カフェぱんどらの逝けない面々

来栖もよもよ&来栖もよりーぬ

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探偵再開

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 木曜、金曜と特に何が起きるでもなく、私はぱんどらでいつものように働いていた。ジバティーになりたての久松さんに近所を案内する、と普段暇を持て余していた泉谷さんたちは連日店を出ていて不在がちだ。ここ数日ざわざわしないわあー、とご機嫌なマスターと、忙しくも穏やかな一日が過ぎていた。

「ところで彼らがいないんなら、聞いておきたいことがあるんだけどね小春ちゃん。私、地縛霊ってその亡くなった場所とか、深く関係ある場所にいるもんだと思ってたんだけど、違うの? 久松さんとか電車で数十分離れているし、特にこの町が地元でもないじゃない? 元々いる泉谷さんたちはどこに住んでいたとかすら覚えてないし。何でなのかしらねえ?」

 マスターは私にまだ彼らが戻って来てないことを確認すると、仕事の片づけをしながら疑問を投げかけた。

「えーと、これも祖母の受け売りなんですけど、寿命を全うした方とか、守護霊的な存在は別にして、不幸な亡くなり方をされた人って言うのは、その場所や土地自体が穢れてしまって、負の感情が残りやすいんですって」
「ああ、でしょうねえ」
「それで、亡くなって赤ん坊のような純粋無垢な状態になった魂が、不浄な気に晒され続けると、どんどん濁って悪霊になるんだそうです。だから、輪廻転生の輪に入れなくならないように、他の仏様が違う場所に追いやったりして、自然に成仏しやすいようにするとか」
「はあ、なるほどねえ。……あ、でもさ、亡くなった場所に幽霊が現れたり、廃墟とかにそこで亡くなった人の霊が出るって噂があるじゃない?」
「亡くなってまだ日が浅い人とか、死体を見つけて欲しい人なんかは偶々居たりすることはあるかもですが、祖母が言うにはそういう人は、ぱんどらにいる人たち同様に、ほぼよそから流れて来た別人だそうです。私も以前同じことを祖母に質問しました。長い年数経っても、自分が死んだ場所にとどまっているのであれば、それは悪霊に近いものだそうです」
「……怖っ」

 マスターが思わずといった感じで腕をさすっていた。

「そう感じる方は多いですね。でも、悪霊になってしまう程恨み憎しみが強い方はともかくとして、私たちだって生きていればいずれは死にますし、その時は魂になってまたどこかで輪廻転生するんですよ。それまでの順番待ちで少々さまよっているだけだと思えば、特に怖いこともないんですけどね。姿の見えないご近所さんと思えば」
「その姿が見えないってのが怖いんじゃないのよ。あなた女子としてちょっと達観しすぎよ。……まあ家柄が家柄だからだろうけど」
「そうですね。ホラー映画とか遊園地でホラーハウスみたいなのも全然怖くないのが悩みと言えば悩みですが」
「……羨ましい。魂を入れ替えて欲しいわ私と」
「マスターの芸術性の高い見た目は、ただ普通に生きて行きたい私だと持て余しますので、もし交換できても遠慮します」
「──私だってこんな見た目に生まれたかった訳じゃないわよ」
「大丈夫です。あのセキュリティー対策の高い家なら変な人はまず入れないでしょうし、職も生活に困らないお金もあります。圧倒的勝ち組です。人間ちゃんと食事して、適度に運動、あとは窓際や庭で光合成さえしておけば、健康的に生きられると思います。あとは信頼出来る家族や友人と自宅交流すればボケ防止も完璧です。かなり年を取ればそう粘着されることもないでしょうし」
「それ聞くと、完全に独居老人孤独死まっしぐらね。私この先の人生に何の希望も見い出せない気がするわ」
「職が決まらない私の方が、現在の希望のなさに関しては秀でています」
「……ま、個人的にはなるべく決まらないでいてくれた方がありがたいわ。霊と交流も出来る逸材が来てくれて、本当に助かってるんだもの」
「いや、それ仕事にするつもりないですからね」

 そんな感じで、気心が知れたマスターと慣れたカフェ仕事に居心地の良さも感じていて、すっかり探偵仕事を忘れていた私だったが、土曜日になり、待望の連絡が入った。

「あの……円谷小春さんでしょうか? 初めまして、私、久松佑介の姉で美佐緒と申します。管理人さんから伝言受けまして……」

 タイミングよく仕事の食事休憩中に知らない携帯番号から掛かってきたので、もしやと思い出てみると、案の定久松さんのお姉さんであった。

「あ、はいそうです。久松さんには大学時代からお世話になっておりまして……今回は大変ご愁傷様です」

 私の会話でマスターも気がついたのか、がりがりとコーヒーを挽いていた手を止めた。

「ありがとうございます。それで、出来たら生前の弟の様子なんかも聞けたらと思うんです。急で申し訳ないんですが、明日の日曜とか、ご都合いかがでしょうか? 私の仕事が休みなもので。時間や場所などは合わせます」

 聞くと美佐緒さんは、幸いにも私の利用駅の二つ隣に住んでいるようだ。これはこちらも店に案内するのに都合がいい。久松さんも仲の良かったお姉さんの顔が見たいだろう。
 私は、近くにあったメモを引き寄せ、ポケットからボールペンを取り出すと、マスターに【明日ぱんどらに連れて来てもいいですか】と確認した。マスターが指で丸を作ったので、待ち合わせ場所を地元の駅にして電話を切った。

「久松さん戻って来たら、少しお姉さんの情報を仕入れないといけませんね」
「そうね。とりあえず連絡が来て良かったわ。これで成仏してくれると一番いいんだけど」
「だといいですね」

 ただ、そう答えながらも私はほんの少しだけ嫌な感じがしていた。それが何なのかは今は全く分からなかったのだが。



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