それを愛と呼ぶのだろう

稲葉鈴

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17.メルヴィ嬢への贈り物を携えて

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 夜会に参加する際、女性陣はまあ大変だな、と感じる。昼過ぎから風呂に入って髪を洗い体を洗い清め、香油を塗りこみ。ドレスだって、身にまとうだけで他者の手がいる。

 子供の頃は兄姉と一緒に、さらに美しくなっていく母をよく見たものだ。姉? 彼女が着飾るようになる頃には自分もそれなりに大きくなっていて、あまり興味はなかった。

 その点男の準備は楽でいい。風呂に入って体を洗い清めはするが、髪も長い訳ではないから人手はいらない。香油を塗りこんだりもせず、出がけに香水を一吹きする程度でいい。礼服だって、毎年二着も三着も仕立てなくていいのはありがたい。

 仕立てたい向きは仕立てればいい。そこに何かを言うつもりはない。自分はそうは思っていない、それだけの話だ。

 母上からいただいたお土産を持参して、まだ陽の落ち切らないうちにクレーモア子爵家へと向かう。夜会はその文字通り、夜から始まる。婚約のお披露目式の相談もあるから、勝手に少しだけ早く行かせてもらうことにしたのだ。母から贈り物を頂いた時、執事に頼んで伝令を走らせて貰っていた。流石に、先ぶれもなしに訪う訳にはいかないだろう。

 馬車はゆっくりと郊外にある、貴族街へと向かう。そうは言っても、あちらにももう街が出来てしまっていて、郊外、という気はしない。街中を馬車が飛ばすわけもなく、しかしそれにしてはゆっくりと、馬車は走る。まあ、急いでいく必要もなし、というよりは、予定を考えるとゆっくり気味なのは気遣いであろう。自分ではなく、相手への。恋焦がれる相手であれば、この時間がもどかしいのだろうが、そういう気遣いが出来る、良い御者だと思う方が勝ってしまう。

 出迎えは不要であると伝えてあるので、玄関口では執事が出迎えてくれた。

「こちらでお待ちください」
「ありがとう」

 案内されたのは、先日とは別の応接間であった。勿論、玄関口近くの。自分はまだ、彼女の婚約者ではないのだから、当然である。

「お待たせいたしました」
「いいえ、こちらが早く来てしまっただけですから」

 まず応接室に現れたのは、子爵閣下である。まあ、奥方とメルヴィ嬢は準備に時間がかかるだろうし、兄君は自分に用はないだろうから、妥当な人選であろう。

「まずは、婚約のお披露目式についてですが」

 急な日程で申し訳ないとお伝えすると、急がせたのはこちらでもあるから、と謝罪合戦になる。まあ、互いに悪いとは思っていないから、単なる口頭だけなのだが。

「間に合うのであれば、本日はこちらを」

 そう言って、母から渡されたラリエットの箱を開ける。自分のように宝飾品を良く知らぬ者が見れば、宝石を施されたリボンに見えるだろう。まあ実際それで合っているようなのだが。

 本体は細いレースで編まれているようだ。端の方は少し太くなっており、そこに、我が領原産の石の粒が編み込まれている。

「おお、綺麗ですな」
「領地で産出される石です。小さいですが、これくらいの方が、メルヴィ嬢は気にせず受け取ってくださりそうですので」
「そうですなあ……」

 正直、安い石ではない。ものすごく高価、というほどのものではない、が、それは産地だからだ。産地であることに加え、おそらくは小粒だから、だ。大粒はもう、砕いて小粒にして知らん顔をするか、王家に献上するか、という値段になる。ちなみに今回ラリエットに編み込まれているようなサイズは、研磨のついでに出たようなサイズなのでほぼ値はつかない。むしろいくつかある、この中では大粒の石の、おまけ程度のものだ。金糸の糸の方が高価かもしれない。

 クレーモア子爵はメイドを呼んで、ラリエットを渡そうとした。

「これを、メラルティン卿が」
「お嬢様を呼んでまいりますね」
「いやいや、渡して貰えればいいんだよ」
「駄目です。お嬢様をお呼びいたします。卿、お嬢様をお呼びいたしますので、しばらくお待ちください」
「よろしく頼みます」

 メイドはそれを受取らず、頑として受け取らず、メルヴィ嬢を呼びに行ってしまった。準備が一段落しているのだろうか。まあ、ホスト家としては、そんなにぎりぎりまで準備しないものか。

「婚約のお披露目式の後ですが、当日は当家での夜会を予定しております」
「それでは、すぐにお暇いたしませんと」
「いいえ。どうぞ夜会もお楽しみください。部屋と人員の準備はしておきますので、よろしければ、お泊り頂いても」
「へ?」

 子爵閣下が、変な声を出される。何かおかしなことを言っただろうか。

 メラルティン伯爵家はそれなりに古くからある伯爵家であり、王都郊外にあるクレーモア子爵家と比べると幾分か広い。当然、客間もそれなりにあるので、急遽客人が泊まっても問題ないようになっている。何なら専用の客室棟があるほどである。

 具体的に言うと、夜会の帰りによく客人の一団をお持ち帰りしてきたり、主催した夜会でお客人方を引き留めたりするご先祖様が沢山いたのだ。そのため、この社交の季節は客間を常に手入れをしておくようにと申し送りされている。

 昨今はそんなことなどほとんどないが、ほとんどないからと言って同じ血を引いているのだから、ある日いきなりやらないとは限らないだろう、というのが、長く我が家に勤めてくれている執事たちのコメントである。信頼が厚くてありがたい限りである。

「いやいやそんな、急な」
「これから親族になるのですから、お気になさらず。勿論、早めに切り上げてお帰りになられるのも、問題はありませんが」

 そちらが夜会でこちらを紹介するというのであれば、こちらも夜会で彼女を紹介させろと、まあそういう意図である。紹介だけで特に社交などをせずとも、急に決まったことなので、で、押し切ることは出来るが。

「お待たせいたしました、お父様、パーヴァリ様。お呼びと伺いましたが」

 コンコン、と応接室のドアがノックされ、メルヴィ嬢が顔を出した。装飾品はまだつけていないが、髪はアップになっており、化粧も施されているようだ。身にまとっているのは、深いオレンジと、淡い黄色のドレス。幾分か、大人びて見える。

 自分は立ち上がり、彼女をエスコートする。クレーモア子爵は、ソファに座って困惑した顔のままだ。

「婚約のお披露目式の日取りについての打ち合わせと、それを記念してのラリエットをプレゼントさせていただきたく」
「まあ! 嬉しいです」

 メルヴィ嬢の手を軽く引き、自分の腰かけている数人掛けのソファに座らせる。メイドの手により再度蓋をされていたラリエットの箱を、彼女に渡した。

 確かに子供の頃、贈り物は蓋を開けるところからわくわくしたものだ。あのメイドは、お嬢様のことをよく分かっている。

「まあ! これ、メレラ石じゃないですか。まあ、まあ。あまり出回らないものですのに」
「おや、ご存じでしたか。我が領の特産ですから、入手自体は可能ですよ」

 無論、母が、伯爵夫人が入手できるような石は、それほど多く出回ってはいないだろう、と思う。メレラ石は、カットによっては緑色ではなくオレンジ色にも見える、中に火が灯ったように見える石だ。ただそれは、大きなカットの石の話であって、今メルヴィ嬢が手にしているラリエットに織り込まれた石では、そのともしびは見えなかろうと思う。それでも、綺麗な石であるとは、思っているのだかが。

「パーヴァリ様が付けて下さる?」
「これは、どうつければいいんですかね」

 困って、メイドに目をやる。彼女はそっと、手を首の周りでぐるりと回した。首に巻き付ければいい、ということなのだろう。

 プレゼントしたラリアットは、両端が広くなり、そこに石を編み込んだものだから、きっとこれを前で交差させると美しいのだろう、と思う。今日メルヴィ嬢が纏っているドレスは胸元が開いているから、このラリアットも映えるだろう、とは思うが。

「それでは、失礼して。ああ、首に巻き付けないと、長すぎますね」

 きつく、ならないように、余裕を持って。ちょっとはらはらしながら、彼女の首に一周、くるりと巻き付ける。オフショルダーの胸元に、端が二本、交差して垂れた。

 す、と、よくできたメイドが今度は鏡を持ってくる。

「こういうのは、難しいですね」
「難しいとも」

 思わずクレーモア子爵閣下に同意を求めてしまう。鏡を覗き込んでいたメルヴィ嬢とメイドは、くすくすと笑っていた。

 嬉しそうなので、良い事にする。存分に笑ってくれたまえ。
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