石店は、とキョロキョロ見回していた時に、はす向かいのカフェのオープンテラスに座るカスミさんを見つけた。


 向かいには男が背を向け座っているのを見て血の気が引いた。


 何故。何故。何故。
 そいつは誰。


 大げさなリアクションをする男を見て、クスクスと笑うカスミさんの声が小さく聞こえて、今度は血が一気に昇る。


 その空間以外は何も見えなかった。
 通りを早足で渡ろうとした時に、俺は何かにぶつかった。
 複数の悲鳴と、「ルキ!!」と叫ぶカスミさんの声が聞こえて、俺の視界は暗転した。





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