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9本目 女子バスケットボール部の挑戦
4ファウル 88
しおりを挟む10分間のハーフタイムは、とてもいい雰囲気だった。
リードされているとはいえ、3点というのは1回のプレーで獲得できる点差の範囲内。観客席もざわめいているし、何より嶺南からすれば地区大会の4位が相手の1回戦で、こんな展開になるとは思っていなかっただろう。
ただ、翠さんが口にしたことだけが気になった。
「なんだか前半の終わりくらいから、すごく触ってくるんだけど。あれは反則じゃないの?」
彼女のマークに付いている相手は、試合前に奈津姫さんを挑発してきた元チームメイトだ。翠さんとも同じ中学出身ということになり、嶺南では5番を付けている。
奈津姫さんがジロリと相手ベンチの方を睨んだ。
「アイツか……乗せられんなよ」
僕は念のため、改めて記録を確認した。
「翠さん、前半でファウル2つです。向こうの5番も同じですが。一応、気を付けてください」
バスケットボールでは1試合で5回の反則行為を重ねた選手は退場扱いとなる。強制的に交替という扱いにされ、4人以下で戦うということにはならないが、本人はその試合ではもうプレーができなくなるのだ。
●
後半の第3Qが始まったところで、僕も注意して見てみることにした。
確かに、相手の5番は手を翠さんに向けて頻繁に伸ばしていた。
ルールでは原則として相手の体への接触は禁じられている。とはいえバレーボールのようにネットで敵味方が隔てられているわけではないため、実際には有利な位置の奪い合いが行われている。停まっている相手にぶつかっていったり突き飛ばすようなことは反則だが、腰や肘を接触させての押し合いは技術の一部分になっているらしい。
例の相手は、それだけに留まらず、翠さんが横や後ろに位置している間も手で触れることで位置を確認しているようだった。ユニフォームを掴んでいるように見える時もある。
「あれで反則じゃないんですか?」
さすがに心配になって、千華子先生に問いかけてみた。
「審判が反則を取らない以上、どうしようもない。女子の試合は特に厳しめに吹かないと荒れるというが……審判もまずはボール周りのプレーやライン際を見なければいけない。そこを見越した上でやっている」
これを卑怯とみるのか上手いとみるのかは素人の僕には分からない。テレビなどでスポーツ競技を目にする際、プロの選手でも相手のユニフォームを掴んだり、接触していないのに転んでみせて有利な判定を誘ったり……そんな場面を見ることがある。ただ、握った手の平には嫌な汗が滲んできた。
翠さんは、かなり鬱陶しく感じているらしく、相手の伸ばしてくる手を振り払うような仕草も見せている。しかしその手を逆に掴まれたりする様子もあった。
「まずいな……」
先生が呟き、チラリと僕の体越しにベンチの方を見る。控え選手も出場できる用意をしておくよう、ハーフタイムには改めて指示していた。
「翠は陸上競技出身で、バスケに転向してから経験してきた試合数は多くない。チーム内の練習では、お互いあんなことはしないからな」
相手の攻撃。その選手は、ディフェンスに付いている翠さんに向けて両手を伸ばしながら反対方向へ踏み出した。突き飛ばしてその反動を利用したようにすら見える。翠さんはマークすべき相手と距離を空けられてしまい、その隙にパスが通って得点されてしまった。
さすがに翠さんの表情が変わったのがベンチからも分かった。相手に何か喋りかけたようだが、向こうは反応せずにディフェンスへと戻っていく。
こちらの攻撃になる。今回はゴール近くで翠さんにボールが渡った。ゴールと相手選手に背を向けてパスを受け取った彼女は、低いドリブルをしながらより近くまで踏み込もうとして……。
笛が鳴った。5番の選手がフロアに倒れていた。
「オフェンス・チャージング!」
審判は拳を突き出しながら、攻撃側である翠さんの反則を宣言した。
攻撃側のファウルとなるのは、相手が明らかに先に進路上に位置していたにも関わらず強くぶつかった場合くらいだという。しかし……。
「今のは相手が自分から倒れただけです!」
翠さんが両手を広げ、審判に対して声を上げた。
「ちゃんと見てください! あちらの方がさっきから何度も掴んできているじゃありませんか!?」
先生が素早く立ち上がり、両ベンチの間にある係員席に「タイムアウト」と伝える。同時にコートでは香織さんが審判との間に割って入って翠さんに声をかけようとした。
しかし、その時点で審判の笛は、もう一回鳴り響いた。
テクニカルファウル。少なくとも学校の大会においては、審判の判定に抗議することなんて許されていない。その行為に対するペナルティ。
あっという間の、4つめのファウルの宣告だった。
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