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十四話 決戦に向けて
形状記憶の功罪
しおりを挟むいつの間にか眠りに落ち、俺は漆黒の世界に佇む。
『このまま続けますか? 中断しますか?』
目の前に白く輝く文字が現れ、俺に選択を迫ってくる。
今までは中断して一度現実に戻っていたが――。
俺は迷わず続けることを選ぼうと、手を伸ばしかける。その時。
「誠人サマ、一度戻られることをオススメしますよー」
どこからともなく白鐸の声がして辺りを見渡す。
すると、いつの間にか白鐸が隣に現れていた。大きな毛玉が軽く曲がり、どこかシュンとなっているように見える。
「どうしてだ、白鐸?」
「……もう真実を知られたからお話しちゃいますねー。領主がこっちの世界で受けたキズとかは、あっちに戻ることで消えるんですけど……戻らずに続けると、治り切らずに残っちゃうんですー」
いつもの明るい声はなく、申し訳無さそうに白鐸が教えてくれる。
少し考えて、俺は首を傾げながら白鐸に尋ねた。
「つまり、もし片腕を斬られて失っても、現実に戻れば腕は元に戻るということか」
「そういうことですー。魔法の力で世界を行き来すると、形状記憶でよみがえるみたいなんですー。でも長く戻らないと、腕を失ったことを身体が記憶してしまって、失ったままになっちゃうんですー」
言いにくそうにもじもじとしてから、白鐸はぼそりと話を続ける。
「一度戻らないと、本当に取り返しがつかなくなりますからー……抱かれたくてたまらない身体になって、現実の華侯焔に抗えなくなりますよー。ただでさえ執拗に抱かれて、形状記憶が追いつかないのにー」
一切からかいのない白鐸の声に、俺は固まってしまう。
もう既に俺の身体は現実の華侯焔――東郷さんを覚えてしまった。
会えばさらに堕とされ、どちらの世界でも抗えなくなると分かっていても、望まれれば俺は東郷さんに応えてしまう。真実を知った以上、あの人を放っておくことなどできない。
そうか。だから『至高英雄』でも現実でも、俺に過度な快楽を与えてきたのか。俺を絶対に逃さないために――。
脳裏に東郷さんがよぎり、胸が締め付けられる。
どうしても罠にはめられた、裏切られたという怒りではなく、彼に応え切れない自分が悔しくてたまらない。
東郷さんに、すべてを背負うと約束した。
保身や嘆きに走る時間すら惜しくて、俺は白鐸に告げた。
「形状記憶が働いて、ゲーム再開前の身体に戻ろうとするということは、ここで強くなった経験が薄まるということなのだろ? それならなおのこと、覇者になるまで続ける」
「ええっ!? ダ、ダメですよー! こっちにあるものが、あっちに戻った時になくて、欲しくてもないからーって頭がおかしくなっちゃいますし!」
行為に使う際の軟膏のことを言っているのだろう。
催淫の効果があると聞いている。使わねば受け入れることはできないから、使わざるを得ない。快楽の中毒性に身体は逆らえなくなる――きっとこれも甘く見てはいけないのだろうとは思う。
しかし、それでも俺は保身に走ることはできなかった。
「分かっている。だから一気に志馬威攻略を進めていきたい。強さを身に着け、手放さないまま挑んでみせる」
「誠人サマ……」
「保身で勝てる相手じゃない。だから――」
「……分かりましたー。ワタシも腹を括りましょう」
白鐸の身体がぼんやりと光り出し、暗闇の中を浮上していく。
思わず見上げる俺に、白鐸は言葉を残してくれた。
「どうか、本当のワタシに気づいて下さいー。そうすればきっと――」
白鐸が遠ざかるにつれて、俺の意識も消えていく。
肝心な言葉を聞き取る前に、ぷつり、と思考も感情も途絶えてしまった。
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