ロザリンデのいつわりの薔薇 ~駆け落ち寸前に別れたあなたは侯爵家の跡取りでした~

碓氷シモン

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第二章

episode_15 決行

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 翌日、ロザリンデは落ち着かない気持ちでそそくさと朝食を済ませると、外出の支度をした。昨夜、今からでもすぐに屋敷を出ようと持ち掛けるロザリンデに、ヘルマンは少し考えてから言った。

「いや、今日はもう遅い。この時間では辻馬車も拾えないし、町外れの夜道は危険だ。だから明日の昼間に、どこかで待ち合わせてマルヌールに向かおう。何事もなければ日が沈むまでには着けるはずだ。ロザリンデ、明日なんとかして一人で街に出てこられないかい?」

 確かにヘルマンの言うことは一理ある。ロザリンデは必死で考えを巡らせた。そして格好の理由を思いついた。

「ウェディングドレスを仕立てるために、メゾンに相談に行くと言うわ。お姉様は一緒に行きたがるでしょうけれど、まずは一人で見たいと言えば、不自然じゃないはずよ。どうかしら?」
「それは名案だ。じゃあ、僕はそれまでに大学で休学の手続きを済ませておくから、市場で落ち合って、辻馬車を拾おう。……大丈夫だ、きっと上手くいく」
「ヘルマン、ありがとう……」

 瞳を潤ませて感謝の言葉を口にするロザリンデに、ヘルマンは少し笑って、優しく頬を撫でてくれた。

 そして翌朝、珍しく朝食に同席したテオドールからロザリンデの結婚が決まったことを聞いたマティルダは、思った通り飛び上がらんばかりに喜んだ。相手は名門伯爵家の嫡子だし、領地は自領のすぐ隣だから、いつでも行き来できる。これ以上の縁組があるだろうか。マティルダは感極まった様子でロザリンデの両手を握り締めると、最愛の妹の未来を祝福した。

「おめでとう、ロザリンデ。またとない良いお話じゃないの。幸せになるのよ。これまで本当に長い間、あなたには世話になりっ放しだったわね。わたくしが今、こうして平穏無事に暮らせているのはあなたのお蔭ですもの、あなたにも幸せになってもらわなければ困るわ。……ああテオドール、本当に素晴らしいお話をまとめて下さって、わたくし、あなたを心から誇りに思います」
「愛する妻の妹なのだから、私にとっても大切な妹だ。その妹に幸せになってほしいと願うのは当然のことだろう? ロザリンデ、何も心配はいらないよ、

 テオドールの歪んだいやらしい笑みと白々しい言葉に、思わずロザリンデはうっと吐き気を催した。今、震える右手に握っているナイフでこの男の喉笛を掻き切ってやれたら、どんなに胸がすくだろう。だがロザリンデは必死で心を落ち着かせると、テオドールに向かって乾いた笑みを投げて、淑やかに答えた。

「ありがとうございます、お義兄様」

 その後すぐ、テオドールは約束があると言って食事を終わらせ、席を立って、食堂には姉と子供達とロザリンデが残された。ロザリンデがジャムでべたべたになったリュシアンの口の周りを吹いてやりながら、式まで時間がないので早速ドレスを仕立てに行きたいとさりげなくマティルダに言うと、案の定マティルダは自分も一緒に行きたいと言い出したが、今日はまだメゾンの下見だからと言うと案外あっさりと引き下がってくれて、ロザリンデはひとまずほっと胸を撫で下ろした。

 マティルダが御者に言いつけて用意してくれた馬車に揺られて街へと向かいながら、ロザリンデはこれからのことを考えていた。ヘルマンが結婚しようと言ってくれたことは涙が出るほど嬉しいけれど、同時に同じくらい不安が心に広がって来る。自分はどうなっても構わないけれど、お姉様と甥や姪、それから子爵家の両親はどうなるだろう……。かと言ってゲオルクとかいう顔も知らない悪魔のような男のところに嫁ぐぐらいなら死んだほうがましだ。でもやっぱり、ヘルマンの人生のことも……昨夜ゆうべ彼は力強く大丈夫だと言い切ってくれたけれど、本当にそんなにうまく行くものかしら……。ロザリンデは思わず大きな溜息をついて、両手で顔を覆った。

 街の中心部にある、ドレスメゾンが立ち並ぶ華やかな地区に馬車が停まると、ロザリンデは御者に、夕方迎えに来てくれるよう頼んで、ガラス張りのアーケードの奥に消えて行った。だがそのまま店には入らず、しばらく通路を歩き回って時間を潰すと、やがて小走りに回廊を抜け、市場のほうへ向かった。

 市場の入り口の角のところに、背の高い青年が立っている。ヘルマンだ。ロザリンデに気づくと、片手を上げてにっこりと笑った。その笑顔を見た瞬間、ロザリンデはもうヘルマンと共に生きていくこと以外、考えられなくなった。何が起こっても、誰にどれほど罵倒されても構わない。わたくしはこの人と一緒に生まれ変わるのよ。昨日までの、汚れて罪深いロザリンデ・ムーアはもう死んだのです……。

 はぁはぁと息を弾ませながらヘルマンのところに辿り着いたロザリンデの頬を、初夏の風が撫でた。その風からはほんのりと、咲き誇る薔薇の香りがした。

 二人は何も言わず黙って手を繋ぐと、市場に背を向け、西へ向かう街道へ歩き始めた。
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