腹黒優等生の一軍男子に溺愛されるまでの青春ラブストーリー【高嶺の君とキズナを紡ぐ】

Alanhart

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〈5 錯綜クインテット〉

ep61 そこへ、みんなで行けたら。

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 私立桜花咲学園高校とは、幼小中高一貫校だ。小学校から、その子供の得意分野を伸ばす教育方針を取っており、付属の幼稚園では性格テストや能力テストをもとに、理数クラスや文芸クラス、美術クラスなど各分野のクラスに分けられ、独自のカリキュラムに則した授業が行われているという。
 専門性が高く、お金持ちの子供も多い桜花咲高校だが、優秀な外部生を積極的に受け入れていることも有名で、内部進学とはいえエスカレーター式とはいかない。内部進学生は、外部受験生と同様の試験を受けることになっている。そして、試験の結果によっては、内部生と言え、容赦なく落とされるらしい。ある年では、内部生の進学人数よりも外部受験合格者数のほうが上回ったこともあったのだとか。一貫校という体裁とは裏腹の、徹底した能力主義。つまり、外部受験生は、小学生時代から厳しい内部進学試験を乗り越えてきた内部生とも戦わなければならない、ということになる。

 内部生の進学率が高ければ高いほど、外部受験生の定員数は狭まるし、桜花咲高校受験の倍率は、桜花咲高校を進学する内部進学生の数を加味した倍率になっているのだ。

 神谷くんに乗せられて、興味本位で桜花咲学園高校について調べてみたけど、桜花咲受験の過酷さに震えてしまった。
倍率が70以上もある学校、わたしなんかが行けるわけがない。篠原くん、本当にすごい高校を目指してたんだな。改めて尊敬してしまう。


 でも正直なところ、日高先生に取り寄せてもらったパンフレットを見て、ときめいたのは事実だ。だってこの学校は、推しが通っていた学校|《・・・・・・・・・・》なのだから。

 桜花咲高校は、わたしが好きだった超名作少女漫画『君は月と恋をする』に登場する梓月しげつ先輩が通っていた高校だ。作者の星川宇宙ほしかわそら先生の出身校だということもあり、高校で行われるイベントだとか、校舎だとかは、ほとんど現実の桜花咲高校そのままなのだ。
 ファンにとって、桜花咲学園高校はまさに聖地。「推しと同じ学校生活を送りたい」と思うのは当然だろう。パンフレットに掲載されている学校の写真はまさに、マンガの世界そのままだった。

「津田さん、本当は桜花咲に興味があるんでしょう? 諦めることなんてないんじゃない? 篠原くんと一緒に勉強頑張ってきたんだし、試しに受験してみるというのもありなんじゃないかしら」

 パンフレットをめくるわたしに、日高先生が背中を押すように言った。

「……わたしがいくら勉強したところでたいしたことないですよ。それに学費も高いですし……」

 さすが私立と言ったところで、学費は公立に通うよりも高い。奨学金制度を利用するという方法もあるみたいなのだが、お母さんが許してくれるとも思えなかった。うちはお金のことになるとすごく厳しいから、絶対に反対されるに決まっている。

「そうねぇ、学費面はどうしてもご家庭によるものねぇ」

 日高先生は、頬に手を当てて悩まし気に首を振った。

「今年はお姉ちゃんも大学受験でお金がかかるって話ばかりしてますし、多分難しいと思います。一応、お姉ちゃんが通っていた高校を受けるのもいいかなって思ってますけど」

 お姉ちゃんの高校は県立だし、私立の学校に比べたらそんなにお金もかからない。お姉ちゃんの高校も進学校だから倍率は高いけど、桜花咲ほどではない。

「篠原さんには、桜花咲に興味があることは言わないの?」

「いっ、言わないですよ! 今のところ、受験するなんて考えてもいませんし。篠原くんだって、困るんじゃないでしょうか」

 日高先生の言葉に、わたしは慌ててぶんぶんと首を振った。篠原くんには、今まですごくお世話になってきたとは思ってる。だけど、高校までお世話になるつもりはない。これ以上、篠原くんに迷惑をかけたくなかった。

「……そもそも、高校生になってまともに学校へ行けるかもわからないですから。無理をせず通信高校に通ったほうが現実的なんじゃないかと思ってます」

 現実的な通信高校にするか、お母さんもゆるしてくれそうな県立の学校へ行くか、無謀な夢を見て桜花咲を挑戦するか。難しい問題ではある。今すぐには決めにくい。

「それなら、説明会に行ってみるのはどう? この時期なら、学校説明会が開催されているはずよ」

「説明会、ですか?」

 わたしが目をぱちくりさせていると、先生がノートパソコンを開いて桜花咲高校のホームページを見せてくれた。

「桜花咲高校が開いている説明会よ。カリキュラムやクラブ活動などの説明も聞けるし、校舎案内もあるんですって。諦めるかどうかは、学校の雰囲気を肌で感じてみてからでもいいんじゃない?」

 案内文を読むと、直近の説明会は来週の土曜日にある。説明会の参加には事前申し込みが必要らしい。今ならまだ間に合いそうだ。

「どの学校に行きたいかどうかは、実際に学校を見て判断するのがいいわ。そうすればきっと、後悔なんてしないから」

 桜花咲高校。マンガの聖地、本物の、桜花咲高校だ。一度行ってみるのもいいかもしれない。

「そうですね、行ってみようと思います」

 日高先生に後押しされて、わたしは説明会に参加することを決めた。





「来週の土曜日?」

「はい、その日は少し行きたいところがあるので、勉強会をお休みにしてほしいんです」

 その日、学校が終わった篠原くんに、わたしはさっそくお休みのお願いをしてみた。篠原くんは、わたしに外出の予定があることに驚いたみたいだ。篠原くんは、わたしが外出嫌いだってことしってるからな。それに、基本的にいつでも暇だし。

「それはいいけれど、行きたいところがどこだか聞いてもいい?」

「日高先生からの課題で、高校の学校説明会に参加してみることになったんです」

「学校説明会」

 篠原くんの瞳に、興味深そうな光がさした。

「津田さん、もう行きたい学校を決めているの?」

 聞かれるだろうとは思ってはいたけど、改めて尋ねられると一瞬だけ戸惑った。

「まぁ、そうですね。通信高校が妥当かと思っていますけど、一応、お姉ちゃんの高校にも行ってみようかと思っていまして」

「いいんじゃない? 同じ学校なら、おねえさんからのアドバイスももらえるし」

 桜花咲に興味があるだなんて言えるはずもなく、無難にごまかすと、納得したように篠原くんがにこりと笑った。

「そう言うことですので、来週の土曜日の勉強会はお休みでお願いします」

「うん、わかった。高校、気に入るといいね」

「はい。ありがとうございます、篠原くん」

 篠原くんに嘘をついてしまうのは心苦しいけど、無事にお休み取れたのでほっとした。篠原くんには、高校まで迷惑をかけたくないっていうのもあるけれど、篠原くんを追いかけて桜花咲に行こうとしてるなんて思われたら、恥ずかしいもんな。






「トンちゃんに桜花咲を推しておいてやったぜ。褒めてつかわせよなっ!」

 神谷が咲乃に、下の立場からなのか上の立場からなのかわからない妙な言い方で報告してきたのは、成海が咲乃にお休みの打診を受ける数日前。神谷の両親が営む定食屋「まごころかんちゃん」に、叔父の雅之と食事に来た時だった。濃いグリーンのTシャツを着た神谷が、生姜焼き定食を食べている雅之の隣に座っている。

「それ、本当?」

 咲乃が驚いて尋ね返すと、神谷は機嫌よく鼻の穴を膨らませた。

「あぁ。一緒に桜花咲行こうぜって言ったら、考えてみるってさ」

 神谷が、成海を誘ったことへの驚きと、成海が考えてみると言ったことへの驚きで、サバ味噌煮込み定食を食べていた咲乃の箸が止まった。神谷の顔をまじまじと見つめ、困惑するように目を伏せる。

「……そう」

「んだよ、その反応。嬉しくねーのかよ!」

「いや、嬉しくないわけじゃないけれど……、俺たちが行くからって理由だけで受験するのだとしたら、なんだか心配で……」

 神谷も成海も、桜花咲へ行きたいと思ってくれたことへの嬉しさはもちろんある。だが、問題は成海だ。

 本来、成海は全日制の学校にこだわる必要はない。通信課程の学校でも、成海に合った学校はきっとあるだろう。まだ教室復帰もしていない彼女が、果たして普通に通学できるかもわからないのだ。進学先はもっと慎重になるべきだと思うと、自分たちのせいで成海に合わない高校を選ばせてしまう可能性があるのだとしたら、嬉しさよりも不安を感じてしまう。

「まぁ、受かるかどうかも分かんねーし、別にやってみるくらい良いんじゃねーか?」

「そうは言うけど、受験料だってかかるのに」

 実力を試すにしても、支払うものはあるのだ。試すべき場所は考えなければいけない。
 咲乃が不安そうに言うと、神谷はジトッと目を細めて咲乃を見た。

「お前な、ちょっとトンちゃんに過保護すぎじゃね?」

「えっ」

 思わぬ神谷からの指摘に、咲乃は驚いて狼狽えた。神谷は、そんな咲乃を見て呆れた顔をする。

「トンちゃんだって、少しずつでも前に進まなきゃいけねーだろ。それを、お前があれこれ心配して、せっかく出てきたトンちゃんのやる気つぶしてどーすんだよ」

「……。それは……」

 咲乃は、言葉を詰まらせると、反省するように目を伏せた。

 確かに、いくら心配だとは言え、本人がやる気になっていることの邪魔をするのは違う。咲乃が悩んでいると、神谷はテーブルに肘をつき上半身を乗り出した。

「もしもだぜ? トンちゃんが桜花咲受験して、受かったらどう思うよ」

「……うれしい」

「だろ?」

 今まで、ずっと咲乃が成海の勉強を見てきたのだ。難関校である桜花咲に受かったとなれば、嬉しいに決まっている。ようやく咲乃が本心を漏らすと、神谷はよく言ったとばかりにニヤリと笑った。

「んで、考えたんだけどさ。夏休みは、桜花咲受験組3人で勉強会しねーか?」

「本気なの?」

「あぁ。せっかく同じ高校受験すんのに、別々で勉強すんのも効率わりぃじゃん?」

 咲乃と一緒に勉強すれば、勉強方法の参考にもなる。神谷も、今年の夏休みを無駄に過ごすつもりはない。まだ、成海が桜花咲を受験すると決まったわけでは無いが、桜花咲を受験する前提で勉強をしておけば、どこの高校を受けることになってもいくらでもカバーが効く。たとえ全日制の高校へ進学する気が無くても、勉強自体は無駄にはならない。

「わかった。勉強は俺の家でやろう。津田さんにも伝えておくよ」

「よし、決まりな!……ってぇ!」

 ニシシと歯をむき出して笑う神谷の後頭部がはたかれ、呻き声をあげた。叩かれた頭をさすりつつ、神谷が苛立たし気に後ろを振り向くと、腰に手を当てた神谷の母親が、呆れた顔で神谷を見下ろしていた。

「お客さんのお食事の邪魔すんじゃないよ! アンタは店の皿洗いでも手伝いな!」

「はぁ!? 俺、今年受験生だぜ!? いってぇ!」

 再び頭をはたかれると、神谷は厨房へと引きずられていく。ようやくかみやが去ると、咲乃は深々と溜息をついた。

「夏休み、楽しみだね」

 今まで咲乃と神谷の話を聞いていた雅之が、穏やかな顔で笑う。咲乃に夏休みを一緒に過ごす仲間がいることが嬉しいのだ。

「……はい」

 照れているのか、咲乃は、気まずげに視線をそらして答えた。
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