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一話 『至高英雄』に強さを求め

常敗の男

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 剛の手が懐へ迫る。
 この身を貫かんばかりの勢いに、俺の意識がその手に集中する。

 刹那の甘さ。彼が見逃すはずがなかった。

 バシッ。足を内側から払われ、俺の体は浮遊感を覚える。

 総合体育館の無機質で高い天井が視界に広がり――ダァンっ!

「一本、それまで!」

 背中を床に打ち付けると同時に、審判が勝負の終わりを告げた。

 ワァァ――ッ、と優勝者を称える歓声が沸き上がる。
 それは俺が負けたという現実を突きつける声でもあった。

(また負けた……っ。届かなかった……!)

 込み上げてくる悔しさが胸を突き上げてくる。
 思わず顔を歪めてしまう俺を、勝者は見下ろしていた。

 勝ったというのに、その目は歓喜どころか感情がなかった。
 彼の凪いだ目が俺の体をざわつかせる。

 日本の男子柔道界で頂点に立ち続ける男、東郷泰輝とうごうたいき
 軽く色を抜いた赤茶色の短髪がよく似合う端正な顔立ちと、何事にも動じないクールさで男女問わず人気を得ている。

 体格は俺よりも少し背が高い程度。
 腕回りや胸囲などは俺も負けていない。力も拮抗しているという手応えはある。

 だが、勝てない。

 二十歳の俺よりも四年先を行く東郷は、公式の大会で一度も負けたことがない。
 そして俺は、いつも決勝まで勝ち上がり、その都度東郷と対決して負かされている。

 今日も関係者が耳慣れたアナウンスが響き渡る。

 優勝、東郷泰輝。
 準優勝、正代誠人しょうだいまこと

 上体を起こすまで、東郷は俺を見ていた。
 またお前かと飽きてうんざりするような呆れを通り越し、もう一切の感情を覚えないと言わんばかりの目。

 悔しかった。
 けれど泣くことも叫ぶこともできず、俺は無言で起き上がり所定の位置につき、頭を下げて退場するのが精一杯だった。
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