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Ⅰ -4
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しおりを挟む昼過ぎ、デニスを託児所へ連れていき、皇帝の部屋へ向かう。
昨日あった事が頭を引きずる。いけない、昨日あったことは秘密なのだ。
皇帝に知られないやうにしなくては。
「…失礼致します。お部屋の掃除に参りました」
頭を下げて部屋に隣接する執務室へ入ると机に向かっていた皇帝が手を止め顔を上げる。
「エディ、体調は大丈夫か?」
そう尋ねてくる皇帝に少し戸惑って皇帝の背後に控えているカレルさんに目をやると軽く目配せされる。
体調不良ということにしてくれたのだろう。
「…はい、少しお休みを頂いて良くなりました。ありがとうございます」
「…。そうか」
じっと観察されるように見られるも、直ぐに微笑んだ皇帝にほっとする。
良かった、怪しまれていない。
「エディさん、こちらへ」
カレルさんに誘導され執務室から出ると小声で尋ねられる。
「…大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫です。…ご心配おかけしました」
「それなら良いのですが…。今日は特に仕事はありません、ですので…そうですね、お茶を入れてきてくれますか」
「かしこまりました」
頭を下げて厨房へ向かう。
お茶を入れるのであれば得意だ。
「皇帝のお茶の用意を頂きに来ました」
「おや、ご苦労さん。ちょっとまっててくれ、湯を沸かすから」
使用人の人はとても優しくて、気さくな人が多い。王宮で働いている人達にも征服された国出身の人が多い。それでもこの国を憎まずに働いたり、暮らしているのはきっと凄いことだ。
「はいお待たせ、お茶菓子もあるから。…パティシエの新作だとよ、皇帝に伝えてやってくれ」
「わかりました」
ワゴンを押して皇帝の応接間へと戻り、お茶の用意を始める。
お茶とお菓子の良い香り。
何か仕事をしていると考えないで済む。
「…カレルさん、お茶の用意が出来ました」
「ありがとうございます。…すぐに向かいますのでお待ちください」
しばらく待つと皇帝がカレルさんと共にやってくる。
「…エディ、まだ体調が良くないのか」
ハッとしてお茶をカップに注ぐ。
「いえ、申し訳ありません。…ぼんやりしてて」
「…そうか」
「こちら、パティシエの新作だそうです。」
茶菓子の入った箱を開けると3人分の茶菓子が用意されていた。
予備だと思っていたティーカップはそのためだったのか。
カレルさんはともかく、自分が許可なしに席に着くのは駄目だ。
なかったことにしよう。
「カレルさんの分もありますね、おかけください」
「本当ですね。…エディさん、あなたの分もじゃないですか」
「い、いえ僕は…」
さすがにそれは宜しくはないかと、と断ろうとすると皇帝が口を開く。
「俺はお前と食べたいが…嫌か?」
「嫌だなんて…そういう訳ではありません。…ありがとうございます、ではお言葉に甘えて」
3人分の用意をしていると突然大きく応接間の扉が開かれる。
「…デ、ディビナ様のお成りでございます」
慌てたような従者の声に体が強ばる。
「陛下、私もお茶に混ぜてくださいませ」
こちらなどまるで見えていないように近寄る彼女から隠れるように一歩下がる。
「…お前の分はない」
初めて聞いた無機質な皇帝の声。
「そんな冷たいこと仰らないでくださいませ、こんなにお慕いしておりますのに」
「そろそろローリー家の御領地に帰ったらどうだ。…お前を娶るにはない」
「お父様がなんと言うか…!」
「なんと言おうと俺には関係がない」
部屋の空気の冷たいこと。
ふん、とそっぽを向いた彼女がこちらを向く。
「あら、あなた、見かけないわね。…そのお皿はあなたの?」
まるで自分を知らないような言い様だ。
「はい…僭越ながらお誘いを頂きました」
「そう。…私、あなたとまたお話がしたいわ。今度いらっしゃい」
「…ありがとうございます」
頭を下げていて彼女の表情は見えないがきっと笑っている。
その後、彼女は去っていったが空気の余韻は消えなかった。ケーキもお茶も美味しいのに、なんだか味が分からない。
「…エディ、少し残れ」
夜、皇帝の入浴や寝る支度を済ませ下がろうとすると声をかけられ、皇帝の座っているベッドの隣へ座るよう言われる。
「お前、昨日何かあったか」
「…何もありません」
悟られないように淡々と答える。
今目を合わせたら揺れてしまう。
「…今後、ディビナに誘われても1人では行くな。なるべく行って欲しくはないが…そうはいかないだろう。必ずカレルを連れて行け」
「…はい」
確かに1人で行くのは不安だ。というよりも、これからまた会わなくてはならないとなると正直怖い。
どうしたら良いのか、自分には分からない。
自分1人の問題でもない。デニスがいる。
「…言っただろう?俺の前で我慢するな、甘えろ。心配なんてしなくて良い」
強く抱きしめられているのに、優しい声色に包まれる。
「俺はお前の笑ってる顔が好きだ」
そっと頬を撫でられ、キスされる。
皇帝のキスは優しい。
「…だがこれ以上手を出さないよう堪えるのは…なかなか大変だ」
悪戯気に微笑んでベッドへ寝転ぶ皇帝はなんだか幼く見える。
確か26だろうか。帝国の頂点としては若すぎると言えるのにこうして立派に国を治めている。
「デニスには悪いが…今日は泊まっていけ」
「…はい」
少しだけ心が安らぐ。
皇帝の広い胸と温かい体温は心地よかった。
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