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63 宮殿へ
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二日後――
出発の朝、ジュノはいつものように執務室を訪れた。だが、今日は違う。エレナが、すでに荷物をまとめている。
「姫様、こちらにお召し物をご用意いたしました」
鮮やかな青色のドレス。宮廷での謁見にふさわしい、上品な装いだ。
「ありがとう、エレナ」
ジュノは、ドレスに袖を通す。普段より整った装いに、整えられた髪。
「姫様、お美しゅうございます」
エレナが、微笑んだ。
「そう……でしょうか」
ジュノは、自分の顔にそっと手を充てた。
それから数刻後。離宮の玄関前には、馬車が一台用意されていた。護衛の騎士たちが、その周りに配置されている。
レオ、リュシアン、アレンは、すでに馬に乗っていた。
ゼノアとカイが、ジュノの元へ近づく。
「姫様、私たちはこれで」
ゼノアの琥珀色の瞳が、優しく微笑む。
「ゼノア様も、カイ様も、離宮に残られるんですよね」
ジュノの声が、寂しそうに響く。
「はい、姫様。私はここで、調べなければならないことがあります。カイは、私の手伝いがあります故。ですが明日には宮廷の方へ赴きます」
「はい。お待ちしておりますね」
ジュノは、小さく頷いた。
「姫様の安寧を、この場からお祈りいたしております」
ゼノアが深く頭を下げた。それに倣い、カイも深く頭を下げる。
ジュノは、エレナの手を借りて馬車に乗り込んだ。エレナも続いて乗り込む。
レオが馬上から全体をくるりと見渡した。安全確認、護衛騎士たちの配置。再度確認したのち
「では、出発する!」
よく通る低い声の号令が、静かな朝に響き渡る。その声を合図に、馬車の車輪がゆっくりと動き出した。
御苑内の道を、馬車は静かに進んでいく。木々が風に揺れ、鳥のさえずりが聞こえる。穏やかな夏の朝。
ジュノは、窓から外を眺めていた。見慣れた景色が、徐々に変わっていく。
「姫様。もう少ししましたら、宮殿が見えて参ります」
エレナが、優しく声をかけた。
「はい……」
ジュノは、胸に手を当てた。心臓が、早く打っている。
やがて、木々の向こうに――白い壮麗な建物が見えてきた。
「あれが……」
ジュノの声が、緊張なのか不安なのか。僅かに震える。宮殿。高くそびえる塔。色とりどりの旗が、風に揺れている。
記憶にはない。それなのに、懐かしいような、切ないような感覚が胸に広がった。
馬車は、ゆっくりと宮殿の門をくぐってゆく。中庭に入るとそこには既に、何人もの侍従たちが整然と並び立ち、ジュノの到着を待っていた。
馬車が止まり、ゆっくりと扉が開かれた。馬から降りたレオが一礼をし、ジュノに手を差し伸べる。その仕草は、完璧な『貴公子』を体現していた。
「姫様、足元にご注意ください」
ジュノは、レオの手を取って馬車から降りる。足が石畳に触れ、ヒールの音が小さくその場に落ちた。
ジュノが何気なく周囲を見渡すと、侍従たちが一斉に深く頭を下げた。
「お帰りなさいませ、ジュノ皇太女殿下」
その声が、重なって響く。壮観な景色。
記憶のないジュノは驚いた様子で、戸惑いの表情を浮かべる。そして、小さく頷いた。それが精一杯。どんな風に対応したらいいのか、何を言えばいいのか。全てがわからない。それにジュノは、この場所も、この人々も――何一つ、覚えていないのだ。
「姫様、こちらへ」
そんなジュノの心中を即座に察知したのか、レオが重ねた手をそのままの流れで、優しく自分の腕の上に置くよう促した。
「今から、皇帝陛下の元へご案内致します」
☆
宮殿の廊下を、ジュノは歩いていた。
レオがその隣を歩き、ジュノの手がレオの腕に軽く置かれている。エレナが後ろに続く。
高い天井、壁に飾られた絵画、磨き上げられた大理石の床。全てが荘厳で、美しい。だが、ジュノには何一つ覚えがない。
レオが、ジュノに歩調を合わせながらも静かに囁いた。
「姫様、まもなく陛下の執務室に到着いたします」
「はい……」
緊張が、ジュノの身体を包む。レオの腕に置かれた手に、わずかに力が入る。
エレナが、後ろからそっと囁いた。
「姫様、カーテシーを。教えた通りに、なさってくださいませ」
「……わかりました」
ジュノは、小さく頷く。やがて、大きな扉の前に辿り着いた。
☆
その頃、執務室の中では、皇帝グスタフ・フォン・レグラザランドが、机の前に立っていた。
プラチナブロンドの髪。紫の瞳。端整な顔立ち。四十代半ばとは思えない、若々しい姿。威厳に満ちた佇まいの中に、どこか温かみが感じられる。
だが今日はその表情に、普段の落ち着きがなかった。机の上の書類に視線を落とすが、すぐに扉の方を見る。また書類に目を戻すが、数秒と経たずに扉へ。手が、わずかに机の縁を叩く。
もうすぐ、娘が来る。
記憶を失った、自分のことを覚えていない、娘。
グスタフは、深く息を吸い込んだ。だが、胸の高鳴りは収まらない。皇帝として、冷静でいなければならない。だが、父親として娘に会いたくて、待ちきれない。
その葛藤が、グスタフの表情に滲んでいた。
そしてついに、待ちに待った時が来た。扉がノックされる。
「ジュノ様が、お見えになりました」
侍従の声。
グスタフは、一瞬動きを止めた。そして
「通せ」
低く力強い声で答えた。だが、その声には、僅かに高揚の色が混じっている。
扉が、ゆっくりと開かれた。
そこに、青いドレスに身を包み、丁寧に髪を結い上げたジュノが立っていた。
出発の朝、ジュノはいつものように執務室を訪れた。だが、今日は違う。エレナが、すでに荷物をまとめている。
「姫様、こちらにお召し物をご用意いたしました」
鮮やかな青色のドレス。宮廷での謁見にふさわしい、上品な装いだ。
「ありがとう、エレナ」
ジュノは、ドレスに袖を通す。普段より整った装いに、整えられた髪。
「姫様、お美しゅうございます」
エレナが、微笑んだ。
「そう……でしょうか」
ジュノは、自分の顔にそっと手を充てた。
それから数刻後。離宮の玄関前には、馬車が一台用意されていた。護衛の騎士たちが、その周りに配置されている。
レオ、リュシアン、アレンは、すでに馬に乗っていた。
ゼノアとカイが、ジュノの元へ近づく。
「姫様、私たちはこれで」
ゼノアの琥珀色の瞳が、優しく微笑む。
「ゼノア様も、カイ様も、離宮に残られるんですよね」
ジュノの声が、寂しそうに響く。
「はい、姫様。私はここで、調べなければならないことがあります。カイは、私の手伝いがあります故。ですが明日には宮廷の方へ赴きます」
「はい。お待ちしておりますね」
ジュノは、小さく頷いた。
「姫様の安寧を、この場からお祈りいたしております」
ゼノアが深く頭を下げた。それに倣い、カイも深く頭を下げる。
ジュノは、エレナの手を借りて馬車に乗り込んだ。エレナも続いて乗り込む。
レオが馬上から全体をくるりと見渡した。安全確認、護衛騎士たちの配置。再度確認したのち
「では、出発する!」
よく通る低い声の号令が、静かな朝に響き渡る。その声を合図に、馬車の車輪がゆっくりと動き出した。
御苑内の道を、馬車は静かに進んでいく。木々が風に揺れ、鳥のさえずりが聞こえる。穏やかな夏の朝。
ジュノは、窓から外を眺めていた。見慣れた景色が、徐々に変わっていく。
「姫様。もう少ししましたら、宮殿が見えて参ります」
エレナが、優しく声をかけた。
「はい……」
ジュノは、胸に手を当てた。心臓が、早く打っている。
やがて、木々の向こうに――白い壮麗な建物が見えてきた。
「あれが……」
ジュノの声が、緊張なのか不安なのか。僅かに震える。宮殿。高くそびえる塔。色とりどりの旗が、風に揺れている。
記憶にはない。それなのに、懐かしいような、切ないような感覚が胸に広がった。
馬車は、ゆっくりと宮殿の門をくぐってゆく。中庭に入るとそこには既に、何人もの侍従たちが整然と並び立ち、ジュノの到着を待っていた。
馬車が止まり、ゆっくりと扉が開かれた。馬から降りたレオが一礼をし、ジュノに手を差し伸べる。その仕草は、完璧な『貴公子』を体現していた。
「姫様、足元にご注意ください」
ジュノは、レオの手を取って馬車から降りる。足が石畳に触れ、ヒールの音が小さくその場に落ちた。
ジュノが何気なく周囲を見渡すと、侍従たちが一斉に深く頭を下げた。
「お帰りなさいませ、ジュノ皇太女殿下」
その声が、重なって響く。壮観な景色。
記憶のないジュノは驚いた様子で、戸惑いの表情を浮かべる。そして、小さく頷いた。それが精一杯。どんな風に対応したらいいのか、何を言えばいいのか。全てがわからない。それにジュノは、この場所も、この人々も――何一つ、覚えていないのだ。
「姫様、こちらへ」
そんなジュノの心中を即座に察知したのか、レオが重ねた手をそのままの流れで、優しく自分の腕の上に置くよう促した。
「今から、皇帝陛下の元へご案内致します」
☆
宮殿の廊下を、ジュノは歩いていた。
レオがその隣を歩き、ジュノの手がレオの腕に軽く置かれている。エレナが後ろに続く。
高い天井、壁に飾られた絵画、磨き上げられた大理石の床。全てが荘厳で、美しい。だが、ジュノには何一つ覚えがない。
レオが、ジュノに歩調を合わせながらも静かに囁いた。
「姫様、まもなく陛下の執務室に到着いたします」
「はい……」
緊張が、ジュノの身体を包む。レオの腕に置かれた手に、わずかに力が入る。
エレナが、後ろからそっと囁いた。
「姫様、カーテシーを。教えた通りに、なさってくださいませ」
「……わかりました」
ジュノは、小さく頷く。やがて、大きな扉の前に辿り着いた。
☆
その頃、執務室の中では、皇帝グスタフ・フォン・レグラザランドが、机の前に立っていた。
プラチナブロンドの髪。紫の瞳。端整な顔立ち。四十代半ばとは思えない、若々しい姿。威厳に満ちた佇まいの中に、どこか温かみが感じられる。
だが今日はその表情に、普段の落ち着きがなかった。机の上の書類に視線を落とすが、すぐに扉の方を見る。また書類に目を戻すが、数秒と経たずに扉へ。手が、わずかに机の縁を叩く。
もうすぐ、娘が来る。
記憶を失った、自分のことを覚えていない、娘。
グスタフは、深く息を吸い込んだ。だが、胸の高鳴りは収まらない。皇帝として、冷静でいなければならない。だが、父親として娘に会いたくて、待ちきれない。
その葛藤が、グスタフの表情に滲んでいた。
そしてついに、待ちに待った時が来た。扉がノックされる。
「ジュノ様が、お見えになりました」
侍従の声。
グスタフは、一瞬動きを止めた。そして
「通せ」
低く力強い声で答えた。だが、その声には、僅かに高揚の色が混じっている。
扉が、ゆっくりと開かれた。
そこに、青いドレスに身を包み、丁寧に髪を結い上げたジュノが立っていた。
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