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第117話 絶対無敵の『ヒーロー』(1) at 1995/7/14
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「あーもう、なんだか今日はやけに疲れちゃったよ……ったく」
「あはははは! あの後のハカセ、きょとーん、って顔しててお腹痛くなるくらい笑ったしー」
そう言いながら、こみあげてきた思い出し笑いにカラダを折りつつ、僕の背中をバシバシと遠慮なく何度も叩いてくるのはロコである。
テニス部はまだ練習中の様子だったし、どのみち純美子と顔を合わせるのは気まずいというか照れ臭かったので、家が近い者同士に別れての帰宅。となると、必然的に隣はロコになった。
「んー。でもさー」
眉をしかめて、顎に人差し指を当てて考え込むロコ。その横顔を夕陽が照らしている。
「そもそも、なんのハナシしてたのか、よく考えたらわかんないんだけど……? なんなの?」
「なっ――なんでも、ないって!」
「なんでもなくはないでしょ? ケンタが自分を好きになる、のとは違ったってことだからー」
「い、いいって! もう忘れてよ!」
それ以上追及されるのが嫌になった僕は、とっさに伸ばした手でロコの顎に添えられていた指を掴んで一気に引き寄せた。すると、バランスを崩してたたらを踏んだロコのオレンジ色に染まった顔が息もかかるくらいの位置に――思わず息が止まる。その時、時計の針も止まった。
「――!」
「ご! ごめ……ん!」
やがて、ロコはいつもと同じ、困ったような笑顔を浮かべて囁いた。
「なーに意識しちゃってんのよ。いまさらじゃない。こんなこと、昔はよくあったでしょ?」
「そ、そうだっけ?」
「えーと、いつだったっけなー……?」
ぷくり、と頬をふくらませてロコは記憶を探りつつ、身を起して再び顎先に指を置いた。その時僕は不思議となぜか、距離が離れてしまったことへの寂しさともどかしさを感じていた。
「……そうそう! ケンタと咲山団地の貯水池に行った時! 自転車のカギ落としちゃったー、って泣き出して、二人して水溜まりの中を手探りで探した時あったじゃない? あの時だよ!」
「思い出したかも……っていうか、よく覚えてるなー。あれって、小学校三年の頃じゃない?」
僕らの住むホー1号棟の前にも貯水池はあったのだけれど、頑丈な高い柵に囲まれていて入ることはできなかった。しかし、咲山団地行きバスの終点、折返し地点にあたるロータリーの脇にも貯水池があって、柵の一部に穴が空いていたから子どもなら忍び込めたのだった。
そこにはザリガニをはじめいろんな生物が取り放題というウワサで、ある時、ロコに強引に誘われて行くことになった。奥まで行くともう戻れない『タイムトンネル』と呼ばれる謎の穴(真実は単なる取水口だったのだが)もあると聞かされ、少し怖気づいていたのを覚えている。
『ケンタ、遅いぞー! 置いてっちゃうよー!』
『ま、待ってよ、ロコちゃん! まだ自転車、うまく乗れなくって――!』
咲山団地の貯水池は、小学三年の二人にとってはかなり遠い距離にあった。小学校二年の一学期まで二十三区内にいた僕は、町田に来てからやっと本格的に自転車に乗り始めたばかりで補助輪を外すのも人一倍遅かった。それもあって天性の野生児、ロコにはまるで敵わなかったのだ。
その差は、貯水池の中に入ってからも縮まらなかった。
『ケンタ、水の中まで入らないとなんにも捕まえられないってー。早くこっち来なよー!』
『え……だって……もし深かったらどうするのさ? それに……なんとなく汚いし……』
なんともお恥ずかしいハナシだけれど、都会生まれの引っ込み思案のもやしっ子だった僕は、ザリガニ取りなんてワイルドな遊びは初経験だった。そもそも、子どもだけでこんな遠くまで自転車で出かけたこともない。すべてが未知で、ちっぽけな虚勢すら張れないほど怯えていた。
そう、その後だ。
そろそろ陽も暮れて、夕焼けチャイムが鳴ったから帰ろう、という段になったタイミングで、
『んー? どうしたの? ケンタ?』
『カギが……ない……。ポケットに入れてたカギがないんだ……。ロコちゃん、どうしよう!』
「あはははは! あの後のハカセ、きょとーん、って顔しててお腹痛くなるくらい笑ったしー」
そう言いながら、こみあげてきた思い出し笑いにカラダを折りつつ、僕の背中をバシバシと遠慮なく何度も叩いてくるのはロコである。
テニス部はまだ練習中の様子だったし、どのみち純美子と顔を合わせるのは気まずいというか照れ臭かったので、家が近い者同士に別れての帰宅。となると、必然的に隣はロコになった。
「んー。でもさー」
眉をしかめて、顎に人差し指を当てて考え込むロコ。その横顔を夕陽が照らしている。
「そもそも、なんのハナシしてたのか、よく考えたらわかんないんだけど……? なんなの?」
「なっ――なんでも、ないって!」
「なんでもなくはないでしょ? ケンタが自分を好きになる、のとは違ったってことだからー」
「い、いいって! もう忘れてよ!」
それ以上追及されるのが嫌になった僕は、とっさに伸ばした手でロコの顎に添えられていた指を掴んで一気に引き寄せた。すると、バランスを崩してたたらを踏んだロコのオレンジ色に染まった顔が息もかかるくらいの位置に――思わず息が止まる。その時、時計の針も止まった。
「――!」
「ご! ごめ……ん!」
やがて、ロコはいつもと同じ、困ったような笑顔を浮かべて囁いた。
「なーに意識しちゃってんのよ。いまさらじゃない。こんなこと、昔はよくあったでしょ?」
「そ、そうだっけ?」
「えーと、いつだったっけなー……?」
ぷくり、と頬をふくらませてロコは記憶を探りつつ、身を起して再び顎先に指を置いた。その時僕は不思議となぜか、距離が離れてしまったことへの寂しさともどかしさを感じていた。
「……そうそう! ケンタと咲山団地の貯水池に行った時! 自転車のカギ落としちゃったー、って泣き出して、二人して水溜まりの中を手探りで探した時あったじゃない? あの時だよ!」
「思い出したかも……っていうか、よく覚えてるなー。あれって、小学校三年の頃じゃない?」
僕らの住むホー1号棟の前にも貯水池はあったのだけれど、頑丈な高い柵に囲まれていて入ることはできなかった。しかし、咲山団地行きバスの終点、折返し地点にあたるロータリーの脇にも貯水池があって、柵の一部に穴が空いていたから子どもなら忍び込めたのだった。
そこにはザリガニをはじめいろんな生物が取り放題というウワサで、ある時、ロコに強引に誘われて行くことになった。奥まで行くともう戻れない『タイムトンネル』と呼ばれる謎の穴(真実は単なる取水口だったのだが)もあると聞かされ、少し怖気づいていたのを覚えている。
『ケンタ、遅いぞー! 置いてっちゃうよー!』
『ま、待ってよ、ロコちゃん! まだ自転車、うまく乗れなくって――!』
咲山団地の貯水池は、小学三年の二人にとってはかなり遠い距離にあった。小学校二年の一学期まで二十三区内にいた僕は、町田に来てからやっと本格的に自転車に乗り始めたばかりで補助輪を外すのも人一倍遅かった。それもあって天性の野生児、ロコにはまるで敵わなかったのだ。
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『ケンタ、水の中まで入らないとなんにも捕まえられないってー。早くこっち来なよー!』
『え……だって……もし深かったらどうするのさ? それに……なんとなく汚いし……』
なんともお恥ずかしいハナシだけれど、都会生まれの引っ込み思案のもやしっ子だった僕は、ザリガニ取りなんてワイルドな遊びは初経験だった。そもそも、子どもだけでこんな遠くまで自転車で出かけたこともない。すべてが未知で、ちっぽけな虚勢すら張れないほど怯えていた。
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そろそろ陽も暮れて、夕焼けチャイムが鳴ったから帰ろう、という段になったタイミングで、
『んー? どうしたの? ケンタ?』
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