それを愛と呼ぶのだろう

稲葉鈴

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18.ドレスが、足りないのです

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 折角メルヴィ嬢がいらしてくれたのだから、と、明日のキースキ伯爵家の夜会、明後日のルミヤルヴィ侯爵家の夜会、それから一日置いて、我が家での婚約のお披露目式。親族のみを招いたお茶会と、その後の夜会への出席をお願いする。

「承りました。……ですがパーヴァリ様、私そんなにドレス持っておりませんわ」
「そこは申し訳なく思います。婚約のお披露目式の後、一度我が家に来ていただいて。布などを購入できたらと思ってはいます」

 思ってはいるが、それは来年以降の準備でしかない。いや、来年以降も同じように多くの夜会に出席してもらう予定ではあるので、その準備は必要なのだが。今年に関しては、もう、諦めていただくしか。

 ドレスはそのすべてが個人に合わせた仕立てであるから、母などから借りるわけにはいかない。喪服などはその限りではないと思うが、あれはまあ、また違う話であるし。

 しかしメルヴィ嬢が子爵家のご令嬢である旨は大体皆さまご存じであるので、というか、昨日からのお茶会においては、それを伝えるためのものであるので、皆さま寛容である。寛容であるというかメルヴィ嬢に対しては同情しかなく、どちらかというとこちらを責める向きが多い。

 メルヴィ嬢が仰りたいことはそこではないことも存じ上げている。

 しかしこちらから言えることもまた、同じことの繰り返しでしかない。今年は諦めてもらうしかないのだ。

「お召し物の話が出たので続けさせていただきますと」
「まだ続きますの?!」
「続くんですよ」
「お母様をお呼びした方がよろしくて?」
「こちらは数日内、というほど直近ではありませんので、後程のお話でも大丈夫かと思いますが」
「でもお話した方がよろしいのね?」
「はい。殿下の結婚式と、それから上司二人の婚礼が続きます」

 式自体には参加しないが、その後の宴には出席の必要がある。自分だけではなく、その婚約者であるメルヴィ嬢も。

 メルヴィ嬢はそれを聞いて、少し驚いた顔をして、それから納得した表情になった。まあそれはそうなるわよね、という顔である。

「わたくし、子爵家の、令嬢ですの」
「そうですね」
「そんなにたくさんのドレス、持ち合わせておりませんわ」
「そうでしょうね」

 もう顔を覆いそうな勢いである。大変申し訳ない。

「ですので、婚約のお披露目式の後、我が家にそのままご逗留いただいて、母と兄の奥方と姉と、相談していただければと」
「なるほど、そうなるのか」
「そういうお話です」

 夜会の前に暇を、と考えた子爵閣下は、決して悪くはないだろう。男としてはそう考える。しかし女性の、ご令嬢の場合、ちょっと色々大変なのだ。主に衣装が。

 まあ今年であれば、宝飾品を付け替えることで何とか回すことは可能であると愚考するが、それが正しい事柄であるのかどうかの自信がないので、申し訳が立たないかもしれないが大人の女性陣にお願いしたいところである。母と兄の奥方と姉とメルヴィ嬢のお母上、だ。

「大変心労をおかけいたしますが、自分と婚約する、ということは、こういうことです。来年以降も、同じように殿下方に届いた夜会に出席することになりますから」
「先人にお話を伺いたいところですわ」
「殿下のお相手のキーア様はヒーデンマ侯爵家のご令嬢で、フィルップラ侯爵令息のお相手はアハマニエミ伯爵令嬢で、ヒエッカランタ卿のお相手はフフタ伯爵令嬢であったと記憶しておりますが」
「皆様こんなことで悩まなそうですわね!」

 クレーモア子爵が、ちょっと情けなさそうに笑っている。お気持ちは察するしかできないが、分からなくはない。

「我が家も別に、そこまで貧乏という訳でもないんだよ? ただそのお歴々を並べられてしまうとねぇ」
「どちらも古いお家柄ですし、領地も広いですからね」
「お茶会用のドレスなら、まだそこそこあるのだけれどねぇ」

 メルヴィ嬢は子爵家のご令嬢だ。夜会にそれほど多くお出ましになる必要はこれまでなかったのだろう。ご令嬢であるならば、基本はお茶会である。夜会に娘をやるのに、顔をしかめる父親もそれなりにいるのだ。

「パーヴァリ様のお母さまもお力になってくださるみたいですし」

 メルヴィ嬢は、本日贈ったラリエットをそっと撫でて、微笑まれた。

「本日は切替えて、我が家の夜会を楽しんでくださいませ。カーパのお酒も、勿論出ますわ」
「おお、そうだそうだ。キーア様に、献上させていただけるのだったね?」

 後のことは後で考えるとして、お二人は一旦気持ちを入れ替えることになさったらしい。ありがたい事である。夜会の主催の家が暗い顔をしていてはよろしくはない。

「結婚のお祝いに渡されるのがよろしいでしょう。流通に乗せられるほど、ありますか?」
「いやあ、そこまでは」
「でしたら、そのようにお伝えしましょう。喜ばれると思いますよ」

 つまり、キーア様の分しかないのである。クレーモア子爵家での夜会などでしか飲めないのであれば、なおさら価値は高まるだろう。あの方がそんなことを気にするかどうかは知らないが。私の分はあるのよね? とか聞いてきそうではある。

「一度、失礼いたしますね」
「ええ、喜んでいただけたようで、何よりです」

 にこにこと笑いながら、メルヴィ嬢が退室して行かれる。子爵閣下も、まだ準備があるからと退室して行かれた。夜会が始まるのはもう間もなくで、それまで自分はこの応接間で待たせてもらうのだ。

 その間に、準備が出来たメルヴィ嬢の兄君がいらして少しお話をしたり、その奥方をご紹介いただいたり、メルヴィ嬢のお母上がいらして、ご挨拶をさせていただいたりした。

「ところでこれは雑談なんだが」
「はい」
「もしも、もしもだよ。君は今後弟になるのだし、領地のことについての相談とか、してもよいものなのかね」
「どこまでお力になれるかはわかりませんが、誰かに話すことで解決策が見えることもありましょう。お気軽にご相談ください」

 だなんてこっそりと、雑談をしたりもした。事実クレーモア子爵領を文字でしか知らない自分よりは、現地を知っている領主の方が正しいのだ。その上で自分に説明をすることで、問題点に対する解決の糸口が見えることは、ままある。だからその手伝いをすることを、厭うつもりもない。
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