カフェぱんどらの逝けない面々

来栖もよもよ&来栖もよりーぬ

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葬儀へ(上)

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 久松さんのお姉さんは、一言で言えば「ザ・癒し系」な方だった。
 翌日駅で待ち合わせて、ぱんどらへ向かう道すがら、雑談しながら観察する。小柄な色白ぽっちゃり系で、黒髪のストレートロングも綺麗な、美人というより可愛いタイプで、若く見えるが今年で三十一歳になるとのこと。久松さんとは六つ離れていると言うことで、「弟というより自分の子供みたいな感覚もあった」らしい。長い付き合いの恋人もいたそうだが、どうやら最近別れたと言う。話しながら常に穏やかな笑みを浮かべているものの、やはり憔悴している様子は隠しきれない。


「いらっしゃいませ。久松くんのお姉さんはコーヒーはお好きかしら?」

 ぱんどらへ入るとマスターが笑顔で出迎える。扉には【貸し切り】と手書きで書いた紙が貼られていた。最初マスターの顔を見て驚いたように目を見開いたが、深く頭を下げた。

「こちらに佑介がよく伺っていたそうですね。このたびはお休みのところ誠に申し訳ございません」
「あらいいのよ。常連さんが亡くなってしまうなんて、私も初めてのことだから、せめて場所提供ぐらいはと思って。さ、どうぞ」

 奥のテーブル席では『姉さん……』と絶句したように涙を浮かべている久松さんがいて、周りには痛ましいのと同時にほんの少し羨ましいといった表情の泉谷さんたちが囲んでいる。
 マスターがブレンドを運んで来て、カウンターに戻る。二人席に座った私は、借りた(という名目の)本を美佐緒さんに渡した。

「どうもありがとう」

 タイトルを見て、あの子が前から好きな作家だわ、と少し微笑んだ。
 彼女と会う前に、久松さんには自分の趣味や行動パターンなども教えて貰い、私とは大学卒業後、偶然バイトをしていた店にやって来た彼と久しぶりに再会し、友人付き合いとなったという経緯を説明する。

「そうなのね……じゃあ恋人ではないの?」
「あ、それは全く。単なる趣味の友と申しますか……」
「そう、残念。結局あの子は仕事人間のまま死んじゃったのね。……でも昔から結構不器用だったから、お友達も少なかったし、物の貸し借りをするような友人がいただけでも何だか安心したわ」

 コーヒーを一口飲んで美味しい、と呟く美佐緒さんに、ギリギリと良心を痛ませる。本人の頼みとは言え、嘘を吐かねばならない立場は辛い。

「あの、それで、久松さんの葬儀はもう終わってしまったんでしょうか?」
「いいえ。一応自殺でも変死ということで、司法解剖があって。事件の可能性はないとして戻ってきたのは昨日よ。知ってるかも知れないけど、両親亡くなってて私たち二人きりなの。遠縁の親族とも全く付き合いないし、明日火葬して、佑介のお骨は両親のお墓に入れようかと。会社も来週は忌引き休暇貰ったの。急で悪いけれど、もし、もし都合が良ければ円谷さんも来て頂けない? 佑介も喜ぶと思うの、友達が見送ってくれるなら寂しくないでしょうし。佑介の会社からも上司の方がどうしても焼香したいって来て下さるんだけど、その人だけじゃ余りに寂しいでしょう?」
「……明日、ですか」

 私はマスターの方を見る。

「いってらっしゃい。最後のお別れだもの」
「──許可頂きましたので、是非」

 美佐緒さんは私の手を握り、ありがとう、本当に、とお礼を言う。
 その後、思い出話として久松さんが自宅でやらかしたうっかりミスや、彼から聞いたお姉さんの話やらを面白おかしく語り、美佐緒さんが声を上げて笑ってくれた時には心底ほっとした。

 彼女を駅まで送ってからぱんどらに戻ると、久松さんが深く落ち込んだ顔をしているのが見えた。

『姉さんにあんな顔させるなんて、本当に僕は……』
『まあ早まっちゃったのはしょうがないじゃん。メンタルって体より繊細だからさあ』
『ダイジョブダイジョブ。お姉さんもいずれ立ち直るデス』

「あのすみませんが久松さん、話を聞いていたと思いますが、そんな訳で明日、友人としてお焼香して来ます」

 私は久松さんにそう伝える。するとすみません、頭を下げた彼が、少し怪訝そうに尋ねた。

『ところで小春さん。姉が恋人と別れたっていつの話か聞いてますか?』
「いや、そこは深く突っ込めないので……つい最近、としか」
『それが不思議なんですよね。姉の恋人って、もう八年ぐらいの長い付き合いで、僕も何度か顔を合わせてますけど、本当にいい人なんです。浮気するタイプでもないし、姉さんにべた惚れだったんですよ。最後に会った時、死ぬ一カ月ぐらい前ですけど、夏には結婚するみたいな話を聞いていたのに、何で急に別れたなんて話になっているのか……』
「まあ男女関係は何がきっかけで破綻するかは分からないので……そもそも恋愛関係にご縁のない私に聞かれましても」
「……小春ちゃん、何の話してるの?」

 カウンターからマスターから声を掛けられた。

「ああ、ええとですね」

 話の内容を説明すると、ふんふんと聞いていたマスターが真面目な顔になった。

「──私も恋愛云々は分からないんだけど、何か変よねえ」
「何がですか?」
「うーん、一カ月ぐらい前までは結婚の話をしていたぐらいラブラブだった訳でしょう? それでもし別れるぐらいの何かあったとしてもよ、結婚も考えるぐらい仲の良かった恋人の、たった一人の身内が亡くなったら、落ち着くまではそばにいようとか思わない?」
「まあ普通はそうでしょうけど、人によるかもですよね」
「……彼女の方から別れを切り出したんだとしたら?」
「え?」
「美佐緒さんから別れようって言ったのかも、ってこと」
「どういうことですか?」
「例えば、何か恋人に弟の件で迷惑がかからないように、とか、あと……」
「あと……?」
「──いえ。私の考えすぎかも知れないし。ところで、明日は私も行っていいかしら?」
「え? 大丈夫なんですか?」
「ほら、今風邪が流行りでしょ? マスクしてメガネして行けば、流石に危ない人も近寄って来ないんじゃないかなーって。明日は臨時休業ってことで。たまには社会復帰のリハビリしなきゃね」
「いやまあ、参列したいのであれば構わないですし、美佐緒さんに許可は取りますけど。……何だかいきなりですね」
「そう? まあ気分かしらね。いざとなったら小春ちゃんに助けてもーらおっと♪」

 コーヒーカップを洗いながら鼻歌を歌うマスターに何やら胡散臭いものを感じた私だったが、一緒に行ってくれるのは確かにありがたいので、素直にお礼を言うのであった。



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