悪女が美貌の不遇令嬢に転生したら

苺 迷音

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1 後悔なんて

 記念日のディナーの帰り道。街灯に照らされた冬の歩道。

 とっくに人の波は引いているような時刻だった。
 街路樹に巻き付けられてある青い電飾が、ペカペカとやけに寂しく光ってる。

 しんと静まり返った幹線道路を、走り過ぎる車もほとんどない。往来を見張っている交差する信号機も、すでに赤と黄色に点滅している。

 店の閉じられたシャッターがいくつも横並ぶ歩道を、私はヒールの音を高鳴らせて帰路についていた。
 
 歩きながら見上げた空には、冬の澄んだ空気の中で輝くオリオン座。
 ほかの星座はよくわからない。でも、星たちの瞬きは本当に綺麗で。

 今度は目線を、自分の首元に持ってゆく。
 
 そこにあるのは、とある彼から貰ったダイヤモンドのネックレス。指で触れてみると、石の冷たさと硬さが伝わってきて、ダイヤがそれなりの大きさのものだとわかる。
 何の記念日なのかはよく覚えてないけれど多分、年に十回ほどはある私への誕生日プレゼント。思わず口元も緩んでしまう。

 これ欲しかったのよねー。もう少し、おねだりしてもよかったかな? ううん、この辺りが妥当。行き過ぎたおねだりは怪しまれちゃう。

 胸元で光るダイヤのネックレスと、今日の為に新調していたコート下のワンピースの裾を揺らしながら、気分よく歩いてた。

 本当に気分がよかったのに。



「君は、君はっ……詐欺師、だろっ」

 目の前にある角を曲がれば、自宅マンションが見えてくる距離だった。

 電信柱からいきなり出てきた黒い影が、目の前を塞いだかと思うと、叫びと同時に腹部に硬い何かがドスリとぶつかって来た。
 驚く間もなく、その勢いに体が大きく揺れる。
 
 ぶつかった腹が熱を持ち、例えようのない違和感が急激に湧き上がる。
 
 え?

 そう思った次の瞬間、人生で味わったことのない黒板を爪で引っ搔くような、キイィッと高い音の痛みが一気に全身を駆け巡る。
 
 何が起きたか理解するより早く、私の世界は崩れていく。

「がっ……あぁっ!……あ、っ……がぁっ!!」
 
 凄まじい激痛が全身を焼き、瞬時に視界が真っ黒に塗りつぶされる。
 目は開いているハズなのに、何も見えない。

 叫ぼうとした喉は瞬時に詰まり、直後、視界が真っ赤に反転した。
 
 網膜の裏側に、どろりとした赤が直接ぶちまけられたような暴力的な色彩。
 
 脳が激しく揺れる。全身の力が抜け膝から崩れ落ち、コンクリートの冷たさが頬を打つ。が、その痛みはもはや感じない。

 苦しみと激痛が、ほんの少しだけ遠のいてゆく。
 そして、徐々に目の前の風景がぼんやりと、目の中に入って来た。

 苦しい中、どうにか息を吸おうとする鼻や口から、鉄の匂いと味がした。

 血? どこから?

 そこで漸く、自分の腹部に突き刺さった安っぽい木の柄が視界に入った。

 あれ……私、もしかして……刺された?

 肺が潰れるような圧迫感。

 苦しい……息が……

 ゆっくりと視線だけを上げた先。そこには見覚えのある一人の男が、茫然と立っていた。

 なぜか手を震わせて、泣いているようにも見える。
 その男は私にゾンビみたいに手を伸ばしながら、フラフラと再び近づいて来た。

「結婚するって……そう、君は言ったじゃないか。君みたいな悪女……刺されて当然、だよね」

 嗚咽交じりに、なにかを言う男。
 顔はぐちゃぐちゃに見えた。

 ……そんな話、したっけ。

 誰とだったかな。

 身体に刺さったナイフ。
 
 そっか、これもギフト……か

 刺されてから、光が消えるまでの数十秒。
 私は、泣き崩れる男の声を聴きながら、命最後の破片を拾い上げ、
 
 どうにか声を絞り出し、言葉にしてみる。

「これ、あなた、から、の……いいよ、もらって……あげ……」

 が、最後まで、言えなかった。

 まぁ、いっか。
 

 そこで私の世界は、暗闇に堕ちていった。

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