偽りの愛 ー 真実かどうかなんて、なぜわかるのでしょうか

苺 迷音

文字の大きさ
60 / 107
現在

60 祈り ーChapter リージェリア

しおりを挟む
 月のものが来た。

 また今月も、身籠もることはできなかった。

 リージェリアは、侍女に下着の処理を任せながら、小さくため息をついた。婚姻からあと数か月で三年になる。なのに未だ、後継の兆しはない。

 国王陛下は勿論のこと、王后エリザベルナも何も言わない。セラフィムも急かすようなことは一度も口にしない。それでも、後継を望まれていることはわかっている。王太子妃として、それが最も重要な務めだということも。

 ミレーユは産んだのに。

 ふと、そんな考えが頭をよぎり、リージェリアは首を振った。親友の出産は本当に嬉しい。アレクセイという名の男の子。出産の報せを受けた時、心から祝福の気持ちが湧き上がった。

 今は文のやりとりも控えている。側妃の件で騒ぎになり、東風こちが来たと知らせて以来、ミレーユとの接触は最小限にするようになった。お互いのために。親しくしているところを見せるわけにはいかない。

 それでも、出産の報せが届いた時には、祝いの文と品を送った。短い文面だったけれど、心からの祝福を込めた。ミレーユからも、簡潔な礼状が届いた。アレクセイは元気だということ。母子ともに健やかだということ。それだけで十分だった。

 早く会いたい。アレクセイを抱いてみたい。きっと可愛いに違いない。

 でも、今はまだその時ではない。

 そして。……ほんの少しだけ、羨ましいと思ってしまう自分がいる。

 その気持ちを、リージェリアは深く考えないことにしていた。考えても仕方のないことだ。自分だって、いつか授かる。そう、信じて。



 執務室では、王后が派遣した女官たちが控えていた。

 彼女たちはよく働いてくれる。わからないことがあればすぐに教えてくれるし、書類の整理も手際がいい。社交の場での立ち回りも心得ていて、リージェリアを上手く支えてくれ、彼女らに不満はない。

 ただ、自国から連れてきた侍女たちとは、やはり違う。

 あの子たちは気心が知れていた。言葉にしなくても通じるものがあった。ちょっとした愚痴を零しても、黙って頷いてくれた。今の女官たちは優秀だけれど、どこか他人行儀で、心を許せる相手ではなかった。何を言っても、王后の耳に届くのではないかと、つい身構えてしまう。

 それも致し方ない。侍女たちはもう、この国にはいないのだ。
 あの時は、彼女たちを母国へ帰す。そうすることが最適解だった。薬のことだけは、絶対にバレてはいけない。それだけは絶対だ。

 それに……たかが側妃ひとりのことで、あんなに大事になるとは思わなかった。けれど、それも終わったこと。嵐が過ぎれば、また母国から人を送ってもらえばいい。そう思っていたけれど、まだその時期ではないらしい。焦っても仕方がない。今は静かに時が流れるのを待つしかない。

 リージェリアは書類に目を通しながら、羽根ペンを置いた。そして軽く、首を回したあと天井を見つめる。

 今夜もセラフィムと過ごそう。彼の腕の中で眠ろう。そうすれば、いつか子を授かれるはずだ。

 側妃など、最初から必要なかった。妻は一人でいい。そう、私だけでいい。

 あの女がいなくなって、ようやく元通りになった。セラフィムは優しいし、夫婦仲も悪くない。執務も、出来ないフリをしていたことをセラフィムに打ち明けてからは、彼がうまく手配してくれたお陰で、兄の目を気にせずこなせるようになった。

 (何も問題はない。後継さえ授かれば、全てがうまくいくわ)

 そう、リージェリアは心の中で、繰り返していた。



 月のものが落ち着いた夜、寝室でリージェリアはいつものように、セラフィムの胸に身を寄せていた。

「ねぇ、セラフィム」

「ん?」

「今日は、疲れた?」

「少しね。会議が思った以上に長引いた」

「そう……」

 彼の胸に頬を擦り付けると、セラフィムの手が髪を撫でてくれる。その感触が心地良かった。

「私ね、今日も執務頑張ったのよ」

「ああ、聞いている。よくやってくれていると、女官たちも言っていた」

「本当?」

「本当だよ」

 優しい声に、リージェリアは嬉しくなって彼の首に腕を回した。

「ご褒美、欲しいな」

「何が欲しい?」

「んー……」

 少し考えるふりをしてから、彼の耳元に唇を寄せた。

「セラフィムが、欲しい」
 
 彼の腕に力が込められるのを感じた。唇が重なり、そのまま夜着の紐が解かれていく。
 
 その夜、二人は肌を重ねた。セラフィムはいつも通り、丁寧で、優しかった。

 重ねた肌を離した後、彼はすぐに寝息を立て始める。日中の仕事などで、疲れていたのだろう。それにも関わらず、リージェリアを愛おしげに、大きくしなやかな手で身体を包んでくれた。
 
 その隣で天蓋を見上げながら、リージェリアは考えていた。
 
 今夜こそ、子を授かれただろうか。
 
 毎月、同じことを祈っている。なのに毎月、同じように裏切られる。
 
 でも、諦めるわけにはいかない。王太子妃として、後継を産むことは妃の務めだ。セラフィムの子を産んで、この国の未来を繋ぐ。それが、自身の役目。
 
 眠る夫の横顔をそっと見つめる。
 
 愛している。この人を、心から愛している。
 
 だから、子が欲しい。この人との子が、どうしても欲しい。
 
 目を閉じて、リージェリアは祈った。どうか今夜こそ、命が宿りますように、と。
 その祈りが届くかどうかは、来月になればわかる。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

壊れた心はそのままで ~騙したのは貴方?それとも私?~

志波 連
恋愛
バージル王国の公爵令嬢として、優しい両親と兄に慈しまれ美しい淑女に育ったリリア・サザーランドは、貴族女子学園を卒業してすぐに、ジェラルド・パーシモン侯爵令息と結婚した。 政略結婚ではあったものの、二人はお互いを信頼し愛を深めていった。 社交界でも仲睦まじい夫婦として有名だった二人は、マーガレットという娘も授かり、順風満帆な生活を送っていた。 ある日、学生時代の友人と旅行に行った先でリリアは夫が自分でない女性と、夫にそっくりな男の子、そして娘のマーガレットと仲よく食事をしている場面に遭遇する。 ショックを受けて立ち去るリリアと、追いすがるジェラルド。 一緒にいた子供は確かにジェラルドの子供だったが、これには深い事情があるようで……。 リリアの心をなんとか取り戻そうと友人に相談していた時、リリアがバルコニーから転落したという知らせが飛び込んだ。 ジェラルドとマーガレットは、リリアの心を取り戻す決心をする。 そして関係者が頭を寄せ合って、ある破天荒な計画を遂行するのだった。 王家までも巻き込んだその作戦とは……。 他サイトでも掲載中です。 コメントありがとうございます。 タグのコメディに反対意見が多かったので修正しました。 必ず完結させますので、よろしくお願いします。

嘘をありがとう

七辻ゆゆ
恋愛
「まあ、なんて図々しいのでしょう」 おっとりとしていたはずの妻は、辛辣に言った。 「要するにあなた、貴族でいるために政略結婚はする。けれど女とは別れられない、ということですのね?」 妻は言う。女と別れなくてもいい、仕事と嘘をついて会いに行ってもいい。けれど。 「必ず私のところに帰ってきて、子どもをつくり、よい夫、よい父として振る舞いなさい。神に嘘をついたのだから、覚悟を決めて、その嘘を突き通しなさいませ」

【完結】さよならのかわりに

たろ
恋愛
大好きな婚約者に最後のプレゼントを用意した。それは婚約解消すること。 だからわたしは悪女になります。 彼を自由にさせてあげたかった。 彼には愛する人と幸せになって欲しかった。 わたくしのことなど忘れて欲しかった。 だってわたくしはもうすぐ死ぬのだから。 さよならのかわりに……

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

ため息ひとつ――王宮に散る花びらのように

柴田はつみ
恋愛
「離縁を、お願いしたいのです」 笑顔で、震えずに、エレナはそう言った。 夫は言葉を失った。泣いてくれれば、怒ってくれれば、まだ受け止め方があった。しかしあの静けさは、エレナがもう十分に泣き終わった後の顔だと、ヴィクトルにはわかった。 幼なじみと結ばれた三年間。すれ違いは静かに始まり、深紅のドレスの令嬢によって加速した。ため息を飲み込み、完璧な微笑みを保ち続けた公爵夫人が、最後に選んだのは――。 王宮に散る花びらのような、夫婦の崩壊と再生の物語。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
【3月中――完結!】 積み上がった伏線の回収目前!! 夫にも子どもにも、私は選ばれなかった。 長年の裏切りを抱え、離縁状を置いて家を出た――。 待っていたのは、凍てつく絶望。 けれど同時に、それは残酷な運命の扉が開く瞬間でもあった。 「夫は愛人と生きればいい。  今さら縋られても、裏切ったあなたを許す力など残っていない」 それでも私は誓う―― 「子どもたちの心だけは、必ず取り戻す」 歪で、完全な幸福――それとも、破滅。 “石”に翻弄された者たちの、狂おしい物語。

ご安心を、2度とその手を求める事はありません

ポチ
恋愛
大好きな婚約者様。 ‘’愛してる‘’ その言葉私の宝物だった。例え貴方の気持ちが私から離れたとしても。お飾りの妻になるかもしれないとしても・・・ それでも、私は貴方を想っていたい。 独り過ごす刻もそれだけで幸せを感じられた。たった一つの希望

完結 殿下、婚姻前から愛人ですか? 

ヴァンドール
恋愛
婚姻前から愛人のいる王子に嫁げと王命が降る、執務は全て私達皆んなに押し付け、王子は今日も愛人と観劇ですか? どうぞお好きに。

処理中です...