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四話 追い駆ける者、待つ者
真の姿を知るために
しおりを挟む先頭に立って隊を率いて英正の所へ向かっていると、おもむろに手紙を持ってきた騎兵が並走し、私へ声をかけてきた。
「領主様、お下がりください。間もなく敵の矢が届く射程に入ります。万が一領主様に何かありましたら――」
「問題ない。矢ならば白澤の力で跳ね返せる。俺が技で突破口を開くから、皆でそれを広げていって欲しい」
「しかし本物の領主様がこちらだと気づかれては、作戦が無駄になってしまわれます。英正様も領主様の無事を望まれていると思います。どうか……」
言われて頭は内容を理解する。しかし、俺の体と本能がそれはできないと否定する。
「いや、無駄にはならない。俺に気づけば混乱が生まれる。どっちが本物の領主か分からないとなれば、どんな達人でも一瞬の迷いが生じる。それを作り出せるなら、俺の強襲は有利に働くはずだ」
数で不利な上に、少数で負傷兵や疲れの抜け切れていない兵士たちを抱える。普通に戦えば相手にすらならない。
だから場を乱す。戸惑いを与えて腰に力の入らぬ攻め方しかできぬようにすれば、数で負けていても力で勝ることができる。
衝動的だったのは丘から走り出した瞬間だけ。すぐに頭は反射で利を見出し、隊を動かす頃には確かな狙いが生まれていた。
あとは迷わず突き進むだけ――そんな俺に対し、騎兵が苦笑を含ませながら吹き出す。
「フフ……甘さ故の将を見捨てぬ愚策かと思いましたが、しっかり勝機を見据えた上での行動でしたか。お見それしましたよ」
声の調子が変わる。覚えのある声色と雰囲気に、俺は思わず並走する騎兵に目を見張る。
彼は兜を軽く上にずらして顔を分かりやすく見せてくれる。
人の悪い笑みを浮かべた糸目の青年――才明だった。
「才明! わざわざ自分からここへ……」
「騙すような形で申し訳ありません。でも、誠人様が真にどのようなお人なのか知りたかったので……特に戦は将の人柄がとてもよく出てきますから」
驚き続ける俺をよそに、才明は声を弾ませて話を続ける。
「人情家の愚直な特攻をして己の美徳だと酔いしれる者も、完全に将を切り捨てて我が身の保全ばかりを望む者も、私は勘弁して欲しいと望んでいましたが……将を捨てずに勝ちを見据える誠人様の姿勢はとても嬉しいですねえ。これで完全に腹を括れるというものです」
「もしかして、ここで気に入らなければ俺を裏切るつもりだったのか?」
「美味しい所だけ摘まんで、貴方の体も食い散らかして、適当な所で離れようと思ってました。しかしご安心下さい。今、完全に誠人様への忠誠を心に誓いましたから」
……なんて胡散臭い奴なんだ。そんなことを胸を張って言われても信じられないんだが。
見た目通りの狐っぷりに唖然とするが、敵兵たちと間もなく衝突する所まで来て、俺の意識は完全に目前の敵へと切り替わった。
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