ロザリンデのいつわりの薔薇 ~駆け落ち寸前に別れたあなたは侯爵家の跡取りでした~

碓氷シモン

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第三章

episode_19 テレーゼの正体

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「お疲れになったでしょう、エーリッヒ? お顔の色があまり良くないわ」

 ベッドに横になったリンデーホルフ侯爵は、妻に柔らかな笑顔を向けた。

「ああ……少しね。でも大丈夫だ、薬を飲んだら楽になったよ」
「本当に? フランツ先生をお呼びしたほうが良いのではなくて?」
「大丈夫だよ。全く、君の心配性も時に困りものだね。私はその思いやりが嬉しいが……。さあ、君も疲れただろう、私のことはもういいから早く寝みなさい、
「その名は呼ばない約束よ、エーリッヒ?……でもありがとう、お言葉に甘えて下がらせていただくわ。お休みなさい、エーリッヒ」
「すまんすまん、つい、ね。お休み、テレーゼ。良い夢を」

 約束を破ったことをやんわりと妻に咎められて、侯爵は少し照れくさそうな表情を浮かべたが、そのまま静かに部屋を出て行く妻の姿を見送ると、深く息を吐いて目を閉じた。

 ……ロザリンデは生きていた。テレーゼと名を変え、辺境の地で侯爵夫人となって。

 あの日、ヘルマンの元を去ってから三年半の間、彼女がどこでどう生きていたのかは、夫であるエーリッヒすら知らされていない。他でもないテレーゼ自身が思い出すことを拒み、エーリッヒの妻になると同時にロザリンデという存在を記憶の底に封じたからだ。

 貴族社会ではどこで誰が見ているか分からない。彼女は自分を探しているかもしれない義兄の影に常に怯えながら、各地を転々とした。別人になりすますためにストロベリーブロンドの髪を灰汁あくで洗ってくすんだ色に染め、美しい瞳は分厚い眼鏡で隠し、時には顔全体にそばかすを描いて。そして一か所に長くとどまることを避け、数か月から半年単位で別の土地へ移ることを繰り返したのだが、そんな不安定で不毛な生活がいつまでも続けられるわけがない。とうとう、この北のグリッツェンランド地方まで流れてきた時に、手持ちの金が一銭もなくなり、万策尽きて途方に暮れたロザリンデは……娼館の扉を叩いた。そこで出会ったのが、リンデーホルフ侯爵だった。

 娼館の女主人マダムなどという人種は、職業柄、人を見る眼に長けている。女主人マダムはここで働かせて欲しいと訪ねてきたロザリンデを見て、身の回りの世話をしてくれる者を探していた侯爵に引き会わせたのだ。実は侯爵様のお眼鏡にかないそうな女が見つかりましたの、ひどくやつれて疲れ切っているけど、こんな辺境の娼館にはどうも場違いな気がするんです。だから、うちにいるより、と。

 もちろん女主人マダムのこの提案には善意や人助けという美徳など欠片かけらも存在せず、ただ単に領主の侯爵様に恩を売っておいたほうが商売がやりやすくなる、という理由から、彼女はそうしたのだった。確かにロザリンデのようなめったに出ないを手放すのは惜しいが、世の中、損して得取れと言うではないか。三者の思惑がピタリとはまれば、女主人マダムはこので、一人の娼婦がその心と身体を引き換えに男達の財布から日々かすめ取る金額など、比べ物にならないほど多くの利益を得ることができるだろう。
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