偽りの愛 ー 真実かどうかなんて、なぜわかるのでしょうか

苺 迷音

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62 家族 ーChapter エリオス

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 王都から母の文が届いたのは、夏も盛りを迎えようという頃だった。

 執務室で封を開けたエリオスは、便箋に目を通しながら嘆息する。

 セレイナに会いたい。直接、お詫びがしたい。

 母の気持ちは、以前から聞いていた。あの時は『セレイナの意向を優先したい』と答えた。今もその考えは変わらない。

 けれど、時が経った。セレイナは少しずつ、前を向いて歩き始めている。店も軌道に乗り、港町の人々にも馴染んできた。あの頃の痛々しい姿は、もうどこにもない。

 だからといって、王家と関わることを望むかどうかは、また別の話だ。

「殿下、どうかされましたか」

 傍らに控えていたオクターブが、声をかけてきた。

「母からだ」

「王后陛下から?」

「ああ。セレイナに会いたいと」

 オクターブは少し考えるような顔をした後、口を開いた。

「以前からおっしゃっていた件ですね」

「そうだ。どう思う?」

「セレイナ様のご意向次第かと。ただ……」

「ただ?」

「王后陛下は、本当にセレイナ様のことを案じておられるのだと思います。お会いになれば、セレイナ様にとっても、何かが変わるかもしれません」

 エリオスは文を畳み、椅子の背に寄りかかった。

 セレイナに、どう切り出せばいいだろうか。

 王家と関わりたくないと言われれば、それまでだ。無理強いはしたくない。

 そして王都に行くのであればセレイナを、彼女の家族に会わせてやりたかった。

 セレイナはここに来てから、自身の家族のことを多くは語らなかった。唯一といってもいいのが、天使の靴下のエピソード。エリオスもあえて深く聞くことはしなかった。もしかしたら、家族とは距離を置きたいと思っているかもしれない。

 だがそれでも、今の自分の状況を伝える機会はあってもよいのではないだろうか。側妃としての役目を終え、離縁したこと。それをいつまでも隠しておくべきことではない。

 それも含めて、セレイナには一度王都に戻ってもらった方がいい。そう思った。

「オクターブ」

「はい」

「近いうちに、セレイナの店に行く」

「御意に」



 数日後、エリオスは一人でセレイナの店を訪れた。

 いつもならオクターブを伴うが、今日は一人で来たかった。大事な話をするのに、大勢で押しかけるのは違う気がしたのだ。

 店の扉を開けると、カウンターの向こうでセレイナが顔を上げた。

「殿下……!」

「邪魔するぞ」

「いえ、どうぞ。お一人ですか?」

「ああ、今日は一人で来た」

 セレイナは少し不思議そうな顔をしたが、すぐに奥から椅子を持ってきてくれた。

「お茶をお淹れしますね」

「すまない」

 店内には他に客はいなかった。ガレーニャは本来の仕事である医師として、街の診療所へ足を運んでいる。夏場のこの時期は体調を崩す者や、放置した怪我が悪化する患者も多い。人手が足りないらしく、時折手伝いに出向いているのだと聞いていた。

 セレイナが茶を淹れてくれる間、エリオスは店内を見回した。綺麗に整えられた棚、丁寧に並べられた商品。彼女が一つ一つ、自分の手で作り上げたものだ。いつ来ても、店内の商品は新しいものと入れ替わっている。それは、売り上げが好調なことを意味している。そう思うと、エリオスの口元は自然と綻び、安心と喜びが交ざったような、そんな気持ちが込み上げた。

「どうぞ」

 差し出された茶器を受け取り、一口含む。

「美味いな」

「ありがとうございます。今日は少し蒸しますから、後味がすっきりするものを選びました」

 そう言ったセレイナは、照れたように少しだけ目を細めた。その一言に、相手の体調を思いやる彼女なりの気遣いが伝わってくる。向かいの椅子に腰を下ろした彼女の顔には、以前のような翳りはない。穏やかで、落ち着いた表情をしていた。

 エリオスは茶器を置き、普段からそうするようにゆっくりと、なるべく威圧的にならないように切り出した。

「セレイナ、今日ここに来たのは……聞きたいことがあったからだ」

「はい」

「一度、王都に戻らないか。もちろんガレーニャも一緒に」

 セレイナが驚いた顔をする。

「王都に……」

「君とご家族について、俺も詳しく聞いてこなかった。だが、いつまでも今の状況を隠しておくべきではないと、俺は考えている」

「……」

「このことは、両陛下や兄にも提言するつもりだ。その上で、ご家族と面会してはどうだろうか」

 セレイナは黙ったまま、エリオスの言葉を聞いていた。

「それと、母が君に会いたいと言っている。以前から、ずっと。直接、詫びたいと」

「王后陛下が……?」

「無理にとは言わない。君が会いたくないなら、断ってくれて構わない。母にはそう伝える」

「……畏れ多いです。私は何のお役にも立てないままで……。どのようなお顔でお会いすればよいのか」

「君に一切非はないだろう? それは気に病むことではない。それに、母は君を責めるために会いたいと言っているわけではない」

「……」

「母は真っ直ぐな人だ。間違ったことは間違ったと認める。そして、自分の言葉で伝えようとする。だからセレイナ、君と一度話をさせて欲しいと願っている」

「……そうですか」

「母との面会は、城でなくていい。だが、君の生家に母が行けば、ご家族含め邸の皆が委縮してしまうだろう。王都の大聖堂の一室を借りてもいい。あそこなら、誰の領分でもない」

「大聖堂……」

「もし、この提案を受け入れてもらえるのであれば、俺も同席する。ガレーニャも傍に居てもらって構わない。何かあれば、すぐに席を立てばいい。無理をする必要はないんだ」

 セレイナは俯いたまま、暫く黙っていた。エリオスも返事を急かなかった。彼女の言葉が零れるまで、じっとセレイナを見つめたままで待つ。

 やがて、セレイナの口から、小さく声が漏れ出た。

「家族と……会っても……いいのですか?」

 その言葉に、エリオスは胸を突かれた。

 あの地獄のような日々の中で、彼女は何を支えに生きていたのだろう。家族に会うこともきっと、叶わなかったのではなかろうか。しかも未だに、連絡さえも取れない状態でいるのだ。なぜもっと早く、そのことに気付いてやれなかったのかと、脳裏に後悔が過った。

「当然だ。君が会いたいなら、必ず会えるようにする」

 セレイナの目から、涙が一筋零れ落ちた。

「ありがとう……ございます……」

「いや、この瞬間まで気づかなかった俺の責だ。すまない」

「いいえ。いいえ……いつも、私のことを考えてくださって……」

 セレイナは小さく首を振り、それから真っ直ぐにエリオスを見た。

「王都に……戻ります。そして、王后陛下にもお会いします」

「……いいのか?」

「はい。殿下がそこまで言ってくださるなら、きっと大丈夫だと思えます」

 その言葉に、エリオスは大きく頷くと共に、自然とセレイナに微笑みを向けていた。

「わかった。では、母に文を出す。返事が届いたら、王都へ向けて出発しよう」

「はい」

 セレイナが微笑んだ。

 その笑顔を見て、エリオスは思った。

 この笑顔を、ずっと守りたい。その想いを口にすることはこれからも無くとも。



 居館に戻ったエリオスは、すぐに母への返書をしたためた。

『母上

 セレイナに母上の嘆願を伝え、了承を得た。

 つきましては、いくつかの条件を提示させていただく。

 一、セレイナが側妃の座を退いたことを、秘匿としないこと。敢えて公に発表する必要無いが、隠し立てもしない。

 二、そのうえで、セレイナとご家族との面会を制限しないこと。今回の帰省で、ご両親との面会も考えている。

 三、王后陛下との面会は、王城ではなく、王都大聖堂の一室を借りて行うこと。

 四、面会には、侍医のガレーニャ、そして私とオクターブの同席を認めていただくこと。母上側も側近を付けていただいて構わないが、信頼の置ける者に限っていただきたい。

 五、万が一、セレイナが席を立つことがあっても、それを咎めないこと。

 以上の条件をお認めいただけるのであれば、セレイナを伴い王都へ向います。

 父と兄にもその旨、伝えて欲しい。

                エリオス』

 書き終えた文を封じ、オクターブを呼んだ。

「これを至急、王都へ届けてくれ」

「御意」

 オクターブが文を受け取り、部屋を出ていく。エリオスは椅子の背に凭れ、窓の向こうを見つめながら遠くにある王都を思った。

 母はこの条件を呑むだろう、とは思う。だが、念のためだ。セレイナを守るためなら、どれだけ慎重になっても足りることはない。



 母からの返事は、思いのほか早く届いた。

『エリオスへ

 お返事、拝読したわ。

 あなたの条件、全て承知しました。当然のことばかりよ。

 セレイナさんが来てくださるとのこと、本当に嬉しく思います。

 大聖堂の手配は、こちらで進めておくわ。日取りはそちらの都合に合わせます。

 セレイナさんに、くれぐれもご無理のないようお伝えしてね。

 待っています。

                母より』

 文を読み終えたエリオスは、小さく息を吐いた。

 母らしい返事だった。あれこれと言い訳をせず、条件を全て受け入れる。そして、セレイナへの気遣いを忘れない。

「オクターブ」

「はい」

「王都へ向かう準備を進めてくれ。セレイナとガレーニャにも伝える」

「いつ頃の出発をお考えですか」

「できるだけ早く。三日後には発ちたい」

「御意に」

 エリオスは母からの文をもう一度読み返し、それを丁寧に畳んだ。

 セレイナを連れて王都へ戻る。彼女にとって、それがどれほどの意味を持つか。エリオスにはわかっていた。

 家族との再会。そして、王后との面会。

 どちらも、彼女の心に何かを残すだろう。
 そのことが良いこととなるよう、エリオスはセレイナを守る誓いを再び固くした。
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