【生魚=毒】だと言われる異世界に転生した寿司職人レンジ~師匠に託された伝説の包丁を使って、エリュハルトの食の常識を『旨い』で覆します!

小宮めだか

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2巻 3章~ザックマーニャとファーバンとギャングの刺身と

薬膳スープ

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「……お腹空いた」

 突然そんなエレノールの声がする。
 どうやら目を覚ましたんだな。しかしうちのパーティーは食いしん坊が多いな。さっきまで血を流して倒れていたのに、目を覚ました途端にコレかよ。全く。

「ありがとう。フィオナ、ガルム……レンジ君。なんかみっとも無いところ見せちゃったわね」

「みっとも無いなんて事はないと思うぜ。パッと見は完璧で、だれにも頼らないような孤高の導術士って感じだよな。でも実は仲間の為に頑張れるエレノールだって知ってるからな」

 俺がエレノールに声を掛け、ガルムが笑う。フィオナがエレノールの小さな手を握りしめて、笑顔で労わる。

「もう止めてよ、そんな言い方。レンジ君。たまには仲間って感じもいいかなって本気で思っちゃうじゃない」

 フィオナに手を握られて、照れる様に横を向く。なんだよ。まだ仲間だって思っていないのかよ。いい加減にしろ。とっくに俺らの中では大事な仲間なんだよ。

「エレノール。ちょっとだけ待ってろ。そうだな、ガルム、フィオナ。できればエレノールを酒場まで連れてきてくれるとありがたい。ルーシィさん。ここの厨房借りるぞ! エレノールに元気になるような食いもんを作ってやりたいんだ! 」

 俺が駆けだそうとすると、ガルムが慌てる様に後ろから声を掛けてくる。

「おいレンジ。今はそれよりゆっくりエレノールを休ませてやれ」

 おいおい。ガルム。分かってないなぁ。

「待ってください。レンジさんがやろうとしている事は、ラベルク村でガルムさんにやろうとした事と同じ事だと思います」

 流石だな。フィオナは理解してくれたようで、信じて頷いてくれる。
 確かにそんな場合じゃないことはよく分かっている。
 でも、でもさ! あんなに傷ついたエレノールなんて想像できなかったし、見てられねぇじゃねぇか。今、あいつにできること。寿司はまだ握れねぇけど、美味しい料理を作る事だったらできるんじゃねぇか。

 俺は酒場の厨房で医務室の中の様子を伺っていたダリウスとミリアに頭を下げ、隅に掛っていた白いエプロンを身に着けると、ベルトの包丁ケースから萌炎を取り出した。
 包丁の銘が優しそうな色で微笑んでいるように俺には感じた。

「おい、その包丁……すごい魔力を放っていないか! 」

 ダリウスのびっくりするような声はこの際無視する。説明していたらエレノールが疲れ切ってしまう。ここは手早く、でも丁寧さは失わずにだ。
 あまり見た事のない食材も多い。さすが異世界の厨房だぜ。こうなったら……俺は小さく魔法の呪文を唱える。

食材探知レベンスミッテル

 厨房の様々な場所にある肉や野菜が淡く光り輝く様に感じられる。もちろん輝いて見えるのは俺だけで、他の人にはその輝きは伝わらないから安心だ。

(このレザー鳥の腿肉が良さそうだ。こっちのシッテリアの香草が生姜のような使い方が出来るんだな! ネギか……そんなものないよな? お。あっちにある赤い色の丸っこい野菜がネギみたいな味なのか。よしよし)

「さっきのジャックモルドヴァってあったよな。それを使ってもいいか、ダリウス」

「おう、レンジ。よく分からんがなんでも使っていいぜ」

 他人の厨房に入るのは完全にルール違反なんだがな。この際そんな事も言ってられない。
 ジャックモルドヴァ、シッテリアの香草と長ネギのような野菜を切っておく。
 鍋にレサー鶏と今の野菜を加えて、沸騰したら弱火にして灰汁を取りながら更に煮込む。
 しかしこの萌炎があると楽だな……俺の魔力を調整して、切り方や火加減、簡単な味付けなんかが、手に取る様に判断できる。だから思ったよりも早く出来るし、味も申し分ない。
 最後にジャックモルドヴァを加えてもう少し煮る。最後に塩を振って出来上がり。
 俺の包丁捌きや、火加減の調整、果ては魔力の使い方までを酒場からガルムが驚いたような表情で見ているのが分かる。

(なんだ…この魔力は! ジルのような攻撃的な赤でも、エレノールのような知的な緑でもない。ただひたすらに暖かい魔力……これは、戦うための力じゃない。癒し、育むための、仲間を想う、絆に満ちた力……レンジ、お前はいったい……)

 そんな事をガルムが考えているなんて、俺は露ほども感じない。唯々、エレノールの為に何かがしたいと願う。それだけに萌炎を振るう。

「よし! 仕上げを御覧じろだ。出来上がったぜ……」

 出来上がった料理は、曇り一点も無い透明なあたたかいスープ。厨房内で適当に見繕ったレサー鶏の肉の旨味成分を取り出して、野菜と煮込んで、それをしたもの。調味料も萌炎に導かれるようにして手に取っていた。まさに直感ってやつだ。
 旨味と温かみだけがスープに宿る、とっても単純な薬膳スープ。
 今の弱ったエレノールにはごろごろと沢山の肉の塊や、シャキシャキとした野菜の歯ごたえなんていらない。胃に優しく、ただ弱った体と……そして心に染みわたるようにと願いを込めた!
 フィオナに支えられながら、椅子に腰かけていた彼女の鼻がピクリと動くのが分かった。

「ほら、エレノール。これを飲んでみろ。俺の……いや俺たちのお前を想う気持ちだ」

 小さなお椀型のスープの深皿に入れてそれをエレノールの前に出す。
 彼女のまだ小さく震える手が、真っ赤なローブ中からおずおずと出され、お椀と掴んでスープから立ち上るあたたかな香りを、形の良い鼻から吸い込む。

「なんて……なんてええ匂いなんや。この匂いはうちの故郷の薫りや! 朝露に濡れた野菜パリリナの豊潤ほうじゅんな薫り……うそや、パリリナなんて王都には無いはずや。なんで厨房の何の変哲もない野菜から、なんでうちの故郷の味が出せるんや! 」

 グリューンが俺の肩の上でにやりと笑うがの分かった。

「相棒。萌炎の声が段々と聴こえるようになってきたんだな! 」

 なんだそれ。俺はただ自分の直感に従って……え? まさかそれが萌炎の声なのか。
 俺は自分が握っている包丁を改めて眺める。萌炎の文字がやさしい光を放ったように感じた。

「これや、これ……胃に染み割るような感覚。この味。この匂い! レンジ君。あんた六花りっかなんて行った事ないやろ! それなのになんでこんなもんが作れるんや」

 エレノールの瞳から大粒の涙があふれる。隣でフィオナが泣いているのが分かる。
 ばかやろう、ガルムも鼻水垂らして大泣きしてるじゃねぇか。
 エレノールが力の限り机を叩き、そのまま突っ伏すように大きな声で更に泣き始めた。

「レンジ君……うち、うち……怖かったんや、とっても怖かったんや! 今度こそ死ぬかと思ったわ、もうだめかと何度も思った……なんでうちが、いやザックマーニャもなんや! ハーフヴェルドってだけでここまで苦しまなあかんねん! 」

 ハーフヴェルド……なんだそりゃ。いや今は聞かなかった事にしておこう。
 フィオナとルーシィさんがエレノールを強く抱きしめる。

「レンジ君。あんがと……あんがとな。一瞬でもうちの、六花の事思い出せて嬉しかったわ。あんたの料理ってやっぱりすごいんやな」

 エレノールの嬉しそうな、満足したような顔。46歳のおばちゃんが大粒の涙を流しながらってところがまたいいんだけど、まぁそれはそれだ。

「仲間が仲間を助けるのにありがとうもないだろ。当たり前なんだ! いくらでも言ってくれ。逆にうまいものしか作れない俺ですまない。もっともっと俺もエレノールみたいに強くならないとな」

 俺はエレノールの涙に強く誓った。
 エレノールは薬膳スープをあっという間に平らげてしまった。その後まだふらつく様子が見られたので、俺とフィオナで横を支える。

「いいよ。自分で歩けるってば……」

 照れくさそうに横を向くエレノールがなんか可愛い。46歳のおばちゃんなんだけどな。
 俺達はルーシィさんと一緒に王都の北東、ヘルメティ・スパイアと呼ばれた魔導協会の付近に位置する、導術士たちが住む区画にエレノールを送っていった。

 エレノールは心配だが、とりあえずは安静にしておくしかないとの事だ。それなら前から考えていた計画を実行するだけだ。その為に王都でファーバンを探す。早速明日から取り掛かろう。
 そう心に誓う俺だった。


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