異世界冒険記『ストレージ・ドミニオン』

FOX4

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驕った創造主

PHASE-1767【重っ苦しい理科 5年】

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「こんな寒さの中で飲むつもりか?」
 あ、俺が思っていたことをバルバダイに言われた……。

「いや、ちょっとした実験だ。リン女史、お願いできるか」

「はいはい」
 軽く返しつつ食指をグラスへと伸ばし、

「フリージング」
 と、聞かない魔法。
 食指から顕現した冷気が霧状にグラスを包むあたり、氷結系の低位魔法ってところか。
 グラスが霧に包まれて直ぐ、ヴィタリーさんがグラスを逆さまにし、

「この様に液体である水は固体である氷へと変化する」

「それがどうした! その程度、学舎に通えば子供でも分かる事だ」

「そうだな。トール君を基準にすれば、エレメンタリースクールで学ぶ楽しい実験だ」

「勇者同様、訳の分からん言葉を使う!」

「まあ、それはそれとして次は――」
 と、バラクラバから見える目による目配せ。
 イシムがもう一つグラスを用意する。
 中身は空っぽ。
 その中にヴィタリーさんは柄杓で掬ったガソリンを注ぐ。

「さて天才殿、このガソリンに同様の事をすればどうなると思う? 正解すれば羽織り物をプレゼントしよう」

「無論、固まるに決まっている!」

「寒さで思考が低下しているようだな。もっと深く考えないと得られる物も得られなくなってしまう」
 言いつつグラスをリンの方へと向ければフリージング。
 その後、正解は――と言いつつグラスをゆっくりと傾ければ、トポトポと音を立ててバケツへと戻っていく。

「残念ながら液体のままだったな。羽織り物はなしだ」

「それはその女が加減をしたからだろう!」

「失礼ね。ちゃんと同じようにしたわよ」

「リン女史は嘘を言っていない。水の凝固点は零度。液体から固体――水か氷へと状態変化する」

「そうがどうした」

「が、このガソリンはそうじゃない。水と違って凝固点が非常に低い。どのくらいかというと、マイナス百度くらいと言われている。なのでそれ以上だと液体のままだ。凄いだろう」

「はぁ! 貴様はこの私にくだらない知識をひけらかしたいのか!」

「くだらないとは失礼だな。新たに知識を得るということは重要だぞ」

「くだらないものは、くだらないんだよ!」
 聞き入れようとしないからか、バラクラバを被った頭部はやれやれと首を左右に振っていた。

「では話を少し変えよう。この寒さだ、流石に汗は出ないよな? 冷や汗すらも」

「今度はなんだ!」
 いや、本当に……。

「今度は液体から固体――ではなく、液体から気体となる話しをしよう」

「はぁ!」

「いいぞ。怒りから体が温かくなってきているようだ」
 ポンと手を打つヴィタリーさん。

「そんな訳あるか! この姿を見てそう思うなら貴様の目と脳漿は腐っているな!」

「腐らないように努力するよ。じゃあ話を戻そう。なぜ人は激しく動いた時などに汗を流す?」

「知るか!」

「そうだな。汗の役割というのは十九世紀後半あたりから解明され始めたということだからな」

「ジュウキュウセイキ?」

「ああ、気にしなくていい。天才殿には分からない事だ」

「ぎぃ!」
 悔しそうに歯を食いしばれば、ガチガチと歯を鳴らすのが止まる。
 寒さよりも分からないとつっぱねられることが、天才と自負するバルバダイには我慢できなかったご様子。

 そんな姿をヴィタリーさんが目にすれば、

「気骨がある姿はここでも評価しよう。それで――汗の話だったな。生物は体を動かせば汗を流す。汗の役割は熱を発した体の体温を下げるためにある」
 液体は気体に変わる時、周囲の温度を奪う。気化熱と呼ばれる現象だったか? 確かに小学校で教わったな。

「つまりは何が言いたい?」

「液体は気体に変わる時、周囲の温度を下げるんだよ」

「それは聞いている!」

「ちなみにあのバケツに入っているガソリンはマイナス百度であっても固まることはない」

「それも聞いた!」

「更に言うと非常に揮発性の高い液体でもある。マイナス四十度以下の中であっても気体へと変化する。見るだけでは気づきにくいが、この寒い室内の中でもあのバケツのガソリンは気体へと変化しているんだ」

「だからそれが何なのだ!」
 いや本当になんともまどろっこしいなヴィタリーさん。
 バルバダイが苛立つのも分かるってもんだよ。
 裸で拘束している体に寒さを与えているってのもあるんだろうけどさ。

「もう一度、汗の役割を話そ――」

「くどい!」

「くどいか。しかし天才殿はまだ気づいていないからな。だからこうやって話を繰り返している」

「馬鹿にするなよ! 理解している! 汗は液体から気体へと変わる時、気化熱という現象で周囲の熱を奪うのだろうが」

「その通り。理解しているじゃないか。ではガソリンは?」

「このような寒い環境でも液体から気体へと変わっているのだろう!」

「分かっているじゃないか」

「当然だ! 私を誰だと思っている!」
 パンツ一枚でも誇ろうとするところは、プライドと承認欲求の権化そのものだな。

「ならもう分かるだろう天才殿」

「何がだ?」

「これから始まる拷問だよ」
 ヴィタリーさんの声のトーンが二段階ほど下がる。
 声が原因か、体感的に室内の気温が声同様に下がったようだ……。

「汗と……ガソリンがどうしたというのだ?」
 ヴィタリーさんと二つのバケツを繰り返し見るバルバダイは……、

「あっ!」

「気づいたようでなにより」
 酷薄な声を正面から向けられる事で、バルバダイの体は大きく震えだす。

「ではここから我が祖国の拷問の一つを体験してもらおう。体の芯からだけじゃない。精神の芯から凍えることになるだろう。直ぐに火を欲したくなるほどにね。まあ、火を得ると同時に終わりでもあるがね」
 ――……あ、そういうことか……。
 そういった拷問なのか……。
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