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四話 追い駆ける者、待つ者
真夜中の帰還
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◇ ◇ ◇
夜が最も深まった頃、俺と華候焔は馬を走らせて城へ帰還する。
到着を待っていたのだろう。城門の前には英正が立っていた。
俺たちに気づくと英正は走り出し、真っ直ぐに俺の元へと駆け付ける。
「領主様、ご無事で何よりです! 何事もなく戻られたということは、引き抜きが上手くいったのですか?」
「ああ。こちらについてくれる約束を取り付けた。まだ敵陣にいるが、戦が始まれば戦況に合わせて離反してくれる」
「なんと……さすがです。一度でもお会いすれば、領主様の魅力に誰もが惹かれる……臣下であることを誇らしく思います」
実情を知らない英正が、馬上の俺を見て目を輝かせる。
純粋な尊敬と賞賛の眼差しが今の俺には辛い。
表情が冴えないことに気づいた英正が戸惑いを見せる。
「大丈夫ですか、領主様? どうか早く休まれて下さい」
「そ、そうだな……いくら寝返りの約束を得られたとはいえ、こちらの不利は変わらない。明日の戦に備えなければ……」
英正に手綱を持ってもらいながら俺が馬を降りると、華候焔も続いて降り、二頭分の手綱を手にした。
「こいつらは俺が馬舎へ戻しておくから、誠人は部屋に戻って休め。英正、ついてやってくれ」
憔悴を覗かせてしまう俺とは違い、華候焔はいつもと変わらない。
あまりにも変わらなすぎる態度に俺の胸が靄がかってしまう。
こちらの様子に気づいた華候焔が、俺の頭に手を伸ばして胸元へ抱き寄せる。
「案じなくてもいい。すべて上手くいく」
……それは戦だけのことを指すのか? それとも――。
心の中で俺は首を横に振る。
大切なのは戦に勝つこと。今はそれ以外のことは考えないほうがいい。
悩めば心が揺れる。心の揺れは隙に繋がり、弱さとなる。
この男の前で弱くなることはできない。
俺は小さく息をついて動揺を外へ吐き出すと、トン、と華候焔の胸を軽く叩いた。
「大丈夫だ、案じていない。明日は頼んだぞ」
「ああ。前の戦いと違って我慢せずに攻めていく。俺ひとりで千人倒してやろう」
他の者なら言葉のあやにしか聞こえないが、華候焔が言うと実現してしまいそうな気がしてくる。
一騎当千の将。強さの土台が厚い将の言葉は頼もしい。
後頭部を押さえる手が緩んだ気配がして、俺は顔を上げる。
ようやく不敵に笑う華候焔の顔をまともに見られた気がする。
視線が合い、俺が短く頷けば、華候焔の目が少しだけ柔らかくなった。
「じゃあ俺は行くぞ。誠人、ちゃんと寝ろよ。寝付けないなら手伝ってやるが……」
「……大丈夫だ。試合前に寝不足にならないよう、必要な時に眠れる訓練はしてきた」
「そうか、残念。じゃあな」
手をヒラヒラと振りながら華候焔が離れていく。
今確かにあった感触が消え、離れることに何か思ってしまいそうな自分に目を背けるように、俺はまぶたを閉じた。
夜が最も深まった頃、俺と華候焔は馬を走らせて城へ帰還する。
到着を待っていたのだろう。城門の前には英正が立っていた。
俺たちに気づくと英正は走り出し、真っ直ぐに俺の元へと駆け付ける。
「領主様、ご無事で何よりです! 何事もなく戻られたということは、引き抜きが上手くいったのですか?」
「ああ。こちらについてくれる約束を取り付けた。まだ敵陣にいるが、戦が始まれば戦況に合わせて離反してくれる」
「なんと……さすがです。一度でもお会いすれば、領主様の魅力に誰もが惹かれる……臣下であることを誇らしく思います」
実情を知らない英正が、馬上の俺を見て目を輝かせる。
純粋な尊敬と賞賛の眼差しが今の俺には辛い。
表情が冴えないことに気づいた英正が戸惑いを見せる。
「大丈夫ですか、領主様? どうか早く休まれて下さい」
「そ、そうだな……いくら寝返りの約束を得られたとはいえ、こちらの不利は変わらない。明日の戦に備えなければ……」
英正に手綱を持ってもらいながら俺が馬を降りると、華候焔も続いて降り、二頭分の手綱を手にした。
「こいつらは俺が馬舎へ戻しておくから、誠人は部屋に戻って休め。英正、ついてやってくれ」
憔悴を覗かせてしまう俺とは違い、華候焔はいつもと変わらない。
あまりにも変わらなすぎる態度に俺の胸が靄がかってしまう。
こちらの様子に気づいた華候焔が、俺の頭に手を伸ばして胸元へ抱き寄せる。
「案じなくてもいい。すべて上手くいく」
……それは戦だけのことを指すのか? それとも――。
心の中で俺は首を横に振る。
大切なのは戦に勝つこと。今はそれ以外のことは考えないほうがいい。
悩めば心が揺れる。心の揺れは隙に繋がり、弱さとなる。
この男の前で弱くなることはできない。
俺は小さく息をついて動揺を外へ吐き出すと、トン、と華候焔の胸を軽く叩いた。
「大丈夫だ、案じていない。明日は頼んだぞ」
「ああ。前の戦いと違って我慢せずに攻めていく。俺ひとりで千人倒してやろう」
他の者なら言葉のあやにしか聞こえないが、華候焔が言うと実現してしまいそうな気がしてくる。
一騎当千の将。強さの土台が厚い将の言葉は頼もしい。
後頭部を押さえる手が緩んだ気配がして、俺は顔を上げる。
ようやく不敵に笑う華候焔の顔をまともに見られた気がする。
視線が合い、俺が短く頷けば、華候焔の目が少しだけ柔らかくなった。
「じゃあ俺は行くぞ。誠人、ちゃんと寝ろよ。寝付けないなら手伝ってやるが……」
「……大丈夫だ。試合前に寝不足にならないよう、必要な時に眠れる訓練はしてきた」
「そうか、残念。じゃあな」
手をヒラヒラと振りながら華候焔が離れていく。
今確かにあった感触が消え、離れることに何か思ってしまいそうな自分に目を背けるように、俺はまぶたを閉じた。
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