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61 騎士の苦悩
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読み終えた手紙を封に入れてから静かに机に置いた後、胸を押さえるジュノ。
レオの視線が、ジュノをじっと見つめている。そんな視線を躱すように立ち上がったジュノは、レオの机に近いた。
「レオ様」
紫水晶の瞳に、困惑と痛みが宿る。
「私、よくわからないのですが……。記憶がないから、セリア様のことも知らないし、レオ様との関係も知らない。でも、このお手紙を読んだら、何故だかここが痛くなったんです」
そう言って胸を押さえたまま、続ける。
「セリア様は、レオ様の婚約者なんですよね」
「……はい」
「なのに、レオ様はお会いになってない。それって……よくないことだと思うんです」
悲しみが、ジュノの表情に滲む。
「レオ様……お会いになった方が、きっと良いと思うんです。セリア様、寂しそうで……心細いって書いてありました。婚約者なのに、会えないと。それって――私のせいなんですよね」
ジュノのその言葉に、思わず立ち上がるレオ。
「姫様――」
「私を守るために、レオ様はここにいる。だから、セリア様に会えない」
涙が、紫水晶の瞳に滲む。
「ごめんなさい。私のせいで……お二人にご負担をお掛けしてしまって」
「違う! 姫様のせいじゃございません」
思わず叫んだレオに、ジュノは驚いたように肩を震わせ、そしてレオの顔を真っ直ぐに見た。
「でも――」
「私が――」
レオは言葉に詰まる。何から話せばいいのか。どう伝えればいいのか。そんな思案の沈黙の中、頭を下げるジュノ。
「私、レオ様にご迷惑ばかりかけて……挙句、婚約者であるセリア様にまで」
ジュノを抱きしめそうになる腕。強く抱きしめて、違うと叫びたい。レオの脳が、身体中がそう叫んでいる。だが、寸前で止まる。
「姫様、お気になさらないでください。それは……俺の問題だ」
優しく、だが距離を保った声。
ジュノは小さく頷く。だがなぜか、チクチクとする胸の痛みは――消えない。
☆
その日の午後、事態は急展開を見せた。本当に、セリアの手紙がその予兆だったように。
カイが執務室に飛び込んでくる。
「閣下、北方使節団から正式な要請が届きました」
書類から顔を上げる。
「内容は?」
「交易条約の改定について、協議の場を設けたいと。出席者として、閣下とゼノア様が指名されています。時期は三日後です」
レオと、その時その場に居たゼノアの視線が交錯する。
その夕方、リュシアンの元にも書簡が届いた。
執務室で開封し、内容を読む。そして――眉をひそめる。
「東方商人組合か。薬物取引の規制について、意見を求めたいと。宮廷での会合に出席しろ、か」
窓の外を見つめる。
「タイミングが良すぎるだろ」
同じ頃、アレンにも書簡が届いた。南方諸侯からだった。
「軍事演習の視察……? 俺と親衛隊の精鋭を、だと?」
握りしめられる書簡。赤い瞳が、冷たく光る。
「ふざけんな……っ」
☆
その夜、再び会合が開かれた。
全員が執務室に集まる。開け放たれた窓から、夏の夜風が静かに入り込んでいる。燭台の炎が揺れ、影が壁に踊る。外では、虫の音が規則正しく響いていた。遠くの方からは、夜鳥の鳴く声もする。
カイが報告書を読み上げる。
「閣下とゼノア様は、北方との交易条約協議。私は、東方商人組合の会合」
「俺は、南方の軍事演習視察」
リュシアンが続け、アレンが吐き捨てるように言う。
「……全員に、同時に用事が発生した」
カイの声が、静かに響く。レオの拳が、堪えきれないとでも言うように机を叩いた。
「仕組まれてる。明らかにな」
「セリアか」
「おそらく。だが、ヴォルフも動いてる。リカルド候も。南北両方全員が、協力してる可能性が高い」
ゼノアが応える。
「考えられるのは、二つだ。一つは、俺たちを離宮から引き離して、姫様を襲う。もう一つは、姫様を宮廷に呼び出す。セリアがいる場所に」
「どちらだ」
「わからない。だが、どちらにしても――」
レオは深く息を吐き、やや間を置いてから続けた。
「今朝、姫様にセリアから手紙が届いた」
全員の視線が、一斉に集中する。
「内容は、俺に会いたい、と。姫様を通して伝えてきた。姫様はそれを読んで俺に、セリアに会うべきだと仰られた」
アレンが、ぽつりと言った。
「婚約者としては、当然と言えば当然じゃないのか? 会いたいと思うのは。ただ、記憶を失くされている姫様に、手紙を出してくるのは……どうかとは思うが」
「いや、それが狙いだ。ジュノ様は記憶がない。だからこそ純粋に『婚約者なのに会えないのは可哀想』と思う。利用しやすい。そうでなくても元の姫様の気質を考えると、ちゃんとしろと仰られるだろう」
リュシアンが鋭く言い放つ。
「姫様を利用してくるとは……」
ゼノアの声が低く響く。
「セリアは姫様を利用して、俺を宮廷に呼び出そうとしてる」
レオがそう言った後、しばらく沈黙が続いた。虫の音だけが、規則正しく響いている。
やがてレオは、椅子に深く座り込んだまま、机に両手をついた。
「いいタイミングだ。お前たちに、全部話す」
その声には、覚悟が滲んでいた。全員が息を呑む。
「なぜ、俺が――姫様を愛しながら、セリアと婚約したのか」
燭台の炎が、わずかに揺れる。全員が微動だにせず、レオの言葉を待った。
「姫様と俺は数か月前、口論した。婚約解消の前に。姫様は、俺たちの関係を罪だと呼んだ。政治的な重荷だと。子供ができたら、その子をもが政治の道具にされると……不安がりそして、恐れていた」
誰も言葉を発しない。虫の音だけが部屋に響く。
「俺は怒った。なら別の伴侶を探せばいいと。思わずそう、言ってしまったんだ。慌てて否定しようとしたが、姫様は、それを受け入れられた」
夜風が、カーテンを揺らす。その時のレオの哀しみを表すかのように。
「それから一週間、お前たちも知っての通り、俺たちは執務以外で会わなくなった。その間に北方が動き出した。妹との婚姻を南方の使者を通して示唆してきた。同時になぜか、北方の第四王子――ヴォルフ王子と姫様との縁談も、取り沙汰され始めていた」
レオはゆっくりと全員を見渡した。ここからが肝心な話だという意思表示。
「その時、南方のリカルドが接触してきた。このままでは妹が北方に嫁ぐことになる、それを阻止するために、娘のセリアと形式上の婚約をしないかと。あくまで一時的なもの、北方を牽制し妹を守るため、そして姫様を北方の王子から守るためだと」
机に置かれた手に、力が入る。
「だが条件があった。これは密約だ、姫様の耳に入れば戦略が崩壊すると言われた。それでも俺は、姫様に全て話そうとした。全てを打ち明けようとした、が、同時にもし俺が姫様に、形式上の婚約だと説明をしたとしても――姫様はどう思われる? 裏切られたと思うだろう。都合のいい言い訳で、政略のために騙していると考えられてもおかしくはない」
淡々と話し続けるレオ。だがその声は段々と苦しみが込められていった。
「だからまずは信頼が必要だった。姫様に俺の愛を信じてほしかった。そうすれば全て話せた。だが、姫様は――信じてくれなかった。俺とセリアが親しくしているのを見て、浮気男だと思ったのだろうな。俺の愛は偽善だ、政略のためにご自身が利用されたと。だが俺も、そう思われても仕方がない行動を取っていた」
沈黙が、部屋を包む。
「信頼がなければ、何を言っても無駄だった。上辺だけの婚約だと説明しても、納得はされなかったと思う」
燭台の炎だけが、静かに揺れている。
レオは両手で顔を覆い、そのまましばらく動かなかった。やがて、ゆっくりと手を下ろす。
「だから俺は、すべてを収めようと……姫様に何も打ち明けないまま、セリアと婚約をした。これが俺がセリアと婚約をした経緯だ。だが今、姫様は記憶を失くされている。俺のことも、全てを忘れた。そしてセリアは、俺を宮廷に呼び出そうとしてる。そして絶妙なタイミングでの招集」
顔を真っ直ぐに上げ直したレオは、確信に満ちた目と口調で言い放った。
「これは、俺たちに仕掛けて来たセリアの罠だ」
レオの視線が、ジュノをじっと見つめている。そんな視線を躱すように立ち上がったジュノは、レオの机に近いた。
「レオ様」
紫水晶の瞳に、困惑と痛みが宿る。
「私、よくわからないのですが……。記憶がないから、セリア様のことも知らないし、レオ様との関係も知らない。でも、このお手紙を読んだら、何故だかここが痛くなったんです」
そう言って胸を押さえたまま、続ける。
「セリア様は、レオ様の婚約者なんですよね」
「……はい」
「なのに、レオ様はお会いになってない。それって……よくないことだと思うんです」
悲しみが、ジュノの表情に滲む。
「レオ様……お会いになった方が、きっと良いと思うんです。セリア様、寂しそうで……心細いって書いてありました。婚約者なのに、会えないと。それって――私のせいなんですよね」
ジュノのその言葉に、思わず立ち上がるレオ。
「姫様――」
「私を守るために、レオ様はここにいる。だから、セリア様に会えない」
涙が、紫水晶の瞳に滲む。
「ごめんなさい。私のせいで……お二人にご負担をお掛けしてしまって」
「違う! 姫様のせいじゃございません」
思わず叫んだレオに、ジュノは驚いたように肩を震わせ、そしてレオの顔を真っ直ぐに見た。
「でも――」
「私が――」
レオは言葉に詰まる。何から話せばいいのか。どう伝えればいいのか。そんな思案の沈黙の中、頭を下げるジュノ。
「私、レオ様にご迷惑ばかりかけて……挙句、婚約者であるセリア様にまで」
ジュノを抱きしめそうになる腕。強く抱きしめて、違うと叫びたい。レオの脳が、身体中がそう叫んでいる。だが、寸前で止まる。
「姫様、お気になさらないでください。それは……俺の問題だ」
優しく、だが距離を保った声。
ジュノは小さく頷く。だがなぜか、チクチクとする胸の痛みは――消えない。
☆
その日の午後、事態は急展開を見せた。本当に、セリアの手紙がその予兆だったように。
カイが執務室に飛び込んでくる。
「閣下、北方使節団から正式な要請が届きました」
書類から顔を上げる。
「内容は?」
「交易条約の改定について、協議の場を設けたいと。出席者として、閣下とゼノア様が指名されています。時期は三日後です」
レオと、その時その場に居たゼノアの視線が交錯する。
その夕方、リュシアンの元にも書簡が届いた。
執務室で開封し、内容を読む。そして――眉をひそめる。
「東方商人組合か。薬物取引の規制について、意見を求めたいと。宮廷での会合に出席しろ、か」
窓の外を見つめる。
「タイミングが良すぎるだろ」
同じ頃、アレンにも書簡が届いた。南方諸侯からだった。
「軍事演習の視察……? 俺と親衛隊の精鋭を、だと?」
握りしめられる書簡。赤い瞳が、冷たく光る。
「ふざけんな……っ」
☆
その夜、再び会合が開かれた。
全員が執務室に集まる。開け放たれた窓から、夏の夜風が静かに入り込んでいる。燭台の炎が揺れ、影が壁に踊る。外では、虫の音が規則正しく響いていた。遠くの方からは、夜鳥の鳴く声もする。
カイが報告書を読み上げる。
「閣下とゼノア様は、北方との交易条約協議。私は、東方商人組合の会合」
「俺は、南方の軍事演習視察」
リュシアンが続け、アレンが吐き捨てるように言う。
「……全員に、同時に用事が発生した」
カイの声が、静かに響く。レオの拳が、堪えきれないとでも言うように机を叩いた。
「仕組まれてる。明らかにな」
「セリアか」
「おそらく。だが、ヴォルフも動いてる。リカルド候も。南北両方全員が、協力してる可能性が高い」
ゼノアが応える。
「考えられるのは、二つだ。一つは、俺たちを離宮から引き離して、姫様を襲う。もう一つは、姫様を宮廷に呼び出す。セリアがいる場所に」
「どちらだ」
「わからない。だが、どちらにしても――」
レオは深く息を吐き、やや間を置いてから続けた。
「今朝、姫様にセリアから手紙が届いた」
全員の視線が、一斉に集中する。
「内容は、俺に会いたい、と。姫様を通して伝えてきた。姫様はそれを読んで俺に、セリアに会うべきだと仰られた」
アレンが、ぽつりと言った。
「婚約者としては、当然と言えば当然じゃないのか? 会いたいと思うのは。ただ、記憶を失くされている姫様に、手紙を出してくるのは……どうかとは思うが」
「いや、それが狙いだ。ジュノ様は記憶がない。だからこそ純粋に『婚約者なのに会えないのは可哀想』と思う。利用しやすい。そうでなくても元の姫様の気質を考えると、ちゃんとしろと仰られるだろう」
リュシアンが鋭く言い放つ。
「姫様を利用してくるとは……」
ゼノアの声が低く響く。
「セリアは姫様を利用して、俺を宮廷に呼び出そうとしてる」
レオがそう言った後、しばらく沈黙が続いた。虫の音だけが、規則正しく響いている。
やがてレオは、椅子に深く座り込んだまま、机に両手をついた。
「いいタイミングだ。お前たちに、全部話す」
その声には、覚悟が滲んでいた。全員が息を呑む。
「なぜ、俺が――姫様を愛しながら、セリアと婚約したのか」
燭台の炎が、わずかに揺れる。全員が微動だにせず、レオの言葉を待った。
「姫様と俺は数か月前、口論した。婚約解消の前に。姫様は、俺たちの関係を罪だと呼んだ。政治的な重荷だと。子供ができたら、その子をもが政治の道具にされると……不安がりそして、恐れていた」
誰も言葉を発しない。虫の音だけが部屋に響く。
「俺は怒った。なら別の伴侶を探せばいいと。思わずそう、言ってしまったんだ。慌てて否定しようとしたが、姫様は、それを受け入れられた」
夜風が、カーテンを揺らす。その時のレオの哀しみを表すかのように。
「それから一週間、お前たちも知っての通り、俺たちは執務以外で会わなくなった。その間に北方が動き出した。妹との婚姻を南方の使者を通して示唆してきた。同時になぜか、北方の第四王子――ヴォルフ王子と姫様との縁談も、取り沙汰され始めていた」
レオはゆっくりと全員を見渡した。ここからが肝心な話だという意思表示。
「その時、南方のリカルドが接触してきた。このままでは妹が北方に嫁ぐことになる、それを阻止するために、娘のセリアと形式上の婚約をしないかと。あくまで一時的なもの、北方を牽制し妹を守るため、そして姫様を北方の王子から守るためだと」
机に置かれた手に、力が入る。
「だが条件があった。これは密約だ、姫様の耳に入れば戦略が崩壊すると言われた。それでも俺は、姫様に全て話そうとした。全てを打ち明けようとした、が、同時にもし俺が姫様に、形式上の婚約だと説明をしたとしても――姫様はどう思われる? 裏切られたと思うだろう。都合のいい言い訳で、政略のために騙していると考えられてもおかしくはない」
淡々と話し続けるレオ。だがその声は段々と苦しみが込められていった。
「だからまずは信頼が必要だった。姫様に俺の愛を信じてほしかった。そうすれば全て話せた。だが、姫様は――信じてくれなかった。俺とセリアが親しくしているのを見て、浮気男だと思ったのだろうな。俺の愛は偽善だ、政略のためにご自身が利用されたと。だが俺も、そう思われても仕方がない行動を取っていた」
沈黙が、部屋を包む。
「信頼がなければ、何を言っても無駄だった。上辺だけの婚約だと説明しても、納得はされなかったと思う」
燭台の炎だけが、静かに揺れている。
レオは両手で顔を覆い、そのまましばらく動かなかった。やがて、ゆっくりと手を下ろす。
「だから俺は、すべてを収めようと……姫様に何も打ち明けないまま、セリアと婚約をした。これが俺がセリアと婚約をした経緯だ。だが今、姫様は記憶を失くされている。俺のことも、全てを忘れた。そしてセリアは、俺を宮廷に呼び出そうとしてる。そして絶妙なタイミングでの招集」
顔を真っ直ぐに上げ直したレオは、確信に満ちた目と口調で言い放った。
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