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第二章
episode_13 ヘルマンの提案
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僕と一緒に逃げよう。自分のことを汚い女だと蔑み、憎んでさえいると思っていたヘルマンの口から出た言葉に、ロザリンデは激しく動揺した。
(ここから、お義兄様から逃げる。そんなことが果たして本当に可能だというの? 逃げたとして、どこへ行って、何をして生きていくの? それに、ヘルマンは本気で言っているのかしら。一時の気の迷いでできもしないことを口走っているだけだったらどうしよう……。もうこれ以上、裏切られるのは耐えられないわ……)
「ロザリンデ」
名前を呼ばれて顔を上げると、ヘルマンがロザリンデの両肩にそっと手を置いた。
「君はここにいちゃいけない。すぐにでもここから出て行ったほうがいい。自分でも分かってるんだろ?」
「そりゃあ、できるものならそうしたいわ。でも、どこにも行くあてもないし、わたくし一人でどうやって生きていけると思うの? 実家に戻っても、あのお義兄様のことですもの、すぐにお父様を上手く丸め込んで、わたくしを連れ戻すに決まっているわ。お父様も今回の縁談には賛成されているのですって。皆、お義兄様にすっかり騙されているのよ。わたくしの言うことなど誰も聞いてくれないし、それに……お姉様に知られるわけにはいかないもの、何があっても」
「じゃあどうするんだ? 黙ってそのゲオルクとかいう下衆男のところに嫁に行くのかい?」
「……! 嫌っ、それは絶対に嫌!」
「だったら逃げるしかないじゃないか」
「それはそうだけど……でも、逃げるって、どこへ?」
するとヘルマンは、またしてもロザリンデが思ってもみなかったことを言い出したのだった。
「マルヌール村へ行こう。そこで結婚するんだ。僕と君が結婚してしまえば、もう伯爵も手出しはできない」
「け、結婚!?」
ロザリンデはあっけに取られて、口をぱくぱくさせながらヘルマンを見返した。
ロチルド伯爵領から西に馬車で半日ほど行ったところに、マルヌールという村がある。村自体はこれといって特色のない小さなさびれた農村なのだが、この村には昔から不思議な風習があった。
通常、王国で男女が正式な夫婦になるには、教区の教会で婚姻の誓いを立て、司教からの祝福を受ける必要がある。そのあと役場に婚姻届けを提出して初めて、社会的にも通俗的にも二人は結婚したと認められるのだが、その際には、新郎新婦それぞれに二人の立会人が必要だった。この立会人はだいたいが両親や既婚の兄弟、またはおじやおばが務めることが多かったが、稀にヘルマンのような身寄りのない場合には、名付け親や恩師などが依頼されてその役目を果たすこともあった。
ただ新郎新婦が貴族である場合は、その他にも国王からの許可状だとか家系図だとかが必要だったりして、色々とややこしいことが多い。だからロザリンデのように縁談がまとまってから一か月で結婚式というのはかなり特殊なケースだ。よほどテオドールとゲオルクが結託して秘密裏に外堀を埋めていたのだろう。
だが、マルヌール村の結婚制度だけは、他のどの地域とも違っていた。マルヌール村では、教会に行って結婚すると伝えて誓いを交わし、結婚証明書にサインさえすれば、その場で婚姻が成立したのである。
広大な王国の中で、なぜマルヌール村でだけそのような無茶が許されるのかについては、はっきりとは分からないという。ただ、この制度は紛れもなく王国の法に則った正式なもので、通常の結婚と同じく、法的拘束力を持っていた。
だから、何かしら事情があって正規の結婚ができない男女にとっては、マルヌール村に行くというのは残された最後の手段だった。例えば新郎が兵役で入隊日が迫っているだとか、余命いくばくもない父親を安心させたいだとか。……それから、一番多いのは、結婚を反対されて手に手を取って駆け落ちをしてきた男女、だった。
そしてヘルマンは、今まさに、ロザリンデに駆け落ちしてマルヌール村に行き、そこで結婚しようと持ち掛けているのだった。
(ここから、お義兄様から逃げる。そんなことが果たして本当に可能だというの? 逃げたとして、どこへ行って、何をして生きていくの? それに、ヘルマンは本気で言っているのかしら。一時の気の迷いでできもしないことを口走っているだけだったらどうしよう……。もうこれ以上、裏切られるのは耐えられないわ……)
「ロザリンデ」
名前を呼ばれて顔を上げると、ヘルマンがロザリンデの両肩にそっと手を置いた。
「君はここにいちゃいけない。すぐにでもここから出て行ったほうがいい。自分でも分かってるんだろ?」
「そりゃあ、できるものならそうしたいわ。でも、どこにも行くあてもないし、わたくし一人でどうやって生きていけると思うの? 実家に戻っても、あのお義兄様のことですもの、すぐにお父様を上手く丸め込んで、わたくしを連れ戻すに決まっているわ。お父様も今回の縁談には賛成されているのですって。皆、お義兄様にすっかり騙されているのよ。わたくしの言うことなど誰も聞いてくれないし、それに……お姉様に知られるわけにはいかないもの、何があっても」
「じゃあどうするんだ? 黙ってそのゲオルクとかいう下衆男のところに嫁に行くのかい?」
「……! 嫌っ、それは絶対に嫌!」
「だったら逃げるしかないじゃないか」
「それはそうだけど……でも、逃げるって、どこへ?」
するとヘルマンは、またしてもロザリンデが思ってもみなかったことを言い出したのだった。
「マルヌール村へ行こう。そこで結婚するんだ。僕と君が結婚してしまえば、もう伯爵も手出しはできない」
「け、結婚!?」
ロザリンデはあっけに取られて、口をぱくぱくさせながらヘルマンを見返した。
ロチルド伯爵領から西に馬車で半日ほど行ったところに、マルヌールという村がある。村自体はこれといって特色のない小さなさびれた農村なのだが、この村には昔から不思議な風習があった。
通常、王国で男女が正式な夫婦になるには、教区の教会で婚姻の誓いを立て、司教からの祝福を受ける必要がある。そのあと役場に婚姻届けを提出して初めて、社会的にも通俗的にも二人は結婚したと認められるのだが、その際には、新郎新婦それぞれに二人の立会人が必要だった。この立会人はだいたいが両親や既婚の兄弟、またはおじやおばが務めることが多かったが、稀にヘルマンのような身寄りのない場合には、名付け親や恩師などが依頼されてその役目を果たすこともあった。
ただ新郎新婦が貴族である場合は、その他にも国王からの許可状だとか家系図だとかが必要だったりして、色々とややこしいことが多い。だからロザリンデのように縁談がまとまってから一か月で結婚式というのはかなり特殊なケースだ。よほどテオドールとゲオルクが結託して秘密裏に外堀を埋めていたのだろう。
だが、マルヌール村の結婚制度だけは、他のどの地域とも違っていた。マルヌール村では、教会に行って結婚すると伝えて誓いを交わし、結婚証明書にサインさえすれば、その場で婚姻が成立したのである。
広大な王国の中で、なぜマルヌール村でだけそのような無茶が許されるのかについては、はっきりとは分からないという。ただ、この制度は紛れもなく王国の法に則った正式なもので、通常の結婚と同じく、法的拘束力を持っていた。
だから、何かしら事情があって正規の結婚ができない男女にとっては、マルヌール村に行くというのは残された最後の手段だった。例えば新郎が兵役で入隊日が迫っているだとか、余命いくばくもない父親を安心させたいだとか。……それから、一番多いのは、結婚を反対されて手に手を取って駆け落ちをしてきた男女、だった。
そしてヘルマンは、今まさに、ロザリンデに駆け落ちしてマルヌール村に行き、そこで結婚しようと持ち掛けているのだった。
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