選ばれたのは私以外でした 白い結婚、上等です!

凛蓮月

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前語り

書籍化記念SS/後悔しない生き方を【side ヘルフリート】

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「よぉ、ちょっと話があるんだが」

 二本の木剣を片手に養父ヘルムートが鍛錬場の方角を指差した。
 昨夜も遅くに帰って来たから文句の一つでも言いたいのだろう。
 また養母――「オーロラが泣くから止めろ」とか言い出すに違いない。
 心の奥底ではズキズキ痛むものもすぐに真っ黒な感情が覆い隠してしまう。
 ドロドロとした醜いそれはまとわりついて離れない。抗っても逃げてもすぐに追いつかれて嘲笑う。

 面倒に思いながらも養父についていき立ち止まったところで剣を渡された。

「死ぬ気でかかってこい」

 構えをとるとピリ……と殺気がこもる。
 そこに甘えも優しさも何もない。気を抜くとやられる。
 俺も構えて対峙する。隙を伺うが当たり前のように見つからない。余裕の笑みを浮かべた養父はゆらりと動くと素早い動きでかかってきた。

 剣を打ち合う音が響く。
 型を確認するような動きから応用を利かせたものまで。
 次にどんな攻撃がくるかを予測しながら技を繰り出すがまだまだ余裕がある養父は柔軟に防いでくる。

(まだ……勝てない)

「っ……ぁっ」

 一瞬の隙をついて養父が木剣を弾き飛ばした。
 じんと手が痺れ、息があがる。
 だが悔しいことに養父は全く呼吸に乱れは無かった。

「俺もまだまだいけるな」

 ニヤリと笑い、俺に勝ったと自慢げに見てくる。この人のこのちょっと幼い感じとかまとわりついてくる暑苦しさとか、うっとうしいけど嫌いじゃない。

「……それで、話ってなんですか」

 問い掛けると養父はきょとんとして手を打った。

「そういや忘れてた。なんだっけな」

 本気で考えている姿を見て、脱力する。話があると言われてついてきてそのまま剣の撃ち合いをして、結局忘れたとか人をばかにしているのか。

「……昨夜のことじゃないんですか」

 俺がしている事を社交界で聞いていないわけがないと思った。
 クロイツァー公爵家にとっては醜聞だ。それを咎められるんじゃないかと思っていたのだ。
 養父は真剣な表情になった。

「まあ、そうだな。それに関してはお前も成人したし婚約者もいないし、自分で後始末つけられるなら何も言わねぇよ」

 意外な言葉に思わず目を見開く。と同時に真意をはかりかねて戸惑った。

「ただ、一つ言えることは『未来の自分が後悔しないような今を送れ』という事だな。
 将来愛する女性と結ばれたとき、今のお前が憂いにならないといいな」

 愛する女性と言われ、思い浮かぶのはたった一人。
 手を伸ばそうにも伸ばせない。無理矢理奪いたくてもそんなの彼女は望まない。
 光り輝く王子の隣で温かに微笑む彼女と結ばれるなんて奇跡が起こるはずもない。

「結ばれるわけないじゃないか」

 ぽつりと漏れ出た言葉が黒く淀み俺を蝕んでいく。王太子の婚約者、仲もいい、彼女はあいつの隣で幸せそうにしている。
 それを壊して手に入れるなんてできるはずもない。
 かといって誰も彼女の代わりなんてなれない。
 あの子は唯一無二の存在だ。

「ヘル、未来なんて先見の魔法じゃねえと分からないがな。俺は断言するよ」

 何も知らないくせに、と養父を睨む。
 だが凪いだ表情でその目には慈愛が滲んでいた。

「お前は絶対に幸せになる。愛する女性と結ばれて、家族を得て、いつも笑ってる人生を歩む」

 それこそありえない。
 ありえないと分かっているから今が苦しい。

「今は苦しいかもしれねぇが、お前は誰よりも幸せになれる。その髪、オーロラの『祝福』の証がそうさせる」

 闇属性の俺は元々黒い髪だった。魔力があらわれたとき、養母が俺に祝福をかけたのだ。だからどんな魔法でも解けることはない。

「幸せになれそうなとき、今を後悔しない生き方をしろよ。……話はそれだけだ」

 養父は手をひらひらさせながら鍛錬場をあとにする。
 そんなこと言われても、じゃあこの苦しみが終わるときが来るのか……?

「あ、思い出した、大事な話」

 後ろ足ですたすたと養父が戻って来る。

「今度お前誕生日だろ。プレゼント何がいいか考えとけよ」
「……え」

 ニカッと笑って養父は今度こそ鍛錬場をあとにした。

「……話って、それだけ……?」

 そういえばあの人はそういう人だった……

 何だか脱力した俺はその場に座り込む。


『幸せになれそうなとき、今を後悔しない生き方をしろよ』

 先程の言葉が耳に響く。
 未だ黒く苛むコレを払拭する術は分からない。けれど、あの人の言葉はやけに重くのしかかった。

 あの子と結ばれる奇跡なんか起きない。
 けれど、あの子に軽蔑されるようは事はやめよう。
 臣下として守れるように。
 二人が笑顔でいられるように。


 それから俺は諦めを覚え、鍛錬に打ち込む事で徐々に立ち直っていく。

 養父の言葉を身に沁みて理解する日が来るとは、このときの俺は知る由もなかった。

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