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シーズン2 私の邪悪な魔法使いの友人の弟子
第六章 1)ギャラック家の深刻な悩み 長子ブルーノの章
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ギャラック家の長子、ブルーノは毎夜、悪夢にうなされている。
いや、それは果たして夢なのだろうか。現実と夢との区別が曖昧だ。錯乱の中、半狂乱で走っている間に、彼は現実と夢との境界を、それと気づかぬままに跨ぎ越しているようである。
昨日の夜、目も鼻も口もない、黄色い顔の人間の大群に追いかけられたが、それは夢の中の出来事だったのか。それとも現実だったのか。
しかし今、足元にその黄色い顔の人間たちが死んでいるではないか。いや、よく見て見るとそれほど黄色い色ではない。ありきたりな人の色。しっかりと目と鼻と口もある。
顔を上げると、ブルーノをとても悲しそうに俺を見つめる家臣たちの姿。そして自分の手に握られた血塗れの剣。血の匂い、臓腑の匂い。
吐き気と共に、現実が押し寄せてくる。
(ああ、そうか)
ブルーノは知らない民家にいる自分に気づく。錯乱の中、屋敷を出て、どこかの民家に侵入してしまったようだ。そして五人、六人ほどの人を殺してしまった。いや、この部屋の隅に、まだ倒れている人がいるから、合計で七人か。
ブルーノはこのような錯乱の中、妻も殺してしまった。
「どうして俺を自由にした。暴れ始めたら容赦はいらない。鉄の鎖で縛ってくれ。これ以上、無垢な人間を殺したくないのだ・・・」
何度も頼んでいるではないか。なぜそれを実行してくれないのだ!
後悔は怒りに変わる。ブルーノは血塗られた剣を放り投げ、家臣たちに怒鳴る。
ブルーノは普段、鉄格子の向こうで暮らしていた。自分の屋敷の部屋を鉄格子で囲んだのである。いつ、どのタイミングで自分が理性を失ってしまうのか判断がつかないから、彼は自らで自分の自由を奪った。
一度、錯乱すると、周りにいる全ての者たちが、自分を害しようとする敵に見える。おぞましい化け物に見える。おぞましい化け物が自分に襲い掛かってくるのであるから、当然、ブルーノは剣を持って戦う。
ブルーノは体格に優れたほうではない。力が強くもない。魔法が使えるわけでもない。剣の訓練を積んだことのあるだけの中肉中背の青年だ。
しかしその錯乱の間、彼は一匹の恐ろしい野獣に変貌するようであった。実際、鉄格子は破られ、鉄の鎖は引き千切られていた。彼はあらゆる拘束から逃れ、武器を振り回している。
(もうたくさんだ。俺はこれ以上、誰も殺したくはない)
ブルーノは心の底からそう願う。彼は自分が殺してしまった無辜の人々を哀悼する。
しかしそれと同時に、激しい憎悪も湧き上がってくる。
(いや、ただ一人を除いて! ボーアホーブ家の長子、アラン。あの男だけは、この手で、何としてでも殺す!)
アランへの恨み、それを思い起こすと、ブルーノは目の前が怒りで真っ赤に染まり、自分が無駄に殺してしまった死者への哀悼ですら、どうでもよくなった。
この怒りがあるからこそ、どんなに人を殺してしまっても、罪の意識を感じないで済むのかもしれない。
(俺はあのとき、何を見たのだろうか?)
数年前、ブルーノの率いるギャラック家の兵は、ボーアホーブの居城まであと一歩まで迫ったのだ。
全ての戦いで連戦連勝を重ね、昔年のライバルであったボーアホーブ家を滅亡させる寸前まで来ていた。
しかしボーアホーブ家の長子アランが率いる僅かな兵と、そしてその隣にいた魔法使い。あの男によって、全ての計画は狂った。
(俺はあのとき、何を見たのだろうか?)
あのとき、ブルーノは武器を放り投げ、死に物狂いで戦場から逃げた。
そして今の今でも、そのとき感じた恐怖から逃げ続けている。
いや、それは果たして夢なのだろうか。現実と夢との区別が曖昧だ。錯乱の中、半狂乱で走っている間に、彼は現実と夢との境界を、それと気づかぬままに跨ぎ越しているようである。
昨日の夜、目も鼻も口もない、黄色い顔の人間の大群に追いかけられたが、それは夢の中の出来事だったのか。それとも現実だったのか。
しかし今、足元にその黄色い顔の人間たちが死んでいるではないか。いや、よく見て見るとそれほど黄色い色ではない。ありきたりな人の色。しっかりと目と鼻と口もある。
顔を上げると、ブルーノをとても悲しそうに俺を見つめる家臣たちの姿。そして自分の手に握られた血塗れの剣。血の匂い、臓腑の匂い。
吐き気と共に、現実が押し寄せてくる。
(ああ、そうか)
ブルーノは知らない民家にいる自分に気づく。錯乱の中、屋敷を出て、どこかの民家に侵入してしまったようだ。そして五人、六人ほどの人を殺してしまった。いや、この部屋の隅に、まだ倒れている人がいるから、合計で七人か。
ブルーノはこのような錯乱の中、妻も殺してしまった。
「どうして俺を自由にした。暴れ始めたら容赦はいらない。鉄の鎖で縛ってくれ。これ以上、無垢な人間を殺したくないのだ・・・」
何度も頼んでいるではないか。なぜそれを実行してくれないのだ!
後悔は怒りに変わる。ブルーノは血塗られた剣を放り投げ、家臣たちに怒鳴る。
ブルーノは普段、鉄格子の向こうで暮らしていた。自分の屋敷の部屋を鉄格子で囲んだのである。いつ、どのタイミングで自分が理性を失ってしまうのか判断がつかないから、彼は自らで自分の自由を奪った。
一度、錯乱すると、周りにいる全ての者たちが、自分を害しようとする敵に見える。おぞましい化け物に見える。おぞましい化け物が自分に襲い掛かってくるのであるから、当然、ブルーノは剣を持って戦う。
ブルーノは体格に優れたほうではない。力が強くもない。魔法が使えるわけでもない。剣の訓練を積んだことのあるだけの中肉中背の青年だ。
しかしその錯乱の間、彼は一匹の恐ろしい野獣に変貌するようであった。実際、鉄格子は破られ、鉄の鎖は引き千切られていた。彼はあらゆる拘束から逃れ、武器を振り回している。
(もうたくさんだ。俺はこれ以上、誰も殺したくはない)
ブルーノは心の底からそう願う。彼は自分が殺してしまった無辜の人々を哀悼する。
しかしそれと同時に、激しい憎悪も湧き上がってくる。
(いや、ただ一人を除いて! ボーアホーブ家の長子、アラン。あの男だけは、この手で、何としてでも殺す!)
アランへの恨み、それを思い起こすと、ブルーノは目の前が怒りで真っ赤に染まり、自分が無駄に殺してしまった死者への哀悼ですら、どうでもよくなった。
この怒りがあるからこそ、どんなに人を殺してしまっても、罪の意識を感じないで済むのかもしれない。
(俺はあのとき、何を見たのだろうか?)
数年前、ブルーノの率いるギャラック家の兵は、ボーアホーブの居城まであと一歩まで迫ったのだ。
全ての戦いで連戦連勝を重ね、昔年のライバルであったボーアホーブ家を滅亡させる寸前まで来ていた。
しかしボーアホーブ家の長子アランが率いる僅かな兵と、そしてその隣にいた魔法使い。あの男によって、全ての計画は狂った。
(俺はあのとき、何を見たのだろうか?)
あのとき、ブルーノは武器を放り投げ、死に物狂いで戦場から逃げた。
そして今の今でも、そのとき感じた恐怖から逃げ続けている。
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※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位)
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