上 下
250 / 343
十二話 真実に近づく時

未知への一歩

しおりを挟む
「これは……不思議ですね」

 呟きながら才明は腕を引く。すると壁から抜けた分は元の姿を取り戻す。

 俺なら一度で十分だと手を引っ込めてしまうところだが、才明は興奮気味に何度も手を出したり、消したりを繰り返す。そして気が済んだ辺りで俺たちに向き直った。

「侶普殿が言われた通り、痛みはありませんが感覚がすべて消えますね。最初から手はなかった、と感じてしまいそうな……頭からいけば終わりでしょうね。己を自覚できなければ姿を保てず消えてしまう」

「それを理解した上で何度も腕を犠牲にできるとは。大した精神力だ」

 感心したような呆れたような侶普の呟きに、才明は「お褒めに預かり光栄です」と頭を下げる。

 一連のやり取りを見ていた英正が、顔を強張らせながら「私も」と壁に手を伸ばそうとしたが――。

「英正、貴方はやめたほうがいい。腕がなくなったままになるかもしれません」

「なぜですか? 才明様が大丈夫ならば、私も同じなのでは?」

「私と貴方とでは成り立ちが違うのですよ。敗者となって作られた私と、誠人様のために一から作られた貴方とでは……」

 才明はゲームの敗者。現実に身体を持っている者。この世界の身体しかない英正とは確かに違う。

 だがその事情を知らない英正は首を傾げ、顔をしかめて不満を滲ませる。
 間に入ってくれたのは侶普だった。

「才明殿の言う通りだ。俺は英正と同じ存在だが、この世界に生まれてから数年は経っている。だから存在が定着しているが、英正は日が浅い。恐らく姿を戻すことはできないだろう」

 同じ存在。この言葉で英正は納得してくれたのか、もどかしげに顔をしかめながらも引き下がる。少しも役に立てないと憤っているのか、表情が苦しげだ。

 俺はそんな英正に近づき、肩を叩いた。

「これから何が起きるか分からないんだ。どうか注意を払って警戒していて欲しい」

 いくら潤宇の領土であっても、敵対勢力が潜んでいないとは限らない。英正ができることは十分にある。

 ハッとしてから英正が表情を引き締め、大きく頷いた。

「承知しました。誠人様が戻ってくるまでの間も、気を緩めずに待機します」

 気を持ち直してくれて良かったと思いながら、俺は壁の前に立つ。

 恐れを覚えながらそっと手を伸ばし、壁に触れてみれば、才明と同じように手から腕へと消えていく。

 だが感覚はある。
 試しに手を握ったり開いたりをしてみるが、動いている手応えがあった。

「これは……壁があるように見えているだけで、元からここには何もないような――」

 俺の独り言に、侶普が大きく頷いた。

「その通りです、誠人様。あくまでこれは世界の境目を分かりやすくしたもの。この壁すべてが作り出された幻です」

 言われて壁を見上げてみれば、夜の闇ですべては見えないものの、どこまでも高く続いている。石を積み上げて無限の高さの壁を作るなど、現実でも無理だろう。

 ゲームの世界だからと思っていれば、プログラムされたもの、という考えで止まる。

 だが、俺はこの世界が異世界だということは知っている。
 プログラムでなければ、この壁を作っているものはなんだ? と首を傾げてしまう。

 この壁の向こうはどうなっているんだ?
 逸る気持ちを抑えながら、俺は一歩を踏み出した。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

グッバイシンデレラ

BL / 完結 24h.ポイント:56pt お気に入り:115

諦めは早い方なので

BL / 連載中 24h.ポイント:49pt お気に入り:53

呪われた第四学寮

ホラー / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

狂愛アモローソ

BL / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:5

十年目の恋情

BL / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:41

愛及屋烏

BL / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:4

メロカリで買ってみた

キャラ文芸 / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:10

処理中です...