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スキルは上がるのではない、上げるのだ。【1】
しおりを挟む「………はい?」
「いや、バルゴに行こうかと言ったんだが」
クラインの提案にハルカは首を傾げた。
「なんでバルゴ?」
「こないだバルバロスの肉が切れそうだと言っていただろう。この辺には生息してないし、久しぶりに仕入れついでに討伐もしたほうが良いと思って。
ついでに支店の話し合いもそろそろしないとな」
バルバロスはデカイ鳥の魔物でバルゴの近くの森の中、崖のところに生息する魔物である。
味は鶏肉のようだが、ドードー鳥よりも更にジューシーかつ濃厚な味わいであり、肉も柔らかく、唐揚げやチキン南蛮にしても美味しい。
以前討伐依頼があり、大量に肉を入手していたが、唐揚げもチキン南蛮もハルカのファミリーは大好きでご飯のお供によく作っていたので、そろそろヤバいなー、と言っていたのを思い出した。
バレンタインデーから数日。
ようやくいつもの普通の混雑状態に戻ったレストランとパティスリーだったが、結局忙しいのは変わらない。
殺気立つ忙しさが目の回る忙しさにトーンダウンしただけのことである。
午後の休憩がたまたま重なり、二階の休憩室で二人はお茶をしていた。
「あー、そう言えば言ってましたねー、うん………」
「な?ジー様のラウールとかに遠出させるのも悪いし、店の為にここの近辺でオークやら色々捕ってきてもらってるしな。
どっちにしろ支店とかの打ち合わせは俺とハルカがいないと進められないし」
「そうだねぇ。………あれ、でも二人で?プルちゃん達は?」
「当然店に残す。忙しいとこ頻繁に連れ出すとバイトも可哀想だろう。
近々支店についての話し合いでバルゴに行くと言う話をしたが、『少数精鋭でお願いします!』とかニコルが涙目になってたし………ん?何か二人だと問題があるのか?
あ、遠出になるからクロノスには行き帰りの迎えは頼んでるし、長時間の馬車の旅とかにはならないから安心しろ。長くても半日で戻れるから。
………ところでまた糸目になってるんだがまた寝不足か?」
不思議そうにハルカを見るクラインに対して、いや個人的に問題ありありですよ兄さん、と心で裏手ツッコミを入れた。
先日うっかり憎からず想っていることに気づいてしまった上に、悟られないようにその相手と二人っきりで出掛けるとか、どんな拷問なのだろうか。
前世でもデートなんてしたことがないのに。
(とハルカは思っているが、日本でハルカが食べ歩きが趣味だと言うのを聞いて、始終食事の付き合いをしてくれていた大学の同じゼミ仲間の佐々木クンは、立派なデートだと思っていた。
残念ながら疎いハルカには同好の士としてしか認識されていなかった)
「………いや、新作メニューを考えてたりすると寝不足にもなるよね、あははは」
糸目になってないと直視出来ないハルカは、そう言って誤魔化した。
「そうか。ハルカはすぐに無理するから気をつけろよ。健康に良くない。
じゃ、バルゴの商業ギルドと日程決めたら教える」
ハルカの頭をぽふぽふと優しく叩くと「じゃお先に」と休憩室を出ていった。
(………ぽふぽふされた………)
一人きりになった休憩室で、目を通常モードにすると、自分の髪をそっと触った。少し頬が熱い。鏡を見ると案の定赤くなっている。
(………いや、自分の頭を撫でて赤面するとか変態か私は。いかんいかん、顔の赤いのは冷やさないとっ)
テーブルに突っ伏してひんやりしたテーブルに頬をくっつけながら、
(………なんとか出掛けるまでに平常心を維持する方法を考えなくてはクラインに不愉快な思いをさせるかも知れない………)
ハルカは胃がキリキリ痛むのを感じながら、懸命に頭を働かせるのであった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
夜遅く、コツコツ、と密やかにノックの音がして、クラインがプルとトラのいる部屋に入ってきた。
中にはプルとトラ以外にも、シャイナやケルヴィンやミリアン、テンやクロノス、ラウールなど、まあ小さな三つ子達以外は全員揃っていた。
「………っプル。何でみんなが此処にいる?」
のんびりいつものように風魔法でふおんふおんと髪の毛を乾かしているプルに詰め寄ると、いたって普通に、
「え?呼んだからに決まってるだろ」
と何いってんだと言った顔で見返した。
「そんなこたぁ分かってる!!呼んだ理由だ!!」
顔を赤くしたクラインが静かに叫ぶ、と言う高等テクニックを披露した。
「まぁまぁクライン座って座って」
ミリアンがトラにホットココアを入れて貰いながら、笑顔を向ける。
なんだかとても生温かい感じの笑顔は、クラインにぞわぞわと不吉な予感しか与えない。
「………プ、プル?まさか、………え?」
目を潤ませたクラインは、最後の希望と言った眼差しでぎりりとプルを睨んだが
、しっかりと見返した後で、
「………いやん。そんなに見詰められると、プル美困っちゃう~♪」
と満面の笑みを浮かべた。
「………………死にたい………」
膝から崩れ落ちるクラインに、トラがそっと近づいてきて、
『クライン様、いい豆仕入れましたからまずは美味しいコーヒーでもいかがですか?』
と肉球のついた無駄に触られ心地のいい手で肩をさわさわとしながらメモを差し出してきた。
「………ありがとうトラ。頼むよ」
トラの優しい気遣いに感謝しつつ立ち上がったクラインは、トラのメモの下の方にあった
『まだまだ夜はこれからでございますから』
と言う一文には気づいていなかった。
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