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第三十九話 悔しい……でもッ……!!

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「《催淫》をかけられることになるのは、あなた、エルヴァール=グッドフェロー氏ですよ!」
「はぁあああああ!?」

 さすがにそのひと言には以下略。

「おおお――お前ッ!」

 エルヴァール=グッドフェローはエリナに詰め寄りまくし立てた。対するエリナは涼しい顔だ。

「この僕に……このエルヴァール=グッドフェローに、《催淫》をかける、だとぅ!?」
「あれ? ええと……この流れ、一度やりませんでしたっけ?」

 あははははーと引きった愛想笑いを浮かべつつ、必死で後ずさりしながらエリナは『より正確な』説明をエルヴァール=グッドフェローに対してすることにした。

「あの……より正しく正確に言えば、あなた、エルヴァール=グッドフェロー氏は『通訳として採用された』んじゃなかったでしたっけ? 先程議長がそう宣言して、あなたも『それでよしとする』と同意されたものと記憶しているのですが……。議事録係に確認してみます?」

 ぐ、とうなる羽目になったのはエルヴァール=グッドフェローだ。動揺しているすきを見事にかれたアクロバティックなやり口だが、渋々うなずかざるを得ない。

「……いい、結構だ。だが……通訳係の意識を操った上での証言など、誰も信用しないぞ?」
「ち――違います違います!」

 エリナは慌てて顔の前でぶんぶんと手のひらを振ってみせる。

「言葉足らずで申し訳ございません。彼女――イシェナ嬢の《催淫》は、あくまで保険の意味だとお考え下さい」
「……保険とはどういう意味かね、エリナ弁護人?」

 グズヴィン議長もまた、エリナの真意が読み取れずに困惑した表情のまま問いかけた。エリナは頷き、誤解を解くための説明をはじめた。

「これからコボルドの未亡人(仮)に対して、いくつかの事実確認をさせていただくことになりますが、本人の証言をそのまま我々が汲み取ることはできません。そこに『通訳』というひとりの『存在』、ひとりの『意志』と『思惑』という異物が混入する危険性がありますよね?」

 つまり、嘘の証言――いいや、嘘の通訳をする可能性がある、と言いたいのだ。
 これにはエルヴァールも苦虫を嚙み潰したような渋い顔をして、むすり、と呟く。

「……この僕は、誇りにかけて嘘などつかない」
「ですよね。もちろんそうでしょうとも」

 エリナは済まなそうにエルヴァールの方へと向き直り、引き攣った形だけの笑みを浮かべた。

「ですが、傍聴人席にお集まりの方々、ひいては『七魔王』様方はどう思うでしょうか?」
「……何が言いたい? 見習い弁護人君?」

 エリナはすぐにはこたえずに、傍聴席へと視線を映して見回すと、歌うようにこう告げた。

「もし仮に、あなたを通訳として採用し、あなたが自由に語る言葉だけを、ただひとつの嘘偽りない真実だと信じることにする、としましょう。……ですが、こう考える方もきっといらっしゃるはずなのです――本当にあのコボルドがそう言ったのか、と。それはその高潔さで名声を博したエルヴァール氏にとって、あまりに不名誉なことではありませんか? いかがです?」
「この僕は、決して嘘などつかないと言っただろう!?」
「も、もちろん存じ上げております! どうか落ち着いて――」

 完全に腹を立てたらしいエルヴァールは、《白耳長族エルフ》らしい優雅なふるまいすら忘れ、その場にあぐらをかいて座り込んでしまったかと思うと腕組みして、ふん、と鼻息荒く言い放つ。

「お立場がお立場だけに、どうせ糾弾人側が有利になるような都合の良い通訳をするんだろう、と下種げす勘繰かんぐりをされる心無い方もこの世界にはわずかなりといるわけなのです。そこで――」
「……そこで? そこでどうするつもりなのかね、エリナ弁護人?」

 ドワーフ族のさがともいうべき好奇心を散々かきたてられたグズウィン議長が腰を浮かせてそう問うと、待ってましたとエリナは再び『彼女』の隣へと滑るように移動して、こう言った。

「ここにいらっしゃるサキュバスのイシェナ嬢に《催淫》をかけていただくのです! た・だ・し・! その《催淫》は、エルヴァール氏が真実でない言葉を口にした時にだけ! その威力を存分にふるうのであります! つまり、真実のみを語られる限りは無害なのですよ!」
「ははぁ、なるほど! そんな使い方があるとは、考えおったな! がはははは!」

 が、これで余計に不機嫌さを増したのはエルヴァールだった。

「な……に……!?」

 なんとも不愉快そうな表情をして、イシェナさんから少し距離を置くように後ずさった。

「この……高潔で黄金のごとく輝くこの僕に……この聴衆の前で醜態をさらせ、というのか!?」


 ハールマンさんからの聞きかじりだが――。


《白耳長族》は、他のどの種族と比べてもはるかにプライドが高く、特に感情をあらわにし、表情に浮かべたそれを他人に知られてしまうことは恥である、とする古くからの教えがまだ色濃く残っているのだ、と言う。そんな中において、なにごとにも派手さを伴い、時に激情に身を任せて行動する、若きエルヴァール=グッドフェローの振る舞いに難色を示す昔気質かたぎの《白耳長族》もまだまだ多い。

 しかしながら、そんなエルヴァール=グッドフェローであろうとも、ただひとつ、誰にも見せたくは、見られたくはないやましい感情がある。それこそが『快楽に溺れた恍惚』なのだ。


 ……い、いや、誰も見られたくはないだろうな。
 一部の特殊な性癖を持っている者を除けば。


「そんな……そんな怖ろしいことを……ッ! み、見習い弁護人君! き、君は悪魔か!?」

 とはいえやはり、エルヴァールたち《白耳長族》にとっては、殺された方がマシ、というレベルの事態らしい。今にも『くっ……! 殺せ!』と言い出しそうな悲壮なフンイキである。

「おや? どうしました?」

 エリナはここぞとばかりに普段の意趣返しをするつもりらしい。わった冷ややかな目、あざけるように左端だけ、くい、と上がった唇、マウント取りまくりの顎先。完全に顔つきがドS。

「この私が悪魔などではない『とるにたらない半端者』であることはご存知のはずでしょう?」
「うぐ――!」
「なにも問題ありませんよ」

 エリナは十分な成果に満足したのか、エルヴァールを拘束していた視線を反らし解放した。

「これは、あなたの潔白を証明するための、ちょっとした仕掛けなんですから。あなたの言葉そのままに、嘘偽りない言葉を伝えてもらえれば、誰ひとり、何ひとつ、失わずに済みます」
「ふ、ふん! ……そこのご令嬢には申し訳ないが、これは無駄足だ!」
「そうなることを我々も願っています。けれど――」

 エリナは突然エルヴァールの耳元に顔を寄せると、こう囁いた。


「悪魔は、いつでもあなたの背後に潜んで狙っていますよ……あなたの心に隙が生まれるのを」


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