1 / 4
第一話
しおりを挟む海が見える岬の上に小さなお墓があった。黄色いミモザの花や白百合の花が、墓前に供えられている。
リュアは、お墓ーー最愛の夫の前で佇んでいた。過去を悔やみ、同時に変えようという強い意思を持った顔で。
「……今度は絶対にーーするから」
風に紛れて誓いの言葉が消えていく。
リュアは踵を返した。白衣のポケットの中に片手を突っ込み、魔導具のスイッチを押す。すると、目の前の景色が歪んでいき、リュアの意識が一旦そこで途切れた。
***
昔から振り回してばかりだった。
最愛の夫との出会いは、街学校の初等部。初めて同じクラスになって一緒にサッカークラブに入った。
いつも明るくて、賑やかな彼は、クラスでもサッカークラブでも人気者だった。対して、リュアは愛想が悪いことが災いしてぼっち気味だったが、そんなリュアにも彼は優しかった。
しかし当時は……いいや、それからしばらくずっと、そんな彼のありがたみに気付かなかった。気付いたのは、彼を失ってからだ。本当に愚かだったと思う。
『リュア。行ってくるよ』
いつもの朝だった。寝台に横になっているリュアに優しく声をかけ、出勤した彼。
けれど……二度と帰ってくることはなかった。教師をしていた彼は、海水浴場で溺れた生徒を助け、代わりに亡くなってしまったのだ。
初めは現実を理解できなかった。心にぽかんと穴が開いたようで、廃人同然の生活が続いた。しかしある時、彼との思い出である光るサッカーボールを見つけ、ようやく現実を理解して泣きじゃくった。
それからだ。人生をやり直すと決めたのは。
時間を遡る魔導具を開発し、彼との関係をやり直し、今度こそ彼を幸せにする。
絶対に彼を死なせないーー。
「リュア?」
名前を呼ばれ、リュアははっとする。気付いたら、すぐ隣に最愛の夫ーーオリスの気遣わしげな顔があった。記憶にあるよりも若々しい。十八歳頃だろう。
リュアは泣きたくなった。ーーまた、会えた。
「オリス!」
「うおっ!?」
大衆浴場の休憩室で、リュアはついオリスに抱きついてしまった。驚いたオリスに慌てて引き剥がされる。
「な、何してるんだよ! 俺に恋人がいること、知ってるだろ?」
「え……」
リュアは一瞬、何を言われたのか分からなかった。だが、すぐにはっと気付く。そうか、そうだった。十八歳の時にはオリスに恋人がいたのだ。
「ご、ごめん。寝ぼけてた」
慌てて謝ると、オリスは「仕方ない奴だな」と苦笑いで許してくれた。傍に恋人がいなかったことが幸いだ。もし、今の光景を目撃されていたら揉め事になったかもしれない。
リュアは休憩用の長椅子に座り直す。頭の中で記憶を整理し直した。
確か、オリスは今の恋人と十八歳の冬に別れるのだ。理由は忘れたが、フラれてしまう。落ち込んでいるオリスを励ます建前でリュアは肉体関係を持ち、そのままずるずるとセフレ関係を続けた。オリスからは何度も告白されたが、当時のリュアはなびかなかった……という流れになる。
しかし、ある時、妊娠が発覚した。だから、責任はとると言ってプロポーズしてくれたオリスと結婚した。子どもは結局流れてしまい……リュアは精神を病んだ。オリスをもてあそんでいた天罰だと思った。
それからずっと傍で支えてくれたオリス。子どもが流れたことも責めなかったし、セフレ扱いしていた過去も水に流して、いつも朗らかだった。大好きな人ーー。
「それでさ。リュアは同窓会にこないか? みんな、待ってるよ」
「あ……うん。ごめん。その日は用事があるから、顔を出せそうにないや」
咄嗟に嘘をついて断ると、オリスは残念そうな顔をした。
「そっか。じゃあ、次の同窓会は絶対にこいよ。……あっ、そろそろ戻らないと」
オリスは腕時計を見ながら、席を立つ。「それじゃまた」と言って、大衆浴場を後にした。
リュアは努めて笑顔で別れた後、そっと息をつく。魔導具で戻る時間が早かった。冬はまだまだ先だ。
でも、と思う。恋人と別れるまでの期間はどうしよう。知らぬふりをして見守るべきなんだろうが、……恋人と笑い合っているオリスの傍にいるのは、つらい。
「……冬まで距離を置こうかな」
身勝手かもしれないが、けれど別にそれで流れが変わるわけじゃないはずだ。
夜、こうして大衆浴場で歓談するのが日常だが……やめてみようか。大学は違うところに通っているし、顔を合わせることはそうないだろう。よし、そうしよう。
リュアもまた、席を立った。オリスとまた会えた現実に胸を弾ませながら、足取り軽く歩き去った。
それからは、大衆浴場に通う時間を少しズラした。オリスの姿を見かけた時はそそくさと逃げ、見つからないように慎重に行動した。
昼間は、将来に備えて医学部の勉強に打ち込み、なるべくオリスのことを考えないようにした。だって……そうしないと、オリスと恋人を引っ剥がしたくなる。愛し合っている二人を想像したら、胸が張り裂けそうだ。
このまま、冬まで頑張ろう。
オリスの傍にいたい気持ちを堪え、一人学生生活に奮闘していたある日のことだ。なんと、オリスがやってきた。
「リュア! えっと……久しぶり」
目を伏せながら、おずおずと声をかけてくる。リュアは驚き、同時に嬉しくも思った。ーー会いに来てくれた。
「久しぶり。どうかした?」
「いや……最近、顔を見ないから。元気にしてるのかなって」
「大丈夫だよ。この通り、元気だから」
努めて笑顔を返すと、オリスはほっとした顔をしていた。
「そっ、か。なんか、避けられてる気がしたんだけど、気のせい?」
「えっ。そ、そんなことないよ。たまたま会わなかっただけだよ。きっと」
「じゃあなんで、風呂に行く時間を変えたんだ。話す相手がいなくて、その……寂しいんだけど」
「べ、別に変えてない。だから気のせいだって」
そう、変えてなんかいない。少しズラしただけだ。
オリスは釈然としていない様子だったが、これ以上聞いても意味のないことだと察したんだろう。早々に話題を変えた。
「じゃあ今日の夜、ご飯でも食べに行かないか?」
「今日は……ごめん。ちょっと、ゼミの仲間と飲み会があるから」
また嘘を重ねる。バレないか、ひやひやする。それに……嘘をつくのは、正直心苦しい。
「明日の夜は?」
「親と外食する約束が……」
「……リュアってそんなにアクティブだっけ?」
失礼な言い回しに、リュアはむっとする。
「どういう意味だよ」
「そんなに予定を詰め込むことって普段ないじゃん。やっぱり俺のこと……避けてないか?」
「っ、そんなことない。俺がオリスを避ける理由なんてない」
必死に釈明すると、オリスはようやく納得したようだ。分かった、と引き下がった。
「じゃあ今日の夜、大衆浴場で。五時には行くから。それからリュアがくるまでずーっと待ってる」
「えっ!?」
「それじゃ」
一方的に言い放ち、オリスは大学の敷地を立ち去っていく。中庭を突っ切って街路に出ていった。
勝手に落ち合う約束をさせられてしまった。オリスと恋人のノロケ話を聞かされるのだろうか、もしかして。
だとしたら、つらい。想像するだけで、胸が苦しくなる。
こうなることが分かっていたから、一時的に距離を置こうとしたのに。
リュアは泣きたい気持ちを堪え、中庭のベンチで一人サンドイッチを食べた。
101
あなたにおすすめの小説
恋が始まる日
一ノ瀬麻紀
BL
幼い頃から決められていた結婚だから仕方がないけど、夫は僕のことを好きなのだろうか……。
だから僕は夫に「僕のどんな所が好き?」って聞いてみたくなったんだ。
オメガバースです。
アルファ×オメガの歳の差夫夫のお話。
ツイノベで書いたお話を少し直して載せました。
君さえ笑ってくれれば最高
大根
BL
ダリオ・ジュレの悩みは1つ。「氷の貴公子」の異名を持つ婚約者、ロベルト・トンプソンがただ1度も笑顔を見せてくれないことだ。感情が顔に出やすいダリオとは対照的な彼の態度に不安を覚えたダリオは、どうにかロベルトの笑顔を引き出そうと毎週様々な作戦を仕掛けるが。
(クーデレ?溺愛美形攻め × 顔に出やすい素直平凡受け)
異世界BLです。
【8話完結】どんな姿でも、あなたを愛している。
キノア9g
BL
かつて世界を救った英雄は、なぜその輝きを失ったのか。そして、ただ一人、彼を探し続けた王子の、ひたむきな愛が、その閉ざされた心に光を灯す。
声は届かず、触れることもできない。意識だけが深い闇に囚われ、絶望に沈む英雄の前に現れたのは、かつて彼が命を救った幼い王子だった。成長した王子は、すべてを捨て、十五年もの歳月をかけて英雄を探し続けていたのだ。
「あなたを死なせないことしか、できなかった……非力な私を……許してください……」
ひたすらに寄り添い続ける王子の深い愛情が、英雄の心を少しずつ、しかし確かに温めていく。それは、常識では測れない、静かで確かな繋がりだった。
失われた時間、そして失われた光。これは、英雄が再びこの世界で、愛する人と共に未来を紡ぐ物語。
全8話
オメガはオメガらしく生きろなんて耐えられない
子犬一 はぁて
BL
「オメガはオメガらしく生きろ」
家を追われオメガ寮で育ったΩは、見合いの席で名家の年上αに身請けされる。
無骨だが優しく、Ωとしてではなく一人の人間として扱ってくれる彼に初めて恋をした。
しかし幸せな日々は突然終わり、二人は別れることになる。
5年後、雪の夜。彼と再会する。
「もう離さない」
再び抱きしめられたら、僕はもうこの人の傍にいることが自分の幸せなんだと気づいた。
彼は温かい手のひらを持つ人だった。
身分差×年上アルファ×溺愛再会BL短編。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる