ロザリンデのいつわりの薔薇 ~駆け落ち寸前に別れたあなたは侯爵家の跡取りでした~

碓氷シモン

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第二章

episode_16 僕は明日まで待つ その1

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 二人が人目を避けるように辻馬車を乗り継ぎ、マルヌール村の外れにある唯一の宿に辿り着いた時には、もう日付が変わろうとしていた。

 普段ならばロチルド領からマルヌール村までは馬車で半日程度で着けるのだが、あいにく数日前に一帯で激しい雨が降った。ロチルド伯爵領下の街なかの道路は舗装されているので特に問題はなかったのだが、西へ向かう街道のあちこちでは道が酷くぬかるんでいて辻馬車の車輪が泥に埋もれてしまい、その度に馬車を停めて車輪を泥の中から掘り出したり、また、川が増水して橋が壊れてしまっていたせいで回り道をせざるを得なかったりで、普段の倍以上の時間がかかってしまったのだった。今日はもう教会で結婚式を執り行ってもらうには遅すぎる。この宿屋で一晩過ごし、明日の日の出を待って司祭のところへ行くしかなかった。

「疲れただろう、ロザリンデ? 大丈夫、歩けるかい?」

 座り心地の悪い硬いクッションの辻馬車からよろよろと降りてくるロザリンデを助けながら、ヘルマンが心配そうに声をかけた。ロザリンデはもう全身の骨がカチコチに固まってしまって、二度と動かせないのではないかと思うほど疲れ切っていたが、無理に明るい声で答えた。

「大丈夫よ、ヘルマン。ありがとう。でも今日はもうここに泊まるしかないわね。部屋はあるかしら……」
「どうだろう。とにかく入ろう」

 二人が宿屋に入って行くと、番台に座っていた気のよさそうな小太りのおかみが早速声をかけてきた。

「いらっしゃい、許されぬ恋人同士のお二人さん! 部屋をお探しかい? えっと……二人部屋でいい……」
「いや、一人部屋を二部屋、お願いします」

「え?」

 おかみを遮って一人部屋を二部屋、ときっぱりと答えたヘルマンの横顔には一切の迷いがなかった。それが却ってロザリンデを困惑させた。

(なぜわざわざ二部屋にしたのかしら、ヘルマンは? わたくし達はここで結婚するのでしょう?)

 だがそれを問いかける間もなく、ヘルマンはおかみから部屋の鍵を受け取ると、ロザリンデの腰に手を添えて階段を上って行った。後ろでおかみが不思議そうな声で呟いているのがロザリンデの耳に途切れ途切れに聞こえてきた。

「不思議なお客さんだよ、ここに駆け落ちしてきた若い連中は一刻でも早く二人っきりになりたくてもう腰がくねくねしてるっていうのに……」

 きしむ古びた木の階段を上り切り、廊下を少し進んだところにある二つの扉の前まで来ると、ヘルマンは片方の鍵をロザリンデに渡した。そのまま黙って隣の部屋に行ってしまおうとしたヘルマンを、ロザリンデは思わず呼び止めた。

「ヘルマン! 待って!」
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