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一話 『至高英雄』に強さを求め

熱心に勧められて

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「惜しかったなー誠人」

 試合を終えてロッカールームで着替えていると、大学の同期で俺と同じく柔道部に所属している坪田勇仁が声をかけてきた。

 明るく気さくな坪田はいつも部を和ますムードメーカーで、笑顔が絶えない気の良い男だ。
 ただ、その明るさが今の俺には辛い。

「……惜しくなんかない。こっちの技はことごとく払われて、何ひとつ通用しなかった。完敗だ」

「だって相手は人類最強かもしれないって言われてる東郷泰輝だもんな。誠人だって東郷さんがいなかったら、日本で敵なしの強さなのに……生まれた時代が悪かった」

「時代のせいになんてできるか……俺が未熟なだけだ」

 ぐしゃり、と。俺は自分の黒い短髪を荒々しく掴む。
 一八〇ある身長に、程よく育った筋肉。手足も国内選手と比較すれば長い部類に入る。体格には恵まれているほうだと思う。だが、東郷さんには敵わない。

 もうどれだけ決勝を東郷さんと戦っただろうか。
 負ける度に敗者の惨めさを覚え、練習に打ち込んで力をつけ、ベストの状態に仕上げて挑み直しても、東郷さんに負けてしまう。

 俺が敗者となった瞬間、東郷さんの目はなんの感情もなかった。
 いや、思い返せば試合を始める前から東郷さんの目は凪いでいた。

 王者の風格だと思っていたが、雌雄を決した今になって理解する。
 あれは『またお前か、もう飽きた』という、つまらなさを東郷は抱いていたのだ。

「クソっ。どうすればあの人に勝てるんだ……っ」

 拳を固く握り、俺は憤りを吐き出す。

 隣から坪田が「んー」と唸る声がする。
 そしてパンッ、と手を叩いてはしゃぐような声を出した。

「そうだ! なあ誠人、最近スポーツ選手の間で流行ってるVRゲームがあるんだけど、やってみないか?」

「VRゲーム? 悪いが遊んでいる暇は――」

「オレもやってるんだけど、すげぇリアルなんだ! 三国志みたいな設定の国盗り戦闘シミュレーションで、武将として直に戦うこともできるんだよ。相手と一騎打ちする時なんて、生で戦ってるみたいでさ、緊張感がハンパないんだ」

 渋る俺を無視して、坪田はスマホを取り出して画面を俺に見せてくる。

「一番の特徴は、プレイヤーの身体能力がゲームに反映されるんだ。現実で強ければゲームでも強い。だから当然現実で強いヤツがゲームでも強くなるから、腕に覚えのあるヤツらが山ほど参加してるんだよ、この『至高英雄』に!」

 現実の強さが反映される?
 急に興味を覚えてしまった俺へ、坪田はニンマリと笑って肩を組んでくる。

「噂だと、あまりにリアルな内容に脳が錯覚して、ゲームしていても筋肉は衰えないらしいぞ。戦いの緊張感はハンパなくて、勝負に必要な度胸も身につく。筋肉は噂の域を出ないけど、勝負勘は間違いなくつく」

「勝負勘……」

「誠人、今までのやり方で通用しないんだからさ、やり方を変えてみるっていうのはどうだ? ゲーム内で違うジャンルの猛者と戦うのは刺激的だと思うし、何より戦いの緊張感は現実の試合以上だぞ?」

 ゲームを推してくる坪田の熱心さに、俺の心が次第に煽られていく。

 確かに坪田が言う通り、方向性を変えてみるのは有効的な気がする。試合に対する感覚が研ぎ澄まされるなら、それも有意義なのは間違いない。

 かなり乗り気になっているが、ただひとつ引っかかることがある。それは――。

「……坪田」

「どうした? やるのか?」

「俺はVRゲーム専用の機器を持っていないんだ。高いだろ、確か」

「大丈夫、オレのを貸してやるから! ぶっちゃけるとさ、あんまりにもレベルが違い過ぎて、オレ、プレイできてないんだ……だから誠人の気が済むまで遠慮せずやってくれ」

 いつも以上に気の良い笑顔を浮かべた坪田が、グッと親指を立てた。

「もっと強くなれよ、誠人。期待してるからな!」

「あ、ああ……ありがとう」

 坪田の熱意に押されながらも、俺はわずかに笑って頷いた。
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