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十三話 裏切りの常習犯

笑み

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 兵士たちは誰も俺の前進を止めなかった。

 味方はおろか、敵兵さえも俺を遮らない。最初から俺が来ることを見越して、絶対に邪魔するなと命じられているようだ。

 ああ、華候焔らしい、と思う。
 俺がこうして駆けつけることも見越していた上での采配。心の機微まで読まれてしまっている気がして、胸が締め付けられる。

 きっとこれもお見通しなのだろ?
 敵に回ってしまった焔と対峙するまで、心臓が脈打つ度に身体に痛みを覚えてしまう俺を。

 目の奥が熱い。
 本当は泣いてしまいたい己の弱さをねじ伏せながら、俺は前から目を逸らさずに向かっていく。

 馬は俺の焦りを汲み取るかのように疾走し、戦いの最前へと俺を運ぶ。

 ギィィィン……、と金属が強くかち合う音が響く。
 虚空を全力で振り切る音も、乱れた息遣いも聞こえてくる。

 そして辺りに通る、華侯焔の笑い。

「ほら英正、脇がガラ空きだぞ! 疲れが出るとそうなるクセがあるって、前に言ってやっただろ? 羽勳は本気を出してその程度なのか? 俺の速さについて来いよ」

 英正と羽勳を同時に相手しながら、華侯焔は槍を振り回し、子供に稽古でもつけるように受け流してしまう。

 獣神化した英正が懐に入ろうと飛び込むが、華侯焔は肘で英正の腕を打ち、地面へ叩きつける。その隙に羽勳が剣で斬りかかるが、それも小さな動きでかわし、正面からの蹴りで胸を押し、遠くに飛ばす。

 打撲の痣をいくつか作っている英正と羽勳とは反対に、華侯焔はまったくの無傷。この戦いも、英正たちは決死の覚悟で挑んでいるが、華侯焔から感じるのは戯れの気配。

 二人が遊び相手にしかなっていない。
 実力の差を痛感しながら、俺は大きく息を吸い込んだ。

「華侯焔……っ!」

 俺が名を呼ぶと、華侯焔も英正たちも動きを止めてこちらを見る。

 華侯焔の目が俺の視線を絡め取ると、わずかに舌舐めずりした。

「来たか誠人……朝に抱いてやれなくてすまなかったな。俺の提案を呑んでくれるなら、約束の契りを交わしてやるよ」

 こんな時まで羞恥を煽らないでくれ、と俺の全身が熱くなる。
 だが華侯焔は口元だけ笑みを浮かべ、その目はどこまでも真剣で熱い。

 裏切ってでも差し出した手を取って欲しい。
 伝わってくる本音に、俺の胸が鋭く痛む。それでも奥歯を強く噛み締めてから、俺は自分の覚悟を口にした。

「……華侯焔、俺は覇者を目指す。第三の道を探りながら戦い抜いてみせる」

「本気で言ってるのか?」

「ああ。俺はまだ足掻いていないのに、無力だと諦めて志馬威と繋がりを作りたくない」

 はっきりと俺は覚悟を――決別の言葉を告げる。

 華侯焔の瞳がフッと翳る。
 そして大きく口端を引き上げた。

「やっぱりだ。やっぱりお前は俺を熱くしてくれる」
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