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第二話
しおりを挟む「おっ、リュア。きてくれたのか」
その日の夜。大衆浴場に行くと、宣言通りオリスが看板の前で待っていた。一応、早めにきたが、六時過ぎだ。一時間もここで待っていたのか。
リュアは、眉間に皺を作る。
「ずっと待ってるって言うからだろ。いい迷惑だ」
「はは、ごめん。リュアと久しぶりに話したくて」
話しながら、大衆浴場の建物に入る。中は、アルファ・ベータ用とオメガ用とに分かれているので、すぐに別れることになった。
「話って何? 上がってからでいいのか」
「いや、別にないけど」
「はぁ? ないのかよ」
「はは、リュアとなんとなく話したかっただけ。悪かったな。じゃあまた後で」
さっさと行ってしまうオリスを、リュアはなんとも言えない気持ちで見送った。話したいと言ってもらえたのは嬉しいが、今は恋人がいる。恋愛相手としては好かれていないのだと思うと、やるせなかった。
「……風呂に入ろう」
ぽつりと呟き、リュアはオメガ用の大浴場に向かう。脱衣場で衣服を脱ぎ、掛け湯で軽く体を洗い流す。
大きな石造りの浴槽に浸かって息をついていると。
「あれ? リュアさん」
「え?」
隣に顔を向けると、朧げながら見知った顔があった。ぱっちりとした目に、ふわふわとした猫っ毛の男の子。確か……オリスの元恋人ではなかったか。いや、厳密には『現恋人』。
リュアは表情を固くした。まさか、ここで会うなんて。顔なんて別に見たくないのに。
けれど、無視するわけにもいかない。リュアは努めて愛想笑いを浮かべた。
「ああ……ミュゼルさん。こ、こんばんは」
「最近、お見かけしなくなったので、何かあったのか心配していたんですよ。どうかしたんですか?」
「え、あ、いや……ただ、大学が忙しかったので、七時頃にきていただけですよ。あはは」
「ふーん」
リュアはそそくさと移動した。ゆっくり湯船に浸かりたいのは山々だったが、ミュゼルと楽しく雑談する気になれない。一緒にいても苦痛なだけだ。
洗い流し場で、髪や体を石鹸で洗う。掛け湯からお湯を汲んで、ざばっと頭からお湯をかぶった。
この後、どうしよう。オリスからはまた後でと言われたが……ミュゼルがいるのに、一緒に楽しく話していたらやはり揉め事になってしまうのでは。
オリスとミュゼルには早く別れてほしい。でも、オリスの恋を邪魔するのは気が引ける。葛藤が悩ましい。
「……先に帰るか」
小さく呟いて、リュアは早々に脱衣場に上がった。木の籠に放り投げていた衣服をむんずと引っ掴み、取り出す。慌ただしく着替え、足早に脱衣場を後にした。
オリスより先に帰るはずだったのにーー。
「リュア」
「オ、オリス」
休憩室の方から、アイスキャンディーを手に持ったオリスがひょっこり顔を出した。キャンディーの色は緑色だ。メロンソーダ味なんだろうか。
「もう上がったのか。早いな」
シャリ、とアイスキャンディーにかぶりつきながら言うオリス。リュアは言葉に詰まった。……どう答えたらいいんだ。
何も言えずにいると、オリスは不思議そうだ。「どうした?」とリュアの顔を覗き込む。
「キャンディーでも食べて、元気出せよ。ほら」
「あ、ありがとう」
深くは考えず、当たり前のように一口もらった。甘いメロンソーダの味がふわりと口内に広がる。おいしい。
その時だ。オメガ用の大浴場から、ミュゼルが険しい顔で帰ってきた。という風に見えたのは、気のせいかな。にこりと笑って、オリスの隣に立った。
「二人とも仲がいいね。妬けちゃうな」
「!」
ミュゼルはぎくりとした。オリスも大慌てだ。「そんなんじゃないって」と弁明して、アイスキャンディーをさっさと口の中に放り込んだ。
それを見たミュゼルは、なぜか残念そうな顔をしている。そのことに気付いたリュアは、「ミュゼルさんにも買ってあげたら?」とオリスに声をかけた。
二人で仲良く食べたらいいと思ってのことだったのだがーー嫉妬心は隠してーー、オリスは文字通りアイスキャンディーを買ってあげただけだった。鈍いんだろうか。
でも、なんだかほっとした。二人がイチャイチャする姿を見ずに済んで。目にしていたら、きっと嫉妬で頭がいっぱいになっていただろうから。
その後は、三人で歓談して解散。家まで送ってほしいとねだるミュゼルにオリスが付き添い、リュアは二人を切なげに見送ってから家に帰った。
その数週間後のことだ。オリスがまた大学に顔を出した。どんよりと沈んだ様子で。
「リュア……」
「オリス。どうしたんだ。元気がないな」
何かよくないことでもあったのか。
そんなリュアの予感は大当たりだった。なんと、ミュゼルと別れたというのだ。
「浮気されちゃってさ……はは」
力無く笑うオリスに、リュアはなんと言葉をかけたらいいか分からなかった。ミュゼルと別れてくれて嬉しい自分がいることは事実だが、こんなにも落ち込んでいるオリスを前にしたらそんなことは言えない。それに……リュアも同じように苦しい。
中庭のベンチで並び座り、詳しい話を聞いた。理由を聞いたら少し納得できてしまった。どうにも、自分たちの仲がよすぎることが不満だったらしい。それで、優しくちやほやしてくれる間男に走ったと。
問い詰めたら逆ギレされたらしく、そのまま破局を迎えたということだった。
「そ、れは……なんか、ごめん」
とりあえず、謝るしかない。悪いと本気で思っているわけじゃないが、フラれた原因は間違いなくリュアだ。
オリスは慌てて「リュアは悪くないから!」と否定した。オリスも多分……内心では、同じことを思っているだろうが。
とはいえ、ここが大切な分岐点だ。リュアは勇気を振り絞って、おずおずと言った。
「……慰めてあげようか。今日の夜」
「え?」
顔を上げたオリスは、何を言われたのか分からないといった表情だ。けれど、数拍置いてようやく理解したのか、顔をりんごのように真っ赤にした。
「ええっ! な、何言ってるんだよ、リュア」
リュアもまた、恥ずかしくて目を伏せる。若い頃……オリスのことをどうも思っていない時は、気にせずに誘えたが、好きだと自覚すると顔から火が吹き出しそうなほど、気恥ずかしい。
「……嫌、か?」
「え、ああ、いや……そんなこと、ないけど」
「けど?」
「そ、そういうことは、きちんと付き合ってからしたいっていうか……」
もっともなことを言われ、リュアも引き下がった。
「じゃあ、付き合う? それならいいだろ」
「お、俺、別れたばかりなんだけど……。それに……リュアって俺のこと、好きなのかよ」
「だとしたら、付き合ってくれるのか?」
「!」
オリスの耳まで真っ赤になる。「ほ、本当に?」と繰り返して聞かれ、リュアはおずおずと頷く。本当だ。オリスのことを誰よりも愛している。
「……俺も」
「え?」
気恥ずかしそうな、それでいてバツの悪そうな表情をしたオリスが、目線を下に向けて続ける。
「俺も本当はずっと好きだった。でも昔、フラれたから、諦めようともがいてた。……付き合おう」
リュアは驚きに目を見開く。あれ? 前回の人生では、知らなかったことだ。
そういえば、街学校の初等部の時……好きだと言われたことがある。当時は、面倒だったから「俺は普通」とすっとぼけたのだ、確か。もしかして、あの時からずっと……リュアのことを想っていてくれていたのか。
嬉しく思うと同時に申し訳なくなる。振り回してきたばかりだったことを再認識して。
「うんっ」
リュアは思い切ってオリスに抱きつく。オリスも優しく受け入れ、抱き締め返してくれた。
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