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一話 『至高英雄』に強さを求め
リアルな電脳世界
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◇ ◇ ◇
坪田はその日の内に、『至高英雄』をプレイするための機材を貸してくれた。
とても分厚い黒のゴーグルに、『至高英雄』のデータが入ったSDカード型のソフトウェア。
ゴーグルを装着して電源を入れると、すぐゲームを始められるように設定済みだった。
どうしてこんなにしてくれるのかと尋ねると、坪田は苦笑しながら「実は友だち紹介したらもらえるアイテムがあるんだよ」と教えてくれた。ゲームの集客手段としてはよくあることらしい。
大学の寮に帰宅して部屋に戻り、黑のスウェットに着替えてすぐ、俺はゴーグルを取り出し、ベッドの上であぐらをかきながら装着する。
プレイする際、横になったほうがやりやすいからと坪田に教えてもらったが、寝ながらやって本当に筋肉が落ちないのかと不安になってしまう。
まあ一日だけプレイする分には問題はないだろう。それで体が鈍りそうなら、即座に止めればいいだけの話。
俺は大きく深呼吸してから、右側頭部にある電源ボタンを押した。
打倒東郷のための取っ掛かりに出会えるよう、心の底から願いながら――。
* * *
ツゥン――。
高く鋭い音に頭の中を突き刺され、俺は思わず顔をしかめる。
視界に広がるのは一面の闇。
現実から完全に切り離されたような気がして、背筋がゾクリとなった。
……ん? 体の感覚がある。
ふと気づいて俺は両手を目の前に運び、視界へ入れる。
大きく節くれ立った手。幼少の頃から柔道に明け暮れた、戦い続けた手。
グー、パー、と手を動かしてみる。現実と変わらない動きがなんとも不思議だ。
VR内で動くと、現実の体も動くのだろうか?
こんなに違和感がないのに仮想の出来事だという事実が、馴染みがないせいで受け入れきれない。
次第に辺りがぼんやりと明るくなってくる。
黒い布越しに見ているような外の景色は、青空の中を落ちていくように見えた。
「まさか……」
だんだん黑色が薄くなり、爽快な青が広がっていく。
下から吹き上げる風。
あまりにも心もとない足元の浮遊感。
ゴォォォォォッ、という風の轟音。
チラリと眼下を覗けば、森を背にした城らしきものと、小さな町のようなものが見えた。
そして俺は自分の状態を理解する。
「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁ――ッッ!」
全身に激しく風が辺り、着ている服――部屋着の黒いスウェットだ――が持っていかれそうになる。
ただのゲーム。何事もないはず。
しかし、そう思えというほうが無理な相談だ。リアル過ぎる。
勢いをつけたまま、俺は城へ引き寄せられるように落下していった。
ふと気が付けば、俺は硬い寝台に体を横たえていた。
「……ここは……」
ゆっくりと体を起こして辺りを見渡せば、映画で見たような中華風の部屋が視界に広がる。
寝台を囲む木の枠の左右に留められた、白いカーテンのような布。
石床は平らながら艶はなく、隅に置かれた黒壇の調度品は緻密に木や龍などが彫られている。
清潔感のある部屋だ。そして華美ではないものの気品がある。
どこかの裕福な家に拾われたのだろうかと思っていると、
「領主サマ、おはよーございますー」
甲高く間延びした声が聞こえてきて俺は部屋を見渡す。
声はすれど人は見当たらない。気のせいだとするにはハッキリと聞こえた。身を隠しているのか? と首を傾げていると――ぽむん。俺の肩に温かく弾力のあるものが乗った。
目だけを動かして肩を見ると、そこにはお手玉サイズの白い毛玉がいた。
「この度は『至高英雄』に参加してくれて、ありがとーございますー。ワタシは案内役の白鐸って言いますー。よろしくですー」
「あ、ああ、よろしく。俺は正代誠人だ」
俺が肩へ手を差し伸べると、白澤はポム、ポム、と小さく跳ねながら手の平へ移動してくれる。
そして目の前に手を運んで正面から白澤を見る。何も話さなければただの毛玉だ。手にしていると温もりがあり、毛の下にある体は意外と重く、筋肉が詰まっている感触がする。
あまりに長すぎる白い毛が顔を隠しているが、おもむろに白澤がニィィィッと口を大きく横に開いて笑う。赤い口の中だけ見える姿が少し不気味だ。
「誠人サマはこの『至高英雄』のしすてむはご存じですかー?」
「いや、詳しくは知らない。現実の強さがゲームに反映される、ということを知人から聞かされている程度だ」
「左様ですかー。ではカンタンにご説明しましょうー」
ポムンッ、と白澤が手の上で跳び上がる。
すると眼前の虚空に半透明のスクリーンらしきものが現れ、映像を流し始めた。
坪田はその日の内に、『至高英雄』をプレイするための機材を貸してくれた。
とても分厚い黒のゴーグルに、『至高英雄』のデータが入ったSDカード型のソフトウェア。
ゴーグルを装着して電源を入れると、すぐゲームを始められるように設定済みだった。
どうしてこんなにしてくれるのかと尋ねると、坪田は苦笑しながら「実は友だち紹介したらもらえるアイテムがあるんだよ」と教えてくれた。ゲームの集客手段としてはよくあることらしい。
大学の寮に帰宅して部屋に戻り、黑のスウェットに着替えてすぐ、俺はゴーグルを取り出し、ベッドの上であぐらをかきながら装着する。
プレイする際、横になったほうがやりやすいからと坪田に教えてもらったが、寝ながらやって本当に筋肉が落ちないのかと不安になってしまう。
まあ一日だけプレイする分には問題はないだろう。それで体が鈍りそうなら、即座に止めればいいだけの話。
俺は大きく深呼吸してから、右側頭部にある電源ボタンを押した。
打倒東郷のための取っ掛かりに出会えるよう、心の底から願いながら――。
* * *
ツゥン――。
高く鋭い音に頭の中を突き刺され、俺は思わず顔をしかめる。
視界に広がるのは一面の闇。
現実から完全に切り離されたような気がして、背筋がゾクリとなった。
……ん? 体の感覚がある。
ふと気づいて俺は両手を目の前に運び、視界へ入れる。
大きく節くれ立った手。幼少の頃から柔道に明け暮れた、戦い続けた手。
グー、パー、と手を動かしてみる。現実と変わらない動きがなんとも不思議だ。
VR内で動くと、現実の体も動くのだろうか?
こんなに違和感がないのに仮想の出来事だという事実が、馴染みがないせいで受け入れきれない。
次第に辺りがぼんやりと明るくなってくる。
黒い布越しに見ているような外の景色は、青空の中を落ちていくように見えた。
「まさか……」
だんだん黑色が薄くなり、爽快な青が広がっていく。
下から吹き上げる風。
あまりにも心もとない足元の浮遊感。
ゴォォォォォッ、という風の轟音。
チラリと眼下を覗けば、森を背にした城らしきものと、小さな町のようなものが見えた。
そして俺は自分の状態を理解する。
「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁ――ッッ!」
全身に激しく風が辺り、着ている服――部屋着の黒いスウェットだ――が持っていかれそうになる。
ただのゲーム。何事もないはず。
しかし、そう思えというほうが無理な相談だ。リアル過ぎる。
勢いをつけたまま、俺は城へ引き寄せられるように落下していった。
ふと気が付けば、俺は硬い寝台に体を横たえていた。
「……ここは……」
ゆっくりと体を起こして辺りを見渡せば、映画で見たような中華風の部屋が視界に広がる。
寝台を囲む木の枠の左右に留められた、白いカーテンのような布。
石床は平らながら艶はなく、隅に置かれた黒壇の調度品は緻密に木や龍などが彫られている。
清潔感のある部屋だ。そして華美ではないものの気品がある。
どこかの裕福な家に拾われたのだろうかと思っていると、
「領主サマ、おはよーございますー」
甲高く間延びした声が聞こえてきて俺は部屋を見渡す。
声はすれど人は見当たらない。気のせいだとするにはハッキリと聞こえた。身を隠しているのか? と首を傾げていると――ぽむん。俺の肩に温かく弾力のあるものが乗った。
目だけを動かして肩を見ると、そこにはお手玉サイズの白い毛玉がいた。
「この度は『至高英雄』に参加してくれて、ありがとーございますー。ワタシは案内役の白鐸って言いますー。よろしくですー」
「あ、ああ、よろしく。俺は正代誠人だ」
俺が肩へ手を差し伸べると、白澤はポム、ポム、と小さく跳ねながら手の平へ移動してくれる。
そして目の前に手を運んで正面から白澤を見る。何も話さなければただの毛玉だ。手にしていると温もりがあり、毛の下にある体は意外と重く、筋肉が詰まっている感触がする。
あまりに長すぎる白い毛が顔を隠しているが、おもむろに白澤がニィィィッと口を大きく横に開いて笑う。赤い口の中だけ見える姿が少し不気味だ。
「誠人サマはこの『至高英雄』のしすてむはご存じですかー?」
「いや、詳しくは知らない。現実の強さがゲームに反映される、ということを知人から聞かされている程度だ」
「左様ですかー。ではカンタンにご説明しましょうー」
ポムンッ、と白澤が手の上で跳び上がる。
すると眼前の虚空に半透明のスクリーンらしきものが現れ、映像を流し始めた。
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