異世界冒険記『ストレージ・ドミニオン』

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PHASE-1807【首領の笑い方】

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「トール。荀彧殿」

「なんでしょう」
 返事をすれば、

「ハリエットから報告が入っている」
 報告を耳にするか? と、ゲッコーさん。
 もちろんと返答。
 後方からの追っ手は皆無なので丘陵地帯から抜けた土道の所でハリエットからの報告を耳にする。
 
 ――内容はガガドムサの大激高というものだった。
 言い争いを聞くならマイクを向けてくれると通信先のハリエット。
 お願いしたところで、

『――てくれましたね!』
 あまりの大声に片目を閉じつつ怒声を耳朶に入れる。
 てくれましたね! ってなんだ? と思ったけど、この場合、邪魔してくれしたね! が正解かな。

『お前も我が軍の者を手にかけたなガガドムサ!』

『それはこちらも同じ! そもそもがあの状況で我が精鋭の進行を妨げたからでしょう! 致し方ない犠牲ですよ! それどころか進行を妨害し、敗走する敵方をおめおめと逃がしてしまった! これも全ては混乱からいつまでも脱せなかった兄上の軍勢が原因でしょう!』

『う、ぐぅ……』
 言い返せないでいる。
 事実だからな。そこは言い返せないよな。
 だからなのかガガドムサの猛りに拍車がかかったようで、

『分かりますか兄上! あの者達は我が騎獣隊を前にして逃げ出したのです。それまでは敵ながら見事と言いたくなる程の快進撃を見せていた相手が我が軍勢を恐れたのですよ!』

『それは違う!』

『なにが違うのか。話は耳にしているでしょう。敵は我が精鋭の追走に悲鳴を上げて逃げていったと! 拠点の奥に留まり続けた兄上は我が精鋭の武勇を目にすることなく、後方で報告を耳に入れただけでしょうがね! そのような態度だから兵にも臆病さが伝播する!』
 痛烈だね。
 正鵠を射ているからか、ラダイゴロスの声音は弱いもの。
 だからますますガガドムサの声には熱が入る。

『見ていただきたい! 我が忠勇なる精鋭たちが兄上に向ける目を! どうです! 怒りそのものだ! 本来なら不敬不遜で罰せられるでしょうが私が許しています! なぜか! 好機を逃した原因がそちらに有るからです!』
 あのまま追撃できていれば間違いなく勝てていた。
 追撃の妨害だけでなく死傷者まで出ている。混乱した無能な兵によって!
 エンレージMAXなのは通信機越しでも伝わってくるし、

『ええい! 我慢ならん!』

『お待ちを!』
 ハリエットの報告ではガガドムサが兄に対して躍りかかろうとしたとのこと。
 だが白銀の鎧と漆黒のマントを羽織ったドラゴニュートによって羽交い締めになっているそうな。

『離せギギン。目付役が兄弟の間にまで割って入るな! 嫡子であろうとも殴らねば気がすまん!』

『それはなりません! そうなれば御大将のお怒りに触れます』

『触れるものか! 触れることが有るとすれば、父上は不甲斐ない兄とその兵に怒りを発するであろう! 加えて――』
 お、更なる怒りを感じさせるタメだな。
 軽く耳を押さえて構えていれば、

『兵糧の悉くを消失するとは何事だぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!!』
 耳キーンなるわ!
 怒りが大爆発だったな。
 やりとりからしてギギンなる存在が懸命になって制止しているのか、フゥフゥと息を乱しているのが聞こえてくる。
 目付役――四天王が制止するだけでも一苦労なほどの力があるのが窺える。

『この失態――どうするおつもりか!』

『あの爆発――明らかにおかしいと思わなかったのか?』

『ここに来て言い訳ですか! 向こうにはかなりの破壊力を有した魔術師がいたようですがね』
 この発言を俺の側で聞いていたコクリコが得意げに鼻を鳴らす。

『距離的におかしいだろう! 何かしらの企てがあったに違いない!』

『はっ! ご自身の失態を誤魔化すような言い様ですね。その企てとはなんです? まさか敵がこの陣営に潜んでいるとでも?』
 そうよ、そのまさかよ! と、心底で得意げに発してやる。

『それは……』

『あり得ないでしょう。我々の目を避けつつ破壊活動など無理に決まっています。それとも、これほどの兵数がいて見落とすほど兄上の兵が無能とでも――ああ、無能でしたね。だからこうなる。となれば、本当にいる可能性もあるか』
 嘲笑で饒舌なガガドムサ。これにはラダイゴロスも悔しそうに歯を軋らせていた。

『念のために爆発地点と周囲を調べるのだ。無論――我が精兵だけでな。おめおめと兵糧を無駄にした無能たちなど現場から追い払っていい。兎に角、近くに潜んでいる可能性がある』
 指呼の距離に潜んでんだけどね。

『勝手なことを言うな!』

『言いますよ。この状況を生み出したのは兄上ですからね』

『――本当か?』

『あ? 何か言いたいことでも?』
 わずかな静寂。
 ややあって、

『お前が後方から合流してからの爆発だぞ。そして今の発言。自分たちだけで調べようとするのは、見つかりたくない何かがあるという事ではないか? もしくは相手と繋がっているのでは? 騎獣隊が接敵した時、貴様も褒め称えるほどの快進撃を見せた騎馬軍とぶつかっていながら死者がでなかったのは、敵方と通じていたからではないのか?』

『ああ! 馬鹿げたことを言う! 頭でもやられているのか! それを言うなら角笛の音と同時に爆発が起こったようだった! あの角笛は兄上へと向けられたものだったのでは? 後方に留まり合図に合わせて爆発させたと考えれば合点がいく!』

「おっと、これはこれはおもしろいことになってきましたね」
 先生……なんて悪い笑み……。
 高順氏たちが騎獣隊に対して打擲のみに留めたのと、護衛のS級さんを介さずに角笛で伝えたのは、相手方に疑心を植え付けるためでもあったんだな。
 
 先生は自分が考えていたこと以上の結果が生まれそうだと喜んでおられる。
 その横では高順氏が先生のつり上がった口端を見つつ、やれやれと弱々しく首を左右に振っていた。

『角笛が合図というのなら、それは貴様にも当てはまる。そして交戦時、騎獣隊に死者が出ていないことからも怪しまれるべきは貴様だろう!』

『では兄上は――我々が兵糧を消失させたと言いたいのですね?』

『あまりにも時宜が良いのでな』

『なぜそのような事を私がしなければならないと?』

『お前の目の前に立つ者の失態を望んでいるからじゃないか? 十四男でありながら継承四位まで上がってきた――弟よ』
 ――通信機から伝わってくるのは――殺気ある静寂。
 からの――、

『貴様ぁぁぁぁぁあ!!』

『落ち着いてくださいガガドムサ様!』
 ここでギギンなるドラゴニュートを振り払って総領息子に躍りかかっているという十四男。

『おやめください!』
 これにはメッサーラも急ぎ間に入り対応。
 お目付役である二名が懸命に止めているそうだ。

「ハーハハハハハハハハハハハッ! これは傑作!」
 通信機の向こう側では盛大な兄弟喧嘩が勃発しそうになっており、その展開に愉悦を隠せない先生。
 ――……しかし……、その笑い方よ……。
 世界征服を目論む悪の幹部……いや、首領の笑い方だよ……。
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