どうぶつの楽器屋さん(ファーストシーズン)

@taka29

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くまあらし

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本来なら、バイオリンを修理するときは、専門の工房に出すのが一般的らしい。え?飛び出したキヌコがどうなったかですって?……サインもらって普通に戻ってきたよ。
クマが狐を襲うわけないじゃん(笑)

十本の爪が、自然とショパンのノクターンを弾き始めた。
数小節を弾いてキツナは演奏を止めた。
翌日の午後、昼下がりのことである。夏祭りの一件以来、キツナは手が空いた時間にピアノに触れるようになった。指の動きを確認するように、鍵盤の上でゆっくりと滑らせる。

キツナが触れている時、スカンクウェイ・アンド・サンズの白鍵はまるで生き物のように艶めいていた。音を確かめる為に何度か試し打ちをしたところで、涼しい音色で玄関ベルが鳴った。来客のようだ。

「やりますわね(ニコッ)」声の主の姿が見えた瞬間キツナは「うげっ」と叫んでしまった。そこに居たのはオソレだったのだ。
「久しぶりね」
キツナは反射的に目をそらしてしまった。
「ごきげんよう」
オソレは特に気にしていない様子である。
「さっそくだけど、『チュアー』を見せてくださらないかしら」
彼女の瞳はらんらんとしていた。獲物を狙う野獣の眼光である。

「あの……これは非売品で売るつもりは毛頭ないんですけ……」
「知っていまして?バイオリンの発祥はアラビアの楽器『フィドル』(注:中世~近世において弦楽器の一種)から派生したものなんですの。つまりヴァイオリンの祖先といっても過言ではありませんの。」……聞けよぉ人の話ぃ!
「それでその『フィドル』の音を再げ……あらキヌコちゃん、こんにちわ」
キヌコが店の奥からはちみつの小瓶を乗せたティーセットをカチャカチャと運んできた。お茶菓子はカステラです。
「オソレさん、いらっしゃいませー!昨日はサインありがとうございましたー」キヌコはぺこりと会釈した。

「お構いなく、わたしの方こそ勝手に押しかけてしまいましたので」
「そういえば先ほど何か言いかけましたけど……何の話です?」キヌコが尋ねた。
「え、あ、いえ……」
オソレの視線が再びキツナに向かう、どうしたもんか……。

「アタシがピアノ弾けるって話したら、いい機会だから一緒にジャムセッションしようって事になって、ねっ?オソレさん♪」
「ほほほ、そういうことですの……」
オソレが調子をあわせるように言った。プロとして目の前の小さなファンも大切にしなければいけませんよね?みたいな顔をしている。

キツナには分かる……この女はきっと自分と同じ匂いがする。音楽に生きる者特有のオーラというか……同族嫌悪っていうのか……。

「キツナさん、使えるバイオリンはありますの?わたくし今日は手ぶらで参りましたけれど」
「あいよ」コトン、キツナが棚からバイオリンのケースを取り出しオソレに手渡す。

資料用に買った大量生産の安物だ。試しに弾いてみたところキヌコから、全身の毛が逆立つようなダメ出しを受けた。正直キツナはもう二度と触りたくないと思った。なので棚でうっすらとホコリを被っていた。
***
それはさざ波のような、心地よく柔らかな音色だった。キツナの弾くピアノに合わせてオソレが演奏を始めたのだ。
曲はウマイルス・デイヴィスの
『Someday My Prince Will Come』
『いつか王子様が来る』というタイトルだが実は違うらしい。曲名からも察せられるように失恋ソングなのだそうだ。
***
それはさざ波のような、心地よく柔らかな音色だった。キツナの弾くピアノに合わせてオソレが演奏を始めたのだ。
曲はウマイルス・デイヴィスの
『Someday My Prince Will Come』
『いつか王子様が来る』というタイトルだが実は違うらしい。曲名からも察せられるように失恋ソングなのだそうだ。

なんだろコレ……スゴく気持ちイィんだけど……。キツナの演奏にも熱が入る。それにつれて店内の空気がどんどん研ぎ澄まされていくようであった。二人の演奏を聴きつつ、カウンター越しに身を乗り出してキヌコがお菓子を口に運ぶ。いつもの光景なのになぜか少しだけ違った景色に見える。

「キツナさん……」オソレがポツリと呟いた。「うん?」キツナが鍵を叩く手を止めず答える「キヌツキさんはわたくしの王子様、いえ光ですわ……」「はい?」キツナはオソレの言葉の意味がよく分からなかった。どういう意味?爪を鍵盤の上で滑らせる。

「あの日からずっとわたくしはキヌキさんの傍にいたいと思い続けていますわ。キヌツキさんの隣にいるとわたくしは幸せを感じます。でも……それだけじゃ足りない。もっともっとキヌツキさんのお役に立ちたい。キヌキさんの為になんでもしたい……」オソレの演奏がクライマックスに達する。

「ある日キヌツキさんが言ってくださいました。もし君がプロの演奏家になって、それ相応の器になったら『クロエ』の双子『チュアー』を譲ろうと思う……そう、約束してくれたのです!」

「あぁ……」キツナの口からため息ともつかない声が出た。……そうか、そういうことなのか。

「だから……だからわたくしは!あの日から血が滲むような努力をしてプロになったんですわぁー!!!」オソレが叫び最後の和音を叩きつけた。瞬間、辺り一面に静寂が訪れたかのような錯覚を覚えた。

キツナさん……オソレの声が小さく震えている。
…は、はい。キツナが返事をする。
「わたくし三日後に映画の撮影でニュージーランドに発ちます」オソレの顔つきが変わった「えぇ!?」「お見送りに来てくださる?」「コ、コン!?」思わず口癖が出てしまった。
バタン、その時店のドアが突然開け放たれ、あわてふためいた長い髭の老ヤギが飛び込んできた。
「お、おキツネ様ぁ~!!大変だー!お、おお、オオカミが……」そこで老人は力尽き倒れた。「何事ですの?」「ど、どうしたんですか?」キツナたちが慌てて駆け寄る「オ、オォ、狼が、オオカミが村に来たんじゃあー」

ーつづくー
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