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73 交差する宮廷の時間
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「ガルッ」
レオの目の前で、白い子犬が低く唸る。
ライネルと中庭で別れたレオは、ジュノの部屋を訪れていた。そこで出迎えたのは、見慣れぬ白い子犬。
ジュノの膝の上で丸くなっていたその子犬が、レオの姿を認めた瞬間、つぶらな瞳を細めた。警戒の色。小さな体が緊張したのがわかる。毛が少し逆立ち始めていた。
「キャウっていうんです」
ジュノが、嬉しそうに子犬を抱き上げた。ジュノの顔には、微笑みが溢れている。
「ライネル……叔父様が連れてきてくださって。名前は、私がつけたんです」
レオは動かず子犬を見つめ、子犬もまたレオから視線を外さない。
一人と一匹の間に流れる、緊張した数秒の静寂。
やがて、子犬の毛がスゥと元に戻って行く。硬くなっていた身体は、力を抜くように「ヒュイッ」と短く息を吐くと、再び丸くなる。ジュノがレオに警戒心を持っていないこと、そしてレオからもジュノに対しての悪意が感じられないことを察したのだろう。キャウはスッと目を離し、再びつぶらな瞳でジュノを見上げた。
その一連の動きを見て、レオは確信した。
(確かに、普通の犬じゃなさそうだ。しかもコイツ、オスだな。人間の男と変わらん……姫様にデレて)
ライネルの言葉は、本当だった。この子犬は、間違いなく白狼。しかもオス。それが良い・悪いは置いておいても、既にジュノを『守護』しようとする姿勢は、評価に値する。
「可愛い子ですね」
子犬にさえ小さな嫉妬の炎を抱いたレオは、それを隠すように、柔らかく笑った。
「ええ。凄く良い子なんです」
ジュノは愛おしそうに、キャウを撫でた。
そんなジュノを見ながらレオは、微笑を崩さないまま、話を切り出した。
「姫様、明日の晩なのですが。どうしても抜けられない急用ができてしまい――」
「お仕事なのですね? どうか、ご無理はなさらないでください」
眉尻を下げつつ、本当に心配そうにレオを見るジュノ。その事がレオにも伝わり、彼の胸がじわっと温かくなる。
「お気遣いありがとうございます。それが終わりましたら、必ずこちらへ顔をだします故」
「はい。でも、私のことはご心配しすぎないでください」
ジュノはキャウをひと撫ですると、エレナの方を見て穏やかに微笑む。
「エレナも一緒にいてくれますし、大丈夫です。ここでちゃんと大人しくしていますので」
エレナはその言葉に、小さく頷く。
「ですが、不安もあると思いますので、こちらへ誰かよこします。一緒に晩餐がとれるよう」
そう話しつつレオは、ジュノの膝の上に居るキャウに手を伸ばし、撫でようとしたのだが。キャウに睨まれ、苦笑いしつつその手を引っ込めた。
☆
その頃、セリアの部屋では――
窓辺に立つセリアが、月光に照らされた庭園を見下ろしていた。
「北方……ね」
その呟きは、夜の空気に紛れて誰にも聞こえない。
「ちょっと、あなた」
「はい」
「明日のドレスは最高のものを用意して。準備は、気合を入れて頂戴ね。髪結いも完璧に。耳飾りは……そうね。紅玉がいいわ」
振り返ったセリアの翠の瞳が、妖しく鋭く光る。
「最高に美しい姿で出なければならないの」
「心得ております」
細かく言いつけられた侍女が、恭しく頭を下げた。
明日は、自分とレオの姿を皆に見せつけ、自分たちこそ『運命の二人』だと印象付ける。ジュノ様はもう、必要ないと。
☆
ジュノの部屋を後にしたレオは、他の面々を自室へ集めた。
「明日、南北使節団との交流会がある。俺はセリアと共に出席しなければなくなった」
「なるほどな。それが狙いだったのか。その交流会、タイミングがいかにもだ。むしろそれに合わせてお前をおびき寄せたな」
腕組をし、椅子に深く腰掛けているリュシアンが、眉をひそめた。
「ああ。また噂を流布するのは間違いないだろう。それともう一つ。セリアに『俺は極秘任務で、暫く北方へ行く』と、そう伝えた」
「直ぐバレるんじゃないのか?」
アレンもまた、難しい顔をし、レオに問う。
「かも知れん。だが、何も言わずに姿を消したら余計に勘繰る。時間稼ぎかもしれないが、何も言わずに旅立つよりいい」
「確かに。でしたらその辺のことは、こちらで基盤固めをしておきます。一定の者に閣下は「極秘任務」で北方へ、と伝えます」
「カイ、助かる。俺からも父に一連の事は話しておくので、連携して欲しい」
「御意」
「それで、明日なんだが。俺が交流会に出ている間、姫様の身も案じられる。アレン、カイ。姫様と晩餐を、共にしてくれないか」
アレンとカイは、視線を交わすと力強く頷き合う。
「おう! 俺たちに任せろ」
「では次に行っていいか? 旅の行程とルートのことなのだが……」
ゼノアが他の確認事項へ、話を進める。
いつの間にやら、五人の男の間には「ジュノを守る」という共通認識の下、同じ目的を持つ同士として、固い絆が芽生え始めていた。
☆
同時刻の宮殿の奥深く。静寂に包まれた一室で。
「お前、やっと顔を見せに来よったか」
「はは、バレてましたか」
「当たり前だ。お前の動きは、とっくに報告が来ておるわ。それになんだ? そのだらしない恰好は」
「はいはい。相変わらず口うるさいですね。それよりも――」
「ああ、久しぶりだ。まずは酒でも呑まんか? 積もる話がありすぎるからな」
二つの影はその後遅くまで、時間も忘れて酒を酌み交わした。
この国の未来のこと。そして――
彼らの愛する、家族のことを。
レオの目の前で、白い子犬が低く唸る。
ライネルと中庭で別れたレオは、ジュノの部屋を訪れていた。そこで出迎えたのは、見慣れぬ白い子犬。
ジュノの膝の上で丸くなっていたその子犬が、レオの姿を認めた瞬間、つぶらな瞳を細めた。警戒の色。小さな体が緊張したのがわかる。毛が少し逆立ち始めていた。
「キャウっていうんです」
ジュノが、嬉しそうに子犬を抱き上げた。ジュノの顔には、微笑みが溢れている。
「ライネル……叔父様が連れてきてくださって。名前は、私がつけたんです」
レオは動かず子犬を見つめ、子犬もまたレオから視線を外さない。
一人と一匹の間に流れる、緊張した数秒の静寂。
やがて、子犬の毛がスゥと元に戻って行く。硬くなっていた身体は、力を抜くように「ヒュイッ」と短く息を吐くと、再び丸くなる。ジュノがレオに警戒心を持っていないこと、そしてレオからもジュノに対しての悪意が感じられないことを察したのだろう。キャウはスッと目を離し、再びつぶらな瞳でジュノを見上げた。
その一連の動きを見て、レオは確信した。
(確かに、普通の犬じゃなさそうだ。しかもコイツ、オスだな。人間の男と変わらん……姫様にデレて)
ライネルの言葉は、本当だった。この子犬は、間違いなく白狼。しかもオス。それが良い・悪いは置いておいても、既にジュノを『守護』しようとする姿勢は、評価に値する。
「可愛い子ですね」
子犬にさえ小さな嫉妬の炎を抱いたレオは、それを隠すように、柔らかく笑った。
「ええ。凄く良い子なんです」
ジュノは愛おしそうに、キャウを撫でた。
そんなジュノを見ながらレオは、微笑を崩さないまま、話を切り出した。
「姫様、明日の晩なのですが。どうしても抜けられない急用ができてしまい――」
「お仕事なのですね? どうか、ご無理はなさらないでください」
眉尻を下げつつ、本当に心配そうにレオを見るジュノ。その事がレオにも伝わり、彼の胸がじわっと温かくなる。
「お気遣いありがとうございます。それが終わりましたら、必ずこちらへ顔をだします故」
「はい。でも、私のことはご心配しすぎないでください」
ジュノはキャウをひと撫ですると、エレナの方を見て穏やかに微笑む。
「エレナも一緒にいてくれますし、大丈夫です。ここでちゃんと大人しくしていますので」
エレナはその言葉に、小さく頷く。
「ですが、不安もあると思いますので、こちらへ誰かよこします。一緒に晩餐がとれるよう」
そう話しつつレオは、ジュノの膝の上に居るキャウに手を伸ばし、撫でようとしたのだが。キャウに睨まれ、苦笑いしつつその手を引っ込めた。
☆
その頃、セリアの部屋では――
窓辺に立つセリアが、月光に照らされた庭園を見下ろしていた。
「北方……ね」
その呟きは、夜の空気に紛れて誰にも聞こえない。
「ちょっと、あなた」
「はい」
「明日のドレスは最高のものを用意して。準備は、気合を入れて頂戴ね。髪結いも完璧に。耳飾りは……そうね。紅玉がいいわ」
振り返ったセリアの翠の瞳が、妖しく鋭く光る。
「最高に美しい姿で出なければならないの」
「心得ております」
細かく言いつけられた侍女が、恭しく頭を下げた。
明日は、自分とレオの姿を皆に見せつけ、自分たちこそ『運命の二人』だと印象付ける。ジュノ様はもう、必要ないと。
☆
ジュノの部屋を後にしたレオは、他の面々を自室へ集めた。
「明日、南北使節団との交流会がある。俺はセリアと共に出席しなければなくなった」
「なるほどな。それが狙いだったのか。その交流会、タイミングがいかにもだ。むしろそれに合わせてお前をおびき寄せたな」
腕組をし、椅子に深く腰掛けているリュシアンが、眉をひそめた。
「ああ。また噂を流布するのは間違いないだろう。それともう一つ。セリアに『俺は極秘任務で、暫く北方へ行く』と、そう伝えた」
「直ぐバレるんじゃないのか?」
アレンもまた、難しい顔をし、レオに問う。
「かも知れん。だが、何も言わずに姿を消したら余計に勘繰る。時間稼ぎかもしれないが、何も言わずに旅立つよりいい」
「確かに。でしたらその辺のことは、こちらで基盤固めをしておきます。一定の者に閣下は「極秘任務」で北方へ、と伝えます」
「カイ、助かる。俺からも父に一連の事は話しておくので、連携して欲しい」
「御意」
「それで、明日なんだが。俺が交流会に出ている間、姫様の身も案じられる。アレン、カイ。姫様と晩餐を、共にしてくれないか」
アレンとカイは、視線を交わすと力強く頷き合う。
「おう! 俺たちに任せろ」
「では次に行っていいか? 旅の行程とルートのことなのだが……」
ゼノアが他の確認事項へ、話を進める。
いつの間にやら、五人の男の間には「ジュノを守る」という共通認識の下、同じ目的を持つ同士として、固い絆が芽生え始めていた。
☆
同時刻の宮殿の奥深く。静寂に包まれた一室で。
「お前、やっと顔を見せに来よったか」
「はは、バレてましたか」
「当たり前だ。お前の動きは、とっくに報告が来ておるわ。それになんだ? そのだらしない恰好は」
「はいはい。相変わらず口うるさいですね。それよりも――」
「ああ、久しぶりだ。まずは酒でも呑まんか? 積もる話がありすぎるからな」
二つの影はその後遅くまで、時間も忘れて酒を酌み交わした。
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彼らの愛する、家族のことを。
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