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74 淑女の狙い
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大広間は、無数の燭台に照らされ、まるで白昼のように明るい。
帝国、南方、北方、そして東方使節団。各国の使節たちが集い、開かれた交流夜会。弦楽の調べが優雅に流れ、給仕たちが銀の盆を手に行き交い、ワインと香辛料の芳香が空気に溶け込んでいた。
レオは、セリアと共に広間に入った。
セリアは深紅のドレスを纏い、銀髪を品よく結い上げている。翠の瞳が燭台の炎を映し、妖しく輝く。耳には血のような紅玉の耳飾り。全てが計算され尽くされた、完璧な美貌だった。
「レオ様」
セリアが、レオの腕にそっと手を添えた。その仕草は親密で、まるで長年の恋人のようだ。
広間にいた貴族たちの視線が、一斉に二人へ注がれる。
ざわめきが波紋のように広がった。
「ご覧なさい、レオ小公爵閣下とセリア嬢」
「本当にお似合いだわ」
「ええ。レオ小公爵も、セリア嬢を大切になさっておられるのね」
「ジュノ皇太女殿下は、もう……」
「お気の毒に。レオ小公爵には、セリア嬢の方がお似合いよ」
「そうね。殿下はご療養中だし、もう表には出られないでしょう」
囁き声があちこちから聞こえてくる。セリアの唇が、ほんのわずかに弧を描いた。
レオは内心で歯噛みした。完全にセリアの思惑通りだ。
「レオ様、あちらへ参りましょう」
セリアが、レオを広間の中央へと導いた。
音楽が変わり、ワルツが始まる。
「踊っていただけますか」
セリアが、レオに手を差し出した。その動作さえも、優雅で完璧だ。レオが、セリアの手を取る。
二人は広間の中央で踊り始めた。セリアの身のこなしは流麗で、レオのリードに合わせてくる。そんな二人を見守る周囲の視線が、さらに熱を帯びた。
「本当に美しいカップルですこと」
「素敵だわぁ」
囁き声が、讃美の色を増していく。
セリアはレオを見上げた。恥じらいながらも、翠の瞳を潤ませながら。貞淑で完璧な淑女――周りからはそう見えるだろう。
ワルツが終わり、二人は広間の端へと移動した。
「レオ様。少し……二人きりで、お話を致しませんか?」
セリアが、レオの腕を取った。その指先が、わずかにレオの腕を撫でる。
レオは、硬い声で返事をし頷いた。そのまま、二人は窓の方へと歩いてゆく。
☆
バルコニーに出た二人。夜風が心地よく吹き込み、月明かりがレオとセリアを青白く照らす。
「レオ様」
セリアが、レオを見つめた。切実さを少し含みながら。
「貴方様は、暫く皇都を離れられるのですよね。どれくらいの期間になるか、わからないのですよね……」
「そうです」
レオは、短く答えた。セリアが一歩、ゆっくりとレオに近づく。
「でしたら、我儘をひとつ、聞いて頂けませんでしょうか……暫くお会いできないのであれば、私を想ってくださるという証が欲しいのです」
言われた瞬間、レオの背筋に、冷たいものが走った。
「証、ですか」
「レオ様が北方にいらっしゃる間、私は毎日レオ様を想い続けます。ですから、レオ様も、私を想ってくださると」
セリアが、さらに近づいた。今度は大胆に。その距離が、あまりにも近い。セリアの纏う香水が、レオの鼻腔を突く。
「セリア嬢、以前もお伝えしましたが、婚姻もしていないのにそのようなことは――」
「でも、私たちは婚約者ですわ」
レオを見上げつつ、小首を傾げながら言うセリアの声が、甘さを増す。
「それでも、です」
レオは、きっぱりと言った。だが、セリアは引き下がらなかった。
「はしたないとは理解しているのです……ですが、私の心細さもご理解くださいませんか? せめて、誓いの口づけだけでも――」
そう言ったセリアが、顔を近づけてくる。その仕草も、舞台を演じる俳優のように完璧だった。
「どうか、レオ様が遠く離れてしまう前に。せめて、結びつきの証を」
レオの全身が、警戒で強張る。やめてくれと叫びたいのに、できるはずもなく。
これは、まずい。
ここで拒絶すれば、セリアは警戒するだろう。結果、ジュノに何かを仕掛けるかもしれない。
だが、受け入れることなど、できるわけがない。
レオの心が、激しく揺れた。セリアは既成事実を作りたいのだと、そう、すぐに理解できた。身も心もジュノにしか反応しないのに。どちらにしろ、この女の思惑通りに動くわけにはいかない。だが、どうする?
「レオ様」
セリアの顔が、さらに近づいてくる。月明かりの中、その翠の瞳が妖しく光っていた。
帝国、南方、北方、そして東方使節団。各国の使節たちが集い、開かれた交流夜会。弦楽の調べが優雅に流れ、給仕たちが銀の盆を手に行き交い、ワインと香辛料の芳香が空気に溶け込んでいた。
レオは、セリアと共に広間に入った。
セリアは深紅のドレスを纏い、銀髪を品よく結い上げている。翠の瞳が燭台の炎を映し、妖しく輝く。耳には血のような紅玉の耳飾り。全てが計算され尽くされた、完璧な美貌だった。
「レオ様」
セリアが、レオの腕にそっと手を添えた。その仕草は親密で、まるで長年の恋人のようだ。
広間にいた貴族たちの視線が、一斉に二人へ注がれる。
ざわめきが波紋のように広がった。
「ご覧なさい、レオ小公爵閣下とセリア嬢」
「本当にお似合いだわ」
「ええ。レオ小公爵も、セリア嬢を大切になさっておられるのね」
「ジュノ皇太女殿下は、もう……」
「お気の毒に。レオ小公爵には、セリア嬢の方がお似合いよ」
「そうね。殿下はご療養中だし、もう表には出られないでしょう」
囁き声があちこちから聞こえてくる。セリアの唇が、ほんのわずかに弧を描いた。
レオは内心で歯噛みした。完全にセリアの思惑通りだ。
「レオ様、あちらへ参りましょう」
セリアが、レオを広間の中央へと導いた。
音楽が変わり、ワルツが始まる。
「踊っていただけますか」
セリアが、レオに手を差し出した。その動作さえも、優雅で完璧だ。レオが、セリアの手を取る。
二人は広間の中央で踊り始めた。セリアの身のこなしは流麗で、レオのリードに合わせてくる。そんな二人を見守る周囲の視線が、さらに熱を帯びた。
「本当に美しいカップルですこと」
「素敵だわぁ」
囁き声が、讃美の色を増していく。
セリアはレオを見上げた。恥じらいながらも、翠の瞳を潤ませながら。貞淑で完璧な淑女――周りからはそう見えるだろう。
ワルツが終わり、二人は広間の端へと移動した。
「レオ様。少し……二人きりで、お話を致しませんか?」
セリアが、レオの腕を取った。その指先が、わずかにレオの腕を撫でる。
レオは、硬い声で返事をし頷いた。そのまま、二人は窓の方へと歩いてゆく。
☆
バルコニーに出た二人。夜風が心地よく吹き込み、月明かりがレオとセリアを青白く照らす。
「レオ様」
セリアが、レオを見つめた。切実さを少し含みながら。
「貴方様は、暫く皇都を離れられるのですよね。どれくらいの期間になるか、わからないのですよね……」
「そうです」
レオは、短く答えた。セリアが一歩、ゆっくりとレオに近づく。
「でしたら、我儘をひとつ、聞いて頂けませんでしょうか……暫くお会いできないのであれば、私を想ってくださるという証が欲しいのです」
言われた瞬間、レオの背筋に、冷たいものが走った。
「証、ですか」
「レオ様が北方にいらっしゃる間、私は毎日レオ様を想い続けます。ですから、レオ様も、私を想ってくださると」
セリアが、さらに近づいた。今度は大胆に。その距離が、あまりにも近い。セリアの纏う香水が、レオの鼻腔を突く。
「セリア嬢、以前もお伝えしましたが、婚姻もしていないのにそのようなことは――」
「でも、私たちは婚約者ですわ」
レオを見上げつつ、小首を傾げながら言うセリアの声が、甘さを増す。
「それでも、です」
レオは、きっぱりと言った。だが、セリアは引き下がらなかった。
「はしたないとは理解しているのです……ですが、私の心細さもご理解くださいませんか? せめて、誓いの口づけだけでも――」
そう言ったセリアが、顔を近づけてくる。その仕草も、舞台を演じる俳優のように完璧だった。
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レオの全身が、警戒で強張る。やめてくれと叫びたいのに、できるはずもなく。
これは、まずい。
ここで拒絶すれば、セリアは警戒するだろう。結果、ジュノに何かを仕掛けるかもしれない。
だが、受け入れることなど、できるわけがない。
レオの心が、激しく揺れた。セリアは既成事実を作りたいのだと、そう、すぐに理解できた。身も心もジュノにしか反応しないのに。どちらにしろ、この女の思惑通りに動くわけにはいかない。だが、どうする?
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