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第452話 サニー・デイ・ホリデイ(1) at 1996/2/12
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「わぁ、海だぁ!」
振替休日の今日は、ひさしぶりの純美子とのおでかけデートだ。
流れる車窓からは日ざしが差し込み、キラキラと輝く湘南の海が見える。そのキラキラを瞳に宿した純美子が、となりに座っている僕に、ね? と笑顔を向けた。僕も照れ気味で笑った。
小田急線『藤沢駅』で乗り換えた僕らが乗っているのは、江ノ島電鉄――通称『江ノ電』だ。
いや、むしろ『江ノ電』の方が正式名というか、広く一般的に知られている名前かもしれない。
「スミね? 小さい頃に乗ったんだけど、その時から大好きなの、この電車。かわいいよね?」
「短い車両編成で、のんびり走るもんね。色も派手じゃないし、控えめなところがスキだなぁ」
「うんうん。だよねー。……はわっ!?」
僕の方へ振り返って話していた隙に、電車は海沿いの道を離れ、民家が立ち並ぶエリアに入っていたようだ。すぐ目の前にあるようにも錯覚してしまう軒先の洗濯物に純美子が驚いて、慌てて窓から離れようとのけぞったところで僕と目が合った。思わず、ぷっ、とふき出す二人。
「あははは。おもしろいよね、なんだかお茶の間のど真ん中をお邪魔して走ってるみたいでさ」
「ね! ね! ケンタ君! あそこのおウチ、線路側に玄関があるよ! ほら、あそこにも!」
「うわ、ホントだ! 新聞配達とか郵便とかどうするんだろう……?」
いくらのんびり運転の『江ノ電』とはいえ、配達員も油断はできないな……。
けれど、この日常ととことん一体化している光景こそが『江ノ電』の魅力のひとつでもある。
「見飽きないよね。僕『江ノ電』に乗ると、とたんに精神年齢が下がる気がするんだけど……」
「わかるー! スミも、靴脱いで座席にあがりたいもん! ……ダメ?」
「やめなさい。おっきくなったんだから」
やんわりとたしなめたとたん、純美子は子どもじみた仕草で頬を、ぷくー、とふくらませた。
「スミ、まだまだ子どもだもーん! あ……ケンタ君、変なところ見ながら言ってませーん?」
「みっ! 見てません言ってません!」
言われると逆に見ちゃうからね!
今日の純美子は、赤いタートルニットに膝丈のフレアスカートを合わせたいでたち。黒のタイツに、少し背伸びした踵の高い黒のローファー、太めのベルトに光る銀のバックルがなんともオトナっぽい。そう、たしか『フレンチカジュアル』ってヤツだ。
(地味でおとなしい清純派文学少女、か……。僕は純美子のこと、ぜんぜん知らなかったんだな)
四〇歳になった今だからこそ、そう思える余裕が僕にもできたのかもしれない。
あの頃僕は、勉強することだけが自分を証明できる方法だと思っていた――思い込んでいた。
他にそのすべを知らなかったから。
誰かに認めてもらいたい――褒めてもらいたい、そして笑ってほしい――なかでも僕が褒めてほしかった、喜んで欲しかったのは両親だったのだろう。
苦労に苦労を重ねて僕を育て上げてくれた両親は、高校を出るとすぐに上京し、手に職をつけるため親父はタクシーの運転手に、お袋は洋裁のパターンナーになるため、半ば住み込みのようなカタチでそれぞれの会社に転がり込んだ。二人とも兄弟姉妹が多く、実父を戦争で失くしていたこともあって家の中に居場所がなくて、経済的に進学する余裕もなかったのだ。
だから僕が、勉強が得意でいい成績をとってくるようになると、決まって自分のことのように親戚中に自慢していたものだ。もしかすると、自分たちができなかったことを僕に重ね合わせて、それが実現していくさまが嬉しかったのかもしれない。親父もお袋もことあるたびに言っていた――勉強ができないとオトナになってから後悔する、俺たち私たちみたいに、と。
正直に言って、この頃親父とお袋の仲は良好とはいえず、ことあるたびに喧嘩を繰り返していた。一番の要因は親父の酒癖の悪さだ。仕事中、親父は不運なもらい事故をした。それからすぐ親父はカラダの不調を訴えるようになり、毎夜深酒をしてはお袋に当たるようになった。
そんな二人を見ているうちに僕は、二人がいつでも笑っているためには、ひたすら勉強して、誰にも負けないいい成績をとり続けるしかない――と思うようになってしまったのだった。
振替休日の今日は、ひさしぶりの純美子とのおでかけデートだ。
流れる車窓からは日ざしが差し込み、キラキラと輝く湘南の海が見える。そのキラキラを瞳に宿した純美子が、となりに座っている僕に、ね? と笑顔を向けた。僕も照れ気味で笑った。
小田急線『藤沢駅』で乗り換えた僕らが乗っているのは、江ノ島電鉄――通称『江ノ電』だ。
いや、むしろ『江ノ電』の方が正式名というか、広く一般的に知られている名前かもしれない。
「スミね? 小さい頃に乗ったんだけど、その時から大好きなの、この電車。かわいいよね?」
「短い車両編成で、のんびり走るもんね。色も派手じゃないし、控えめなところがスキだなぁ」
「うんうん。だよねー。……はわっ!?」
僕の方へ振り返って話していた隙に、電車は海沿いの道を離れ、民家が立ち並ぶエリアに入っていたようだ。すぐ目の前にあるようにも錯覚してしまう軒先の洗濯物に純美子が驚いて、慌てて窓から離れようとのけぞったところで僕と目が合った。思わず、ぷっ、とふき出す二人。
「あははは。おもしろいよね、なんだかお茶の間のど真ん中をお邪魔して走ってるみたいでさ」
「ね! ね! ケンタ君! あそこのおウチ、線路側に玄関があるよ! ほら、あそこにも!」
「うわ、ホントだ! 新聞配達とか郵便とかどうするんだろう……?」
いくらのんびり運転の『江ノ電』とはいえ、配達員も油断はできないな……。
けれど、この日常ととことん一体化している光景こそが『江ノ電』の魅力のひとつでもある。
「見飽きないよね。僕『江ノ電』に乗ると、とたんに精神年齢が下がる気がするんだけど……」
「わかるー! スミも、靴脱いで座席にあがりたいもん! ……ダメ?」
「やめなさい。おっきくなったんだから」
やんわりとたしなめたとたん、純美子は子どもじみた仕草で頬を、ぷくー、とふくらませた。
「スミ、まだまだ子どもだもーん! あ……ケンタ君、変なところ見ながら言ってませーん?」
「みっ! 見てません言ってません!」
言われると逆に見ちゃうからね!
今日の純美子は、赤いタートルニットに膝丈のフレアスカートを合わせたいでたち。黒のタイツに、少し背伸びした踵の高い黒のローファー、太めのベルトに光る銀のバックルがなんともオトナっぽい。そう、たしか『フレンチカジュアル』ってヤツだ。
(地味でおとなしい清純派文学少女、か……。僕は純美子のこと、ぜんぜん知らなかったんだな)
四〇歳になった今だからこそ、そう思える余裕が僕にもできたのかもしれない。
あの頃僕は、勉強することだけが自分を証明できる方法だと思っていた――思い込んでいた。
他にそのすべを知らなかったから。
誰かに認めてもらいたい――褒めてもらいたい、そして笑ってほしい――なかでも僕が褒めてほしかった、喜んで欲しかったのは両親だったのだろう。
苦労に苦労を重ねて僕を育て上げてくれた両親は、高校を出るとすぐに上京し、手に職をつけるため親父はタクシーの運転手に、お袋は洋裁のパターンナーになるため、半ば住み込みのようなカタチでそれぞれの会社に転がり込んだ。二人とも兄弟姉妹が多く、実父を戦争で失くしていたこともあって家の中に居場所がなくて、経済的に進学する余裕もなかったのだ。
だから僕が、勉強が得意でいい成績をとってくるようになると、決まって自分のことのように親戚中に自慢していたものだ。もしかすると、自分たちができなかったことを僕に重ね合わせて、それが実現していくさまが嬉しかったのかもしれない。親父もお袋もことあるたびに言っていた――勉強ができないとオトナになってから後悔する、俺たち私たちみたいに、と。
正直に言って、この頃親父とお袋の仲は良好とはいえず、ことあるたびに喧嘩を繰り返していた。一番の要因は親父の酒癖の悪さだ。仕事中、親父は不運なもらい事故をした。それからすぐ親父はカラダの不調を訴えるようになり、毎夜深酒をしてはお袋に当たるようになった。
そんな二人を見ているうちに僕は、二人がいつでも笑っているためには、ひたすら勉強して、誰にも負けないいい成績をとり続けるしかない――と思うようになってしまったのだった。
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