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サフィアの一日に負けない!③

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「何の音だ? 何が爆発したんだ? 母さんの部屋の方から――」

 爆発の音を聞きつけ、レックスは2階の廊下を駆ける。角を曲がった先にあったのは、ドアと廊下の隙間から大量の煙を吐き出す母マーガレットの調合室。

 レックスだけではなく、掃除をしていたアイヴィもすぐに駆け付ける。ヴァネッサは外にいたためか、空を飛んで開いた状態の窓から入ってきた。

「母さん! 何があったの!? 何だこの煙!? ゴホゴホ!」

「お母様! ご無事ですか! もしかすると、中で倒れていたり……」

「レックス君! アイヴィ! 大丈夫!? こ、この煙は!? 離れてて! 魔眼の念動力で煙とドアを吹き飛ばすよ!」

 ヴァネッサが右目にかかった髪をかき上げ、黄色の魔法陣が描かれた目を露出させる。だがそれらを吹き飛ばそうとしたところで、ドアが勝手に開いて廊下中の煙が中に吸い込まれた。

「なに、が?」

 ドアの真正面に立っていたヴァネッサが驚愕する。未だ煙が充満する調合室の中、ゆらりと揺れる影が見えた。

「おかあ、さま?」

 廊下と白煙に包まれた部屋でくっきりと分かれた境目。そこを一人の女性を背負った、水色の長い髪の女性が通り抜けた。
 ボディは非常にグラマラス。ヴァネッサ以上、あるいはマーガレット並みに豊満なボディで、出るとこは出て引っ込むところは引っ込んでいる。

 彼女は直前までメイド服だったような、中からはち切れたような黒いぼろきれをまとっている。
 胸や股間などの局所のみが隠されていて、美人を見慣れたレックスでも見惚れてしまうような美貌を持っていた。

 その女性は調合室のドアを完全にくぐると、背負っていたマーガレットを地面に降ろして寝かせる。

「だ、誰?」

「嫌ですのお兄様。この水のような髪をいつも見ているではありませんの? サフィアですのよ?」

 サフィアと名乗る成人女性はくすくすと笑い、肩にかかる水色の髪を優しくかき上げた。背中には水色の翼、さらにゆらゆらと揺れ動く少々長さの増した尻尾。

 確かにサキュバスメイド三姉妹の三女サフィアに面影は似ており、特徴は一致している。しかしこんなにも美しいプロポーションを持っているわけがない。

「嘘です、あなたがサフィアなわけがないでしょう。本物ならもっと小賢しく、もっと小さいです。それに幼いですし、今のあなたとは口調も全く違います」

 警戒したアイヴィが、いつでもサフィアと名乗る女性を投げ飛ばせるような姿勢をとりながらにじみよる。しかし、サフィアはもう一度くすくすと笑い戦闘に対応する姿勢すらとらない。

「アイヴィお姉様は私のことを疑いますの? ……うふふっ、ではアイヴィお姉様から先日受けた折檻の内容を話しましょうか? その内容を知るのは、私とアイヴィお姉様のだけのはずですの」

「むっ。一応、聞いておきましょうか」

「はい。それでは、ごにょごにょごにょ……」

 軽快にアイヴィへと近づき、受けたというその内容を耳打ちする。その内容を聞き終わったアイヴィは目を見開いて、今一度サフィアと名乗る女性をつま先から頭のてっぺんまで見返した。

「正しいです。本当に、サフィアなのですか? まったく別人ではないですか……」

 いつもの「にひひっ」といういたずら的な笑いではなく、上品な笑顔を浮かべてサフィアは「はい」と答えるのだった。


 時刻と場所が変わって応接室。母であるマーガレットは自室で寝せられ、今はアイヴィが看病している。
 マーガレットは様々な薬の薬効を一度に受けてしまったらしく、目覚めるのに時間がかかるようだ。

 応接室で赤いソファーにレックスとヴァネッサが隣同士で座る。その向かいで大人になったサフィアが優雅に紅茶を飲み、カップを皿の上に小さな音をたてて置いた。
 着替えはマーガレットの物を一時的に借りており、ゆったりとした黒の衣装だ。

 急激なサフィアの変化にレックスとヴァネッサは戸惑い、何の話題を出せば良いのか迷っていた。

 なぜその姿に? 小さい頃の(今の)サフィアは? 戻れるのか? というか本当にサフィア? いろいろな問いがぐるぐると頭の中を回り、むしろ黙るしかなくなる。
 その様子に気づいたのか、サフィアは自分の大きな胸に片手を当てて自分に何が起こったのか話し出した。

「私は正しくサフィア・マクスウルブでですの。母の薬と魔術の実験が失敗したことにより、サフィアが急激な成長を果たした……というより、未来の私と過去の私がなんやかんやで入れ替わっちゃったんですの」

「なんやかんやで」

「なんやかんやで、ですの」

 怪しさ抜群である。おかしそうにくすくすと笑い、サフィアはクッキーをつまむ。いつもの寝そべりながらというだらしない食べ方ではなく、上品で欠片すらこぼさないような食べ方だった。

 サフィアの身体的特徴を残していても、恵まれた豊かなボディや上品な性格・話し方には一切のそれらしさが残っていない。
 だが、その怪しいと感じる感覚すら見越してか、サフィアは艶然えんぜんと微笑んだ。

「信じられないようなら、色々話してさしあげますのよ? 例えばぁ」

「な、何かな」

 サフィアはヴァネッサの瞳をじいっと見て、またくすりと息を漏らして笑う。

「ヴァネッサお姉様の、お兄様コレクションがどこにあるのか言ってみたり」

「そ、それは駄目ぇ! 何で知っているの!? 本当にサフィア!?」

 椅子から身を急いで乗り出し、ヴァネッサはその話を強制終了させる。レックスはいったい何のコレクションだと思いつつも、それは無視してサフィアの話に集中する。

「だから申しているんですの。私はサフィアだと」

「サフィアなのは本当にわかったよ。でも、おかしいよ」

「おかしい?」

 いったい何が、とサフィアは笑顔のまま首を傾げる。だがその姿に惑わされず、ヴァネッサは違和感の正体を彼女へと伝える。

「うん、おかしい。さっきからどうしてフェロモンを意図的にわかりにくいレベルで放出し続けてるのかな? それに微弱なレベルの睡眠魔術を織り交ぜて、私達に向かって」

 ぴくり、とサフィアの笑顔が引きつく。にっこりとした笑顔から素の表情に戻って目を開けたサフィアは、厄介者を見るかのような目でヴァネッサを見た。

「あらあらあら? バレてしまったんですの。クキキキキ、クヒッ、クヒヒヒヒヒ」

「あなたは何を考えているの!? うっ……!?」

 立ち上がったヴァネッサがぐらりと揺れ、テーブルに上半身から勢いよく倒れ伏す。サフィアが何らかの魔術をかけたようで、顔すら動かすことのできなくなったヴァネッサの呼吸が、荒いものから落ち着いた静かな物へと変わっていく。

「あら、そういえばこの事実を伝えていませんでしたの。私はもうただのサキュバスではないですの。『サキュバスロード』のサフィア・マクスウルブ。サキュバスクイーンの下位種とはいえ、ただのサキュバスにどうにかできるものじゃありませんのよ?」

「そん、な」

「一瞬で眠らせると、意識レベルが下がりすぎて夢の世界へは連れていけませんの。残念ながらヴァネッサお姉様はここで脱落~」

 ヴァネッサのまぶたが閉じて、がくりとその意識が途絶えた。
 レックスはアイヴィを呼ぶために叫ぼうとした。得体のしれない気配を孕んだサフィアは、レックス一人でどうこうできるものではない。
 しかし、すぐにサフィアがテーブルにうつ伏せになったヴァネッサの首筋に鋭い爪を当て、呼べるものなら呼んでみろと脅す。

「アイヴィお姉様を呼ぼうものなら、ヴァネッサお姉様がどうにかなってしまいますの。くすくすくすくす。さぁ、たわむれましょう? お・に・い・さ・ま」
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