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母に勝てるとでも?①

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 ランプが部屋の中を穏やかに照らす。壁にかけられた時計がカチコチと静かに時間を刻む。もう既に時刻は1日が終わりかける頃であった。

「ふぅっ、今日はこれくらいにしておくか」

 自分専用の調合室でマーガレットはうんと背伸びをし、天井を仰いだ。
 領地の人のための薬に、畑の肥料に、領主との夜のお遊びのための薬の研究。さまざまな薬などを調合するのが彼女の趣味であり、仕事でもある。

 本来サキュバスは夜に人を襲うために夜行性なのだが、レックス達との生活によってすっかりと人間と同じように一日を過ごすようになってしまった。

 だが、彼女はこれを幸せだと思う。夢の中での一時より、現実での触れ合いが楽しい。レックスがすくすく育つ日常を自身の目で見られることが幸せだった。
 そして、自分が生んだ娘たちとも一緒にいられる幸せ。奴隷に墜ちた自分達を解放するかのように迎え入れてくれた領主には感謝してもしきれない。

「しかしなぁ……」

 ゆったりと椅子にもたれかかり、彼女はゆっくりと目を閉じる。

「はぁ。早く帰ってきておくれマスターよ。レックスや娘たちはいるが、やはりマスターがいないと寂しい」

 愛する人は現在、他の領主に呼ばれてこの領地を出ている。そのため数日は帰ってこない。
 やはり家族みんなでいる時が彼女にとって一番楽しいのだ。

 しかし文句を言っていても状況が変化することは無い。さて歯を磨いてゆっくりと眠るか、と立ち上がった時。ふと彼女は何かの気配を捕らえた。
 長く使うことの無かった感覚。まるで戦場にいるように、ぴんと一瞬だけ気が張り詰める。

「むっ? ……いや、気のせいか」

 恐らくネズミか鳥か何かが屋根で遊んでいるのだろうと、彼女はその小さな気配を無視した。
 まさか盗人がこの屋敷においそれと忍び込もうとするわけがないだろうと。

 剣術に優れたアイヴィ、罠を仕掛けるのが得意なサフィア、そして強力な魔眼を持つヴァネッサ。
 この3人が住んでいることを知っているならば、魔族根絶を企む過激な者でもない限りは襲撃してこないだろう。
 襲うとしても、マーガレットを倒すのに相当な準備が必要である。

 その後マーガレットはしっかりと歯を磨き、ネグリジェに着替えてゆっくりと自室で眠りにつくのであった。

 そして……。

「くすっ、全員よく眠っていますわ。これなら楽に精気を奪い取れますわね」

 波のようなウェーブをしたブロンドヘアーの女性が、玄関のドアをすり抜けて屋敷の中に入ってきた。肩とへそ丸出しのチューブトップで、極端に短いスカートを履いた軽装の女。

 彼女は堂々と玄関ホールから侵入。しかし、他者が寝ている気配を感じ取れる種族であれば、このように強気で侵入することが可能なのである。そう、夜の悪魔『サキュバス』であれば。

「くすくす。強力な領主だと聞いて来てみれば、とっても若い方でいらっしゃいますのね。おじさま系も好みですが、やっぱり情熱的で若々しい方が一番というもの。くすくすくす」

 こんな精気の持ち主を放っておくわけにはいかない、美味しくいただかなければ。そう考えたサキュバスはなるべく屋敷の者を起こさないように静かに行動し始めた。

 目標となる者以外の部屋は無視。階段を静かに上がって2階へ。そして彼女はレックスの部屋の前まで来て、ぺろりと舌なめずりをする。

「さて、強力な精の持ち主はこの部屋にいますわね? くんくん……いい匂いですわぁ。若くてたぎっていて、とても美味しそう。搾ってさしあげますわ、ぜんぶぜ~んぶ。後で精気はクリスタにも分けてさしあげましょう、くすくすくす」

 強力な精気を食べられると考えると、彼女の下腹部がきゅんと快感を待ちきれずに震えた。
 夢の中で舌を交わし、抱きしめ、そして口で飲み込み、下半身で食らう。目が覚めたのならその美貌で誘惑し、虚妄の言葉で愛し合う。サキュバス特有の贅沢な夜食だ。

「可愛い子ならいいですわね。それでは、こんばんは~」

 またもやドアを開けずに部屋の中へとひょいと侵入するサキュバス。
 だが、ドアを潜り抜けた瞬間に体にまとわりつく重力が一気にずんっと増し、体が地面へと叩きつけられた。

「いたたたっ!? いっ、いったい何が?」

 顔を上げれば、視界に映るのは先程通ったはずの玄関ホール。個室へのドアの先が玄関ホール? そんなことがあり得るわけがない。
 彼女は立ちあがってきょろきょろと不思議そうにあたりを見回す。そして2階へと続く階段の途中に誰かが立っていることに気づいた。

「ようこそ、夢の世界へ」

 この屋敷の領主の嫁にして、サキュバスメイド達の母であるマーガレットがそこにいた。くつくつとおかしそうに笑い、黒く長い髪をかき上げる。黄色の角が明かりに照らされ、ちらりと光を反射した。

「だ、誰ですの? 全員眠っていたというのに、まだみんな眠っている気配がするというのに。あなたは何者ですの!?」

 屋敷の者は全員眠っている気配。だというのにマーガレットは玄関ホールにいて、階段をゆっくりと降りてくる。その奇妙な現象に金髪ヘアーのサキュバスはうろたえた。

「眠っていた? 誰が? 夢でも見ているのか? ふふっ、さぁて、そんな都合の良い夢を見ているのはいったい誰かなぁ?」

 くるくると指を回し、侵入者であるサキュバスをマーガレットは指差す。
 彼女の言いたいことに気づいたサキュバスの顔が驚愕の色に染まる。認めたくないが、それが事実。

「嘘っ……これが夢!? ここ、全部夢の中ですの!? あり得ない、こんなリアルに、これだけの領域を!? さらにわたくしを……サキュバスをも巻き込む夢なんて!? じゃ、じゃあ、わたくしはこの家の外かこの玄関で眠って――」

「ふふっ、違和感が無いくらいよくできているであろう? 趣向を変えれば、ほらこの通り」

 一気に部屋の様相が変わり、いくつもの赤いろうそくの明かりで照らされた煉瓦の壁の部屋になる。
 体を縛るためのロープに、むちに、三角木馬に、体を張り付けるための十字架。さらにはおどろおどろしい棘付きの椅子や、爪を剥がすのに使うようなペンチまで置かれている。

「拷問室だ」

「ひっ!? あり得ませんわ! ただのサキュバスがこんな!」

「あり得るよ。妾の力をもってすればな」

 ワープしたかのように、一気に彼女達の距離が近くなる。あと数歩近づけば体が触れる距離だ。

「1つ付け加えておくか。妾はただのサキュバスではない、サキュバスクイーンだ。名はマーガレット。マーガレット・マクスウルブ」

 その黄色い瞳でサキュバスを見据え、マーガレットは愉快そうにニヤリと笑った。

「古き名は、マーガレット・ナイトメアル。これから短い間よろしく、か弱いサキュバスの端くれよ」
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