389 / 539
第387話 マイ・ファースト・パーティー(2) at 1995/12/23
しおりを挟む
「うーん、どこだったかな……? ああ、あったあった! ほら、これだよ、見るかい?」
ひと通りパーティーの準備ができたところで、笙パパは僕らにマスカットに似た香気を立ち昇らせる熱い紅茶をふるまいながら、例のアトリエ部屋から一冊のアルバムを持ってきた。僕は飲みかけのティーカップを一気にあおり――熱っ!――悶絶しつつもアルバムを覗き込む。
そこには。
「うわあ、凄いや……! いわゆる肖像画とは違うんですね。少女のいる風景画というか――」
「そうだね。主役は琴ちゃんだけど、僕はあくまで『日常の風景』を切り取って描いてるから」
1ページ目の絵が描かれたのは病室だ。真っ白な部屋に真っ白で簡素なパイプベッドが置いてあって、その上で純白のシーツにくるまって拗ねた表情をしている少女がいる。歳の頃は幼稚園の年長さんくらいだろうか。むき出しになったマットレスの隅に黄色い帽子が落ちていた。
2ページ目はもう少し後、小学校に上がりたての少女が新品の真っ赤なランドセルを背負って鉄棒で前回りをしているシーンの、逆さになった一瞬をとらえたストップモーションだ。でも留め具が開いたままだったからか、ランドセルの中の買ってもらったばかりの文房具をぶちまけてしまったらしい。あれ? と悪びれもせず、不思議そうな顔をして眉をしかめている。
3ページ以降も少女の絵は続き、少しずつ、ちょびっとずつ少女は成長してオトナになっていく。
が、11ページ目を開いた時、思わず僕の手と息が止まった。
「それは………………つづみさん――琴ちゃんのママが死んだ日だ」
1ページ目に似た病室の光景。横たわり、かすかに口端に笑みを張りつけたまま、動かなくなってしまった優しい表情の女性の横で、顔をうずめて泣いている少女。あまりに寂しい絵だ。
「つづみさんは僕の妻で、琴ちゃんのママだ。琴ちゃんを出産したあとの体調が思わしくなくてね。ずっと病院暮らしだったんだ。元々カラダの弱い女性だったからね、カノジョは――」
笙パパの声は囁きのようにか細く、優しかった。
愛しむようにページを撫でてから、続ける。
「この時からさ。僕が描いた絵はすべて、懇意にしている神社に奉納することに決めたんだよ」
「奉納……神への供物として捧げる、という意味でしたよね?」
「うん、そうだね、弓之助君」
うなずく笙パパの目はアルバムのページに向けられていたが、どこも見ていないようだった。
「ちょうどこの時期、偶然琴ちゃんが怪我をしちゃってね。ついでに血液型を調べてみようと、と血液検査のお願いをしたら、どうやら慢性骨髄性白血病だってことがわかっちゃったんだ。それで、願掛けの意味もこめて、ね。きっと治りますように。ずっと一緒にいられますように」
僕らは――何も言えなかった。
「ああ……ごめんね。なんだかこんなハナシになっちゃって。まあ、そういうわけだから、琴ちゃんを描いた絵は、僕たちのこの家の中にはないんだ。だからこうして写真に残しているのさ」
「奉納した神社はどこなんです?」
「ああ、それは――」
それまでフツーに話していた笙パパだったのだが――。
なぜだか急にとまどいの色を浮かべた。
「それは……それはね………………あ、あれ? おかしいな……神社なのはたしかなんだけど」
「それは、菅原神社ではないでしょうか?」
「ええと……たぶん、そうじゃないかな。うん、きっとそうだ。はは、ありがとう、弓之助君」
渋田や佐倉君は、えー! 忘れますー!? などと盛り上がっていたが、僕は違っていた。
恐らく、水無月さんを描いた絵を神社に奉納するのは、『リトライ』の『ループ』の中では必ず起こる出来事なのだろう。
だがしかし、カノジョを含めた水無月家がいつも同じ場所、同じ地域、どころか同じ時間軸に出現するのかは不確定なのかもしれない。以前コトセが言っていたように、『僕らの時間に現れたのはこれがはじめてで、恐らく二度目はない』なのだから。
つまり、その『ループ』に巻き込まれている笙パパの記憶も、毎回変動しているに違いない。
ひと通りパーティーの準備ができたところで、笙パパは僕らにマスカットに似た香気を立ち昇らせる熱い紅茶をふるまいながら、例のアトリエ部屋から一冊のアルバムを持ってきた。僕は飲みかけのティーカップを一気にあおり――熱っ!――悶絶しつつもアルバムを覗き込む。
そこには。
「うわあ、凄いや……! いわゆる肖像画とは違うんですね。少女のいる風景画というか――」
「そうだね。主役は琴ちゃんだけど、僕はあくまで『日常の風景』を切り取って描いてるから」
1ページ目の絵が描かれたのは病室だ。真っ白な部屋に真っ白で簡素なパイプベッドが置いてあって、その上で純白のシーツにくるまって拗ねた表情をしている少女がいる。歳の頃は幼稚園の年長さんくらいだろうか。むき出しになったマットレスの隅に黄色い帽子が落ちていた。
2ページ目はもう少し後、小学校に上がりたての少女が新品の真っ赤なランドセルを背負って鉄棒で前回りをしているシーンの、逆さになった一瞬をとらえたストップモーションだ。でも留め具が開いたままだったからか、ランドセルの中の買ってもらったばかりの文房具をぶちまけてしまったらしい。あれ? と悪びれもせず、不思議そうな顔をして眉をしかめている。
3ページ以降も少女の絵は続き、少しずつ、ちょびっとずつ少女は成長してオトナになっていく。
が、11ページ目を開いた時、思わず僕の手と息が止まった。
「それは………………つづみさん――琴ちゃんのママが死んだ日だ」
1ページ目に似た病室の光景。横たわり、かすかに口端に笑みを張りつけたまま、動かなくなってしまった優しい表情の女性の横で、顔をうずめて泣いている少女。あまりに寂しい絵だ。
「つづみさんは僕の妻で、琴ちゃんのママだ。琴ちゃんを出産したあとの体調が思わしくなくてね。ずっと病院暮らしだったんだ。元々カラダの弱い女性だったからね、カノジョは――」
笙パパの声は囁きのようにか細く、優しかった。
愛しむようにページを撫でてから、続ける。
「この時からさ。僕が描いた絵はすべて、懇意にしている神社に奉納することに決めたんだよ」
「奉納……神への供物として捧げる、という意味でしたよね?」
「うん、そうだね、弓之助君」
うなずく笙パパの目はアルバムのページに向けられていたが、どこも見ていないようだった。
「ちょうどこの時期、偶然琴ちゃんが怪我をしちゃってね。ついでに血液型を調べてみようと、と血液検査のお願いをしたら、どうやら慢性骨髄性白血病だってことがわかっちゃったんだ。それで、願掛けの意味もこめて、ね。きっと治りますように。ずっと一緒にいられますように」
僕らは――何も言えなかった。
「ああ……ごめんね。なんだかこんなハナシになっちゃって。まあ、そういうわけだから、琴ちゃんを描いた絵は、僕たちのこの家の中にはないんだ。だからこうして写真に残しているのさ」
「奉納した神社はどこなんです?」
「ああ、それは――」
それまでフツーに話していた笙パパだったのだが――。
なぜだか急にとまどいの色を浮かべた。
「それは……それはね………………あ、あれ? おかしいな……神社なのはたしかなんだけど」
「それは、菅原神社ではないでしょうか?」
「ええと……たぶん、そうじゃないかな。うん、きっとそうだ。はは、ありがとう、弓之助君」
渋田や佐倉君は、えー! 忘れますー!? などと盛り上がっていたが、僕は違っていた。
恐らく、水無月さんを描いた絵を神社に奉納するのは、『リトライ』の『ループ』の中では必ず起こる出来事なのだろう。
だがしかし、カノジョを含めた水無月家がいつも同じ場所、同じ地域、どころか同じ時間軸に出現するのかは不確定なのかもしれない。以前コトセが言っていたように、『僕らの時間に現れたのはこれがはじめてで、恐らく二度目はない』なのだから。
つまり、その『ループ』に巻き込まれている笙パパの記憶も、毎回変動しているに違いない。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】年収三百万円台のアラサー社畜と総資産三億円以上の仮想通貨「億り人」JKが湾岸タワーマンションで同棲したら
瀬々良木 清
ライト文芸
主人公・宮本剛は、都内で働くごく普通の営業系サラリーマン。いわゆる社畜。
タワーマンションの聖地・豊洲にあるオフィスへ通勤しながらも、自分の給料では絶対に買えない高級マンションたちを見上げながら、夢のない毎日を送っていた。
しかしある日、会社の近所で苦しそうにうずくまる女子高生・常磐理瀬と出会う。理瀬は女子高生ながら仮想通貨への投資で『億り人』となった天才少女だった。
剛の何百倍もの資産を持ち、しかし心はまだ未完成な女子高生である理瀬と、日に日に心が枯れてゆくと感じるアラサー社畜剛が織りなす、ちぐはぐなラブコメディ。
お兄ちゃんはお兄ちゃんだけど、お兄ちゃんなのにお兄ちゃんじゃない!?
すずなり。
恋愛
幼いころ、母に施設に預けられた鈴(すず)。
お母さん「病気を治して迎えにくるから待ってて?」
その母は・・迎えにくることは無かった。
代わりに迎えに来た『父』と『兄』。
私の引き取り先は『本当の家』だった。
お父さん「鈴の家だよ?」
鈴「私・・一緒に暮らしていいんでしょうか・・。」
新しい家で始まる生活。
でも私は・・・お母さんの病気の遺伝子を受け継いでる・・・。
鈴「うぁ・・・・。」
兄「鈴!?」
倒れることが多くなっていく日々・・・。
そんな中でも『恋』は私の都合なんて考えてくれない。
『もう・・妹にみれない・・・。』
『お兄ちゃん・・・。』
「お前のこと、施設にいたころから好きだった・・・!」
「ーーーーっ!」
※本編には病名や治療法、薬などいろいろ出てきますが、全て想像の世界のお話です。現実世界とは一切関係ありません。
※コメントや感想などは受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
※孤児、脱字などチェックはしてますが漏れもあります。ご容赦ください。
※表現不足なども重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけたら幸いです。(それはもう『へぇー・・』ぐらいに。)
クラスメイトの王子様系女子をナンパから助けたら。
桜庭かなめ
恋愛
高校2年生の白石洋平のクラスには、藤原千弦という女子生徒がいる。千弦は美人でスタイルが良く、凛々しく落ち着いた雰囲気もあるため「王子様」と言われて人気が高い。千弦とは教室で挨拶したり、バイト先で接客したりする程度の関わりだった。
とある日の放課後。バイトから帰る洋平は、駅前で男2人にナンパされている千弦を見つける。普段は落ち着いている千弦が脚を震わせていることに気付き、洋平は千弦をナンパから助けた。そのときに洋平に見せた笑顔は普段みんなに見せる美しいものではなく、とても可愛らしいものだった。
ナンパから助けたことをきっかけに、洋平は千弦との関わりが増えていく。
お礼にと放課後にアイスを食べたり、昼休みに一緒にお昼ご飯を食べたり、お互いの家に遊びに行ったり。クラスメイトの王子様系女子との温かくて甘い青春ラブコメディ!
※特別編4が完結しました!(2026.2.22)
※小説家になろうとカクヨムでも公開しています。
※お気に入り登録、いいね、感想などお待ちしております。
むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム
ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。
けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。
学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!?
大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。
真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。
陰キャの俺が学園のアイドルがびしょびしょに濡れているのを見てしまった件
暁ノ鳥
キャラ文芸
陰キャの俺は見てしまった。雨の日、校舎裏で制服を濡らし恍惚とする学園アイドルの姿を。「見ちゃったのね」――その日から俺は彼女の“秘密の共犯者”に!? 特殊な性癖を持つ彼女の無茶な「実験」に振り回され、身も心も支配される日々の始まり。二人の禁断の関係の行方は?。二人の禁断の関係が今、始まる!
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗@オートスキル第1巻発売中
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる