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43 仕掛けと配置
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森は、まだ眠っていた。
陽光が木々の間を縫い、露が葉先に残っている。鳥の声は遠く、風は浅く、空気は張り詰めていた。
ジュノは、白銀の刺繍が施されたライディングスカートを纏い、真っ白な愛馬の背で静かに森を見渡していた。紫のリボンが風に揺れ、黒地の裾が鞍の上で優雅に広がる。
リュシアンが、馬を寄せる。
「ジュノ様、東側の狩場に人だかりができています。射出機構の実演が始まるようです」
「行きましょう。見ておく価値はあるわ」
ジュノの声は、静かだった。
☆
東側の狩場。
本来、北方使節団のみが布陣するはずの区域に、南方諸侯の姿が増えていた。
ゼノアは、高台からその様子を見下ろしていた。
配置図と照らし合わせる。北方の技術者が予定より十五歩前に出ている。南方のリカルド侯爵が、北方の兵器台のすぐ近くに立っている。
「カイ」
「はい」
「南方の諸侯が、東側に寄っている理由は?」
「社交の名目で接触しているようです。ですが、位置が不自然です。北方の射出機構の周囲に、南方の者が三名。うち一人は、先ほど侍女と接触していた人物です」
ゼノアは、配置図を閉じた。
「交差点が形成された。姫様の位置は?」
「中腹。騎士団が囲っています。リュシアン殿下が指揮中」
「アレンを前方に。姫様の位置を中心に、三重の遮蔽を作れ」
「承知しました」
☆
ジュノは騎士団の動きを見ながら、リュシアンに声をかけた。
「北方と南方が、東側で接触している。ゼノア側から報告があったわ。やはり、繋がっていると見た方がよさそうね」
「位置を変えますか?」
「いいえ。ここで待つ。遮蔽を強化して。アレンを前方に」
「了解」
騎士たちが動き始める。
☆
西側では、レオがセリアの侍女の靴に付いた泥を確認していた。
その泥は、東側の湿地帯特有のものだった。
セリアは、何も言わない。
侍女も、何も言わない。
だが、レオは確信した。
彼女は、東側に行っていた。
☆
射出機構の台では、技術者が準備を始めていた。
本来の予定より、五分早い。
ヴォルフが、台の上に立つ。
「次の実演を始めます」
貴族たちが、再び集まり始める。
その中に、南方の諸侯が混じっていた。
ゼノアは、祈祷の構えを取った。
「風が、遮られている。何かが始まる」
☆
号砲が鳴り響いた。
馬の群れが、一斉に動き出す。貴族たちの歓声が、森へと吸い込まれていく。
狩猟大会が、始まった。
ジュノは、馬を操りながら周囲を観察していた。
リュシアンが、その隣を並走する。
「ジュノ様、北方使節団は森の東側に布陣しています」
リュシアンの声は低く、周囲に聞こえないよう抑えられていた。
「ヴォルフは?」
「射出機構の展示場所にいます。ゼノアが監視中です」
ジュノは、静かに頷いた。
「南方諸侯は?」
「散らばっています。リカルド侯爵は、西側の狩場に」
ジュノの瞳が、鋭く細くなる。
そう簡単に尻尾は掴めないか……そう思う。それでも、この狩猟大会。必ず動きはあるはず。どんな些細な事でも見逃さず、根こそぎ拾わなければならない。
☆
狩猟が進む中、レオはセリアと共に西側の狩場を進んでいた。
森の中は静寂に包まれている。木々の間から、木漏れ日が差し込んでいた。
セリアが、森の奥を指差す。
「レオ様、あそこに鹿が」
「ええ」
レオは短く答えたが、心はここにあらず。
ジュノは、どこにいる。無事なのだろうか。
そう考えていると、カイが馬を駆って近づいてきた。そしてセリアに隠れるように、レオに囁く。
「閣下。セリア嬢の侍女たちが、不審な動きをしています」
レオの表情が、わずかに変わる。
「詳しく」
「南方の商人と接触し、その後姿を消しました。現在、捜索中です」
「……監視を続けろ。何かあれば、すぐに報告を」
「御意」
☆
午後。
狩猟が一段落した頃、森の東側には人だかりができていた。
北方が持ち込んだ新兵器の実演があるという。木々の間に設けられた空間には、既に百人近い人影があった。
中央に据えられた台の上に、それはあった。
黒光りする鉄の筒。長さは人の腕ほどもあり、太さは拳二つ分。だが、弓のような曲線を帯びた独特の形状をしている。木製の台座にしっかりと固定され、複雑な機構が筒の側面に取り付けられていた。
引き金、装填口、照準器――見慣れぬ部品が、精密に組み合わさっている。
そして、その側面には矢筒が取り付けられていた。連射用の機構だろう。
火薬の匂いが、かすかに漂っている。
実演台の周辺には、北方の使節団が陣取っている。その中に、数名の諸侯の姿も見えた。彼らは既に同型の射出機構を手にし、興味深そうに眺めながら談笑している。
ゼノアは、群衆の中に紛れていた。琥珀色の瞳が、その諸侯たちに向けられる。
(あの面々は……南方の者もいる)
北方と南方。本来なら敵対関係にあるはずの者たちが、親しげに言葉を交わしている。
☆
ジュノは、リュシアンと共にその場にいた。白い狩猟服が、木漏れ日を受けて輝いている。
彼女の位置は、実演台から十数歩離れた場所。周囲には、アレン率いる騎士団が警戒態勢を敷いていた。
「ジュノ様、少し距離を」
リュシアンが、小声で囁いた。
「何かあった時に、対応できるように」
「ええ」
ジュノは頷き、少し後ろへ下がる。だが、目線は北方が持ち込んだ銃へ固定されたまま。
これは、敵の技術を見極める機会でもある。
ヴォルフが台の上に立ち、灰色の瞳で群衆を見渡した。
「我が北方が開発した、新型の射出機構です」
声は穏やかだが、そこには誇りが滲んでいた。
「火薬の力で矢を射出します。従来の弓矢を遥かに凌ぐ射程と威力。そして――連射が可能です」
群衆がざわめく。
技術者が台に上がり、機構の説明を始めた。装填の仕方、照準の合わせ方、引き金の引き方一つ一つ、丁寧に。矢筒から矢を取り出し、装填口に込める。火薬を詰め、機構をセットする。そして、遠くの木に取り付けられた的を指差した。
「では、実演いたします」
引き金に指がかかる。
群衆が、息を呑む。
轟音。
煙が噴き出し、矢が空気を切り裂いた。
的に、深々と突き刺さる。
群衆が、どよめいた。
「見事だ」
「これは……恐ろしい威力だな」
称賛と畏怖の声が、入り混じる。
陽光が木々の間を縫い、露が葉先に残っている。鳥の声は遠く、風は浅く、空気は張り詰めていた。
ジュノは、白銀の刺繍が施されたライディングスカートを纏い、真っ白な愛馬の背で静かに森を見渡していた。紫のリボンが風に揺れ、黒地の裾が鞍の上で優雅に広がる。
リュシアンが、馬を寄せる。
「ジュノ様、東側の狩場に人だかりができています。射出機構の実演が始まるようです」
「行きましょう。見ておく価値はあるわ」
ジュノの声は、静かだった。
☆
東側の狩場。
本来、北方使節団のみが布陣するはずの区域に、南方諸侯の姿が増えていた。
ゼノアは、高台からその様子を見下ろしていた。
配置図と照らし合わせる。北方の技術者が予定より十五歩前に出ている。南方のリカルド侯爵が、北方の兵器台のすぐ近くに立っている。
「カイ」
「はい」
「南方の諸侯が、東側に寄っている理由は?」
「社交の名目で接触しているようです。ですが、位置が不自然です。北方の射出機構の周囲に、南方の者が三名。うち一人は、先ほど侍女と接触していた人物です」
ゼノアは、配置図を閉じた。
「交差点が形成された。姫様の位置は?」
「中腹。騎士団が囲っています。リュシアン殿下が指揮中」
「アレンを前方に。姫様の位置を中心に、三重の遮蔽を作れ」
「承知しました」
☆
ジュノは騎士団の動きを見ながら、リュシアンに声をかけた。
「北方と南方が、東側で接触している。ゼノア側から報告があったわ。やはり、繋がっていると見た方がよさそうね」
「位置を変えますか?」
「いいえ。ここで待つ。遮蔽を強化して。アレンを前方に」
「了解」
騎士たちが動き始める。
☆
西側では、レオがセリアの侍女の靴に付いた泥を確認していた。
その泥は、東側の湿地帯特有のものだった。
セリアは、何も言わない。
侍女も、何も言わない。
だが、レオは確信した。
彼女は、東側に行っていた。
☆
射出機構の台では、技術者が準備を始めていた。
本来の予定より、五分早い。
ヴォルフが、台の上に立つ。
「次の実演を始めます」
貴族たちが、再び集まり始める。
その中に、南方の諸侯が混じっていた。
ゼノアは、祈祷の構えを取った。
「風が、遮られている。何かが始まる」
☆
号砲が鳴り響いた。
馬の群れが、一斉に動き出す。貴族たちの歓声が、森へと吸い込まれていく。
狩猟大会が、始まった。
ジュノは、馬を操りながら周囲を観察していた。
リュシアンが、その隣を並走する。
「ジュノ様、北方使節団は森の東側に布陣しています」
リュシアンの声は低く、周囲に聞こえないよう抑えられていた。
「ヴォルフは?」
「射出機構の展示場所にいます。ゼノアが監視中です」
ジュノは、静かに頷いた。
「南方諸侯は?」
「散らばっています。リカルド侯爵は、西側の狩場に」
ジュノの瞳が、鋭く細くなる。
そう簡単に尻尾は掴めないか……そう思う。それでも、この狩猟大会。必ず動きはあるはず。どんな些細な事でも見逃さず、根こそぎ拾わなければならない。
☆
狩猟が進む中、レオはセリアと共に西側の狩場を進んでいた。
森の中は静寂に包まれている。木々の間から、木漏れ日が差し込んでいた。
セリアが、森の奥を指差す。
「レオ様、あそこに鹿が」
「ええ」
レオは短く答えたが、心はここにあらず。
ジュノは、どこにいる。無事なのだろうか。
そう考えていると、カイが馬を駆って近づいてきた。そしてセリアに隠れるように、レオに囁く。
「閣下。セリア嬢の侍女たちが、不審な動きをしています」
レオの表情が、わずかに変わる。
「詳しく」
「南方の商人と接触し、その後姿を消しました。現在、捜索中です」
「……監視を続けろ。何かあれば、すぐに報告を」
「御意」
☆
午後。
狩猟が一段落した頃、森の東側には人だかりができていた。
北方が持ち込んだ新兵器の実演があるという。木々の間に設けられた空間には、既に百人近い人影があった。
中央に据えられた台の上に、それはあった。
黒光りする鉄の筒。長さは人の腕ほどもあり、太さは拳二つ分。だが、弓のような曲線を帯びた独特の形状をしている。木製の台座にしっかりと固定され、複雑な機構が筒の側面に取り付けられていた。
引き金、装填口、照準器――見慣れぬ部品が、精密に組み合わさっている。
そして、その側面には矢筒が取り付けられていた。連射用の機構だろう。
火薬の匂いが、かすかに漂っている。
実演台の周辺には、北方の使節団が陣取っている。その中に、数名の諸侯の姿も見えた。彼らは既に同型の射出機構を手にし、興味深そうに眺めながら談笑している。
ゼノアは、群衆の中に紛れていた。琥珀色の瞳が、その諸侯たちに向けられる。
(あの面々は……南方の者もいる)
北方と南方。本来なら敵対関係にあるはずの者たちが、親しげに言葉を交わしている。
☆
ジュノは、リュシアンと共にその場にいた。白い狩猟服が、木漏れ日を受けて輝いている。
彼女の位置は、実演台から十数歩離れた場所。周囲には、アレン率いる騎士団が警戒態勢を敷いていた。
「ジュノ様、少し距離を」
リュシアンが、小声で囁いた。
「何かあった時に、対応できるように」
「ええ」
ジュノは頷き、少し後ろへ下がる。だが、目線は北方が持ち込んだ銃へ固定されたまま。
これは、敵の技術を見極める機会でもある。
ヴォルフが台の上に立ち、灰色の瞳で群衆を見渡した。
「我が北方が開発した、新型の射出機構です」
声は穏やかだが、そこには誇りが滲んでいた。
「火薬の力で矢を射出します。従来の弓矢を遥かに凌ぐ射程と威力。そして――連射が可能です」
群衆がざわめく。
技術者が台に上がり、機構の説明を始めた。装填の仕方、照準の合わせ方、引き金の引き方一つ一つ、丁寧に。矢筒から矢を取り出し、装填口に込める。火薬を詰め、機構をセットする。そして、遠くの木に取り付けられた的を指差した。
「では、実演いたします」
引き金に指がかかる。
群衆が、息を呑む。
轟音。
煙が噴き出し、矢が空気を切り裂いた。
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